決戦前日のドライブは
これ程までに運転免許を取って良かったと思うことはもう人生でないだろう。
私はアクセルを踏みしめながらそう思った。
北海道の道を運転して思ったことは3つある。鹿うじゃうじゃ。法定速度ガン無視。…運転って楽しい。
運転当初『目的地まで道なり100キロです』ってカーナビの表示を見たときは絶望したが、北海道旅行6日目となってはもう慣れた。
私はユニクロで買ったサングラスを外して、助手席側の窓を開けた。海が夕日に溶けてオレンジ色に染まっていた。
私は道の駅に車をとめて海風を浴びながら夕日が溶け切るのを見守った。秋風と潮風が合わさって体の芯から冷えるが、なぜか気持ちが良かった。
この6日間は本当に充実したものだった。
全部自分の判断で、車を運転してその日の食べるものと宿を決めた。(宿といっても全てラブホだが)なんだろう。特別お金をかけた観光はしていないが、それでも心は充実していた。
「いいように使われた大地」とコオリは以前言っていたが、結局6日間滞在しただけじゃ意味が分からなかった。たかだか1週間で分かったつもりになるのも道民の人からしたらきっと嫌だろう。
さて…明日が勝負の日だ。山崎が作った冤罪をテーマにした映画『月の裏側』の試写会当日。映画上映後に山崎と庄司の2人が、共に冤罪被害者としての苦しみについて語るそうだ。
そして奥村の推測では、その際に山崎がハニトラをした女が星浦メルだと公表する。これは大衆が騙されるのは仕方ないと思う。事実、私は山崎にあのLINEを送っている。あれだけ見たら同意のある性行為をした男女のLINEとしか思えないだろう。
嘘をつくときは事実と混ぜると効果的…とは一般的に言うが本当にそうだ。山崎は嘘と事実をうまい塩梅で混ぜ合わせ、見事に冤罪被害者に成り上がった。
そんな山崎のシナリオをぶち壊そうとしている女が1人いる。
もちろん戸田コオリだ。
彼女はあの会場に現れ何かを企んでいる。奥村の推測では山崎暗殺と言っていたが実際どうなんだろうか。彼女は山崎を殺すのだろうか。立場を利用し女をレイプしアカリを自殺に追い込んだこの男をコオリはどう裁くつもりなのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると左の尻が揺れた。電話だ。
「もしもし…」
『戸田コオリの件はどうなった?』
電話の主は山崎だった。私はその声を聞いた瞬間、車に戻った。
「コオリは…山崎くんが派遣したボクサーのせいで窓から大逃亡を遂げたよ」
『そうみたいだな。で?戸田コオリは見つけたの?』
「見つけてない」
『奥村はどうした?』
「さぁ…連絡取れてないの?」
『…』
無視。図星なのだろう。そりゃそうだ。警察の立場である奥村一葉からしたら山崎は用済みだ。彼に山崎なんかの小物の相手をする時間はない。本命は某大国と繋がりのある美人局集団のコオリの身柄を抑えることだ。
『お前、自分の立場分かってる?』と山崎は主導権を握るべく更に高圧的な態度になった。
「分かってるつもり…でもコオリは見つからないの」
『なぁ…僕は本気でやるぞ。今決めた。世間にお前が冤罪犯だって明日必ず公表する。』
「いや…」と私が言いかけたところで電話が切られた。
私は車のドリンクホルダーに入れていたアイスレモネードを一口飲んだ。
話半分だったので、アイツが他にも何か言っていた気がするがもうどうでも良い。
私はカーラジオの音をマックスにし窓を開けた。ラジオはビートルズの曲が流れていた。曲名は覚えていないけど1番定番な曲だと思う。
シフトレバーをドライブにしアクセルペダルを踏んだ。
もうどう足掻いても山崎もコオリも奥村も止まらない。明日全てが決まる。私が地獄に落ちるか、コオリが地獄に落ちるか、山崎が地獄に落ちるか、この3択なのだ。
でも、心のどこかで地獄に落ちるのは自分が良いと思っている。今までの人生は中途半端な地獄だった。死んだ心で普通の生活を必死に送っていた。だけど、それなら、いっそのことちゃんと地獄の底に落ちたほうが良い気がする。一回落ちて一回星浦メルはちゃんと死んで、生き返るほうがいい…そんな気がするんだ。
もし私が生き返るなら、北海道という土地でやり直そうと私は非現実的妄想を頭の中で繰り広げた。
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次の日は見事に役者が揃った。
ポップコーンの匂いが全くしない映画館で各々の策略が渦巻いた。
私はあの日の出来事を一生忘れないと言い切れる。走馬灯で思い出すならこの日をメインにしてほしい。
私が初めて自分から戦った日を死んでも忘れたくない。
ここ数日アクセス数がかなり高くて、エピソードも最初から最後まで読んでくれている人が多い印象なんですがブクマが本当に増えないんですよね。前作もだったんですが…こんなもんなのかな。




