コオリとメル
『それでは登壇していただきましょう!映画監督の山崎シンスケさんと冤罪被害者の会•会長兼プロボクサーの庄司ユズルさんです』
女性司会者の紹介のもと、山崎と庄司はステージに登壇した。私は一列目に座っていたので、すぐに2人と目が合った。
庄司は私に対して軽く会釈をし、山崎はわざとらしく私を見下した。
2人が席に着いたとき、映画館前方のドアが静かに開く音がした。
私は細くゆっくりと息を吸った。
やっぱり彼女は公安の警備を潜り抜けた。
奥村一葉どんまい。
この1週間の長い旅が終わる…いや1週間でもないか。山崎にレイプされた2年前でも無い。15年だ。15年の長い旅がきっとここで終わる。
私は2人が座る壇上から視線を動かさず、左隣は見なかった。
段々と近づく足音。落ち着いた呼吸。コオリだ。彼女が来る。
壇上にいる山崎はもちろんコオリを目で追った。瞳孔が完全に開いている。当たり前だ。彼女が姿を現すのは予定していなかったのだろう。
きっと山崎はこう考えているに違いない。“またコオリが何かを仕掛けたのか”と。
私の左側の尻と背もたれがわずかに揺れた。
コオリが私の隣に座ったからだ。
私は小声で「ひさしぶり」と言った。
「緊張してるの?メルちゃん?」とコオリは優しく言った。彼女の声は2年前と同じだった。か細くてガラスのような繊細な声。顔は見えないがきっと私に向かって微笑んでいたに違いない。
「当たり前にしてるよコオリ」
「うふふ」とコオリは笑い「歩行祭の終盤で甲田貴子が西脇融に声をかけるのと同じくらい?」と質問した。夜のピクニックだ。
「いや…冬の….北海道の別荘で僕が鼠くんと会話をするくらい」と私は答えた。これは羊をめぐる冒険だ。
「はは…!それは緊張じゃないよコオリちゃん!あれは別だよ。まぁ…そっか。なるほどね。じゃあ私が鼠くんかな。ビールは無いよ?ごめんね」
「ビールは要らないから」と私は少し笑ってしまった。
山崎と庄司は唾を飛ばしながら冤罪による誹謗中傷、日常の変化などを熱く話している。こう見ると庄司が不憫でしか無い。君と語っている人は本当にヤッている人なんだから。
左側から視線を感じる。きっとコオリは私の顔を見ているのだろう。それでも私はコオリには視線を合わせず壇上にいる2人を見ていた。
「ねぇ…コオリ」
「なーに」
「あなたは…」
「死んでないよ。私は鼠くんじゃない」
「わかってる」私は少しぶっきらぼうに言った。
「ごめんメルちゃん。もう意地悪はしないから。
聞きたいことはなぁに?」
「あの日、コオリはさ自分から睡眠薬を飲んだ?」
私はコオリに質問した。そう本当にあの事件が冤罪なのかちゃんと確かめたかった。
「いや、飲まされたんだ」
「うそでしょ?」
「嘘じゃないよ。メルちゃん。」
「貴方がそんな手にかかるわけない」
「密室の空間じゃそれは証明できないよ」とふふふとコオリは笑った。山崎は私達の会話が気になるようで、話に気迫がない。
「メルちゃん…あのね。密室の箱を開けたら私の体内からは薬と山崎の体液が出た。そして山崎は警察の取調で私をレイプしたと認めた。箱の中で何があったかなんてどうでも良いんだよ。司法はちゃんとルール通りに箱を開けて中身を精査した。そしたら山崎は有罪だった。それだけ。事実が大事」とコオリは言った。
「アカリが自殺配信で見せた…あの素人AVのサムネ。あれは本物?」
そう。アカリが自殺配信でレイプされていた証拠として見せたサムネイル。白目になっている裸のアカリを山崎と思われる男がレイプしている画像だ。
「…本物だね…。あれは。…アカリちゃんが…告発をするからサムネだけでも画像を送って欲しいって頼んできたの」
「なんでコオリが持っていたの?」
「…」
「コオリ…?」
「ねぇメルちゃん、ヨーロッパに行ったらさ…Yahoo知恵袋使えないって知ってる?」
なんの話だ?
「え、なに…。知らないけど」
「じゃあそれと同じ。日本では当たり前のように見れるサイトが海外じゃ使えない。海外では当たり前のように見れるサイトは日本じゃ使えない」
「なにが言いたいの?」
「私ね…山崎にレイプされたって警察に被害を申告した1週間後にねオーストリアに行ったの」とコオリは言った。それからコオリはストローでジュースを啜った。
確かにコオリはジェンダーの授業以来、しばらく学校に来ていなかった。教授やクラスメイト達のいじめに耐えられなくなっていたと思った。でも実際は違った。彼女は海外に行っていたのだ。
「ねぇコオリ…何の為に海外に行ってたの?」
「だから…動画…皆の動画消してたの。山崎が撮った動画を…拡散されないように…全部私が消した」
「そう…」
コオリはずっと1人で戦っていた。
「警察はね…海外のAVサイトまではチェックしないからね。いくら山崎のスマホを漁っても出てこないんだよ。他の被害者の動画…この動画は一生残り続けちゃうの。だからヨーロッパに行って削除した…。まぁ保存されてたら終わりなんだけどね」
「あなた…なんでそこまでしたの?自分犠牲にして…そこまでの価値あった?」
「あったよ。もちろん凄いあった。部活の皆もクラスメイトも私に普通を与えてくれた。私は普通が1番欲しかったの」彼女は声を震わせながら言った。
普通…。それは私も同じだ。小学生でレイプされて、小中高は普通の人生ではなかった。犯罪被害者の人生だった。どこからも一線をひかれ、常に機嫌を伺われた。だから大学からは変わろうと東京の大学に来た。
「だから…アカリちゃんからさ…山崎に薬飲まされてレイプされたって相談を受けて腹わたが煮えくりかえっちゃった。私の普通の環境がまた奪われてしまうって。そしたらもう身体が…ねぇ」と言ってコオリは笑った。
「元.美人局の血が騒いだの?」
「あぁ奥村さんから聞いたの?」
「まぁ…」
「そう…。メルちゃんも奥村さんも怪我大丈夫?アイツヤバかったね」とコオリは話を若干変えた。過去の話はされたくないみたいだ。
「死ぬかと思った」
「ふふふふ。じゃあ…いっそ庄司って男も殺しちゃう?」とコオリは笑った。コオリからカチャという音が鳴った。
「なに持ってるの?」
私は相変わらずコオリのことを見ないで聞いた。
「ばくだーんのスイッチ!山崎の座席に仕掛けているの」
「そっか」当たり前だけどコオリが手ぶらで来るはずがなかった。
「コオリはさ…アカリが自殺配信するって知ってた?」
「…知らなかった。知らなかったよ。山崎にレイプされた画像を欲しいって言うのと、夢だったCAを辞めることにしたって言うことしか話さなかったの…」
「そっか…」
「まぁ世間一般から見たら、山崎にレイプされた被害者は誰か分からないからね。私が作った被害者Aという着ぐるみをアカリちゃん着て、踊って、最後に死んだんだ。私が一度着たから少し汗臭いかもしれないけど着心地良かったのかな?彼女にとって」
アカリにとって世間から性犯罪被害者と思われても死ぬことは幸せなことだったのだろうか。もっといい方法はあったと思うけど、それは終わってからの結果論にすぎない。
「このトークショーが終わったらスイッチを押す。メルちゃん分かっていると思うけど、山崎は『冤罪に貶めた奴は星浦メル』とここで公表するつもりだよ」とコオリの口調には怒気があった。
「あの時…私が殺しておけば良かった。性犯罪者は反省しない。被害者を責め立て加害者のくせに被害者になろうとする…」
「コオリ…私がねここに来たのはね」と私は彼女の話を遮った。
「なに…?」
「山崎のトークショーを止めるわけでも、復讐をするためでもない。貴方に会ってお礼を言いたかったの?」
「なんで?」
やっと私の冷え切っていた血が湧き立ってきた。喉が熱く震える。さぁもうすぐ私が仕掛けた爆弾が爆発する。
「あの時戦ってくれて…ありがとう。あの時…皆の動画を消してくれてありがとう。あの時…私の髪が黒くて綺麗だって、褒めてくれて…ありがとう…!!」
「メルちゃん…?」
私はこの時、やっとコオリの顔を見ることができた。切れ長の瞳はうるうると潤っていた。セミロングの髪はトリートメントがかけられ定期的に手入れされている。そして口元のほくろが妖艶さを引き立たせる。
戸田コオリだ。
私の目の前にコオリがいる。
私はやっと彼女と対等になれた気がした。
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『2人の心震えるトークショーありがとうございました。それでは質疑応答に移りたいと思います。質問のある方は所属先を言った上で質問をお願いいたします』
『はいえーと、週間文●です〜。すみませーん。昨日ウチの出版社にですね。山崎さんが女性をレイプしているとみられる動画とですね…睡眠薬を飲まされたとされる毛髪の鑑定結果を送ってきた女性がいるんですよね〜。どういうことかお答えしていただきますか?』
さぁ爆発の時間だ。
さっき、最終話書き上がったので、ご飯食べてお風呂入ったら掲載しますね。ちょっと誤字脱字酷いかもです〜。




