戸田コオリと奥村一葉の正体
長いですよー
流し読みおすすめです〜
「お汁だけでも飲んでいって…」
そう言って女将さんは、漆塗りの器に盛り付けられた豚汁を机の上に置いた。少しにんじんの割合が多いのが気になる。
「ありがとうございます」
豚汁の暖かい白い湯気を見つめていると、乾いていた網膜が急速に潤った。そして、なんだかホッとした気持ちになって眠たくなってきた。
「貴女もレイプされたの?」
「へ?」緩まった心を突然突き刺すような言葉が聞こえた。
「あ、えいや…私はそのなんていうか…はは..えー、されてないです…」
ビックリした。今の質問…。警察に聴取された以来だこんなにストレートに質問されたのは。
「そう…」
女将さんはそう言って悲しい顔をした。同情でも哀れみでもない…ただのシンプルな悲しい顔だ。
「いやぁ…はは私のはアレですから。ちょっと羽目外しちゃってヤッちゃった!みたいな?大学生特有の勢い的なアレです」
空気が悪くなったのを取り繕うと私は必死に明るくして言った。
「コオリも貴女が今言った言葉と同じ感じなのかしら?」と女将さんは私のことをまっすぐ見て聞いてきた。
私はその女将さんの目を見て少し安心した。この人は絶対にコオリの味方だ。
「分かりません…私はコオリとそんなに仲良くなかったので…」
「あ、ごめんなさい。どうぞお汁飲んで。冷めちゃうわ」
「あぁ、ありがとうございます」
私はお椀を両手で持って、最初にお汁をすすった。
雪国特有の塩気の強い豚汁だった。それでも煮崩れた大根のカケラが甘くてバランスが取れている。
「美味しいです」
「良かった…コオリも豚汁好きなの」
「女将さんとコオリはどういうご関係ですか?」
「ただのアルバイトと雇用主の関係なんだけどね、付き合いが長くてもう言葉じゃ言い表せないかも」
そう言って女将さんは恥ずかしそうに笑った。
「まずどこで知り合ったんですか?」
「うふふ、普通にこの子が17歳の時にタウンワークに応募してきただけよ」
「そうですか…」
「あの子、高校は行ってなくて通信だったからシフトに沢山入ってくれて当時は助かったわ。大学卒業したあともウチに戻ってきてくれたし」
「そうなんですね…」
こうして女将さんはコオリの昔話をポツリポツリと話した。コオリが20万もする皿を割ったこと、お客さんに赤ワインをかけたこと、伝票の桁を一つ少なく書いてしまったこと、私からしたらつまらない話だけど女将さんからしたらどれも宝物のようだった。
そして話も尽き、豚汁が冷めてきた頃に女将さんは言った。
「今から7年前の…すすきのの美人局の事件…あなた知ってる?」
女将さんは湯呑みを両手で握りながらそう聞いた。
奥村の今までの言動と女将さんのその一言でまず一つ点と点が繋がった。
「その美人局をしていたのが16歳の時のコオリってことですね」
もう良い。端的に話を聞いて駒を早く進めよう。
「そうね」
「だから山崎の事件もコオリが何か仕掛けたと」
「えぇ…そう思うのよ」
『すすきの 美人局事件』…。大学の時にフェミニズムの授業でやった。
不起訴になった性加害者や執行猶予処分になった性犯罪者から金銭を強奪、隠部を切り落とす傷害、そして殺人をする美人局組織。この事件で注目されたのは組織の平均年齢が17歳と未成年であったこと、そして奪った金銭は性犯罪の被害者に渡していたことだ。
未成年の少女達が性犯罪者から奪い取るその姿勢は、一部から称賛の声は上がったものの法治国家の日本では非難されるものだった。当然だ。
そして結局、主犯格の男と15歳の女幹部は捕まらなかったが、16歳の少女の逮捕を皮切りに複数の美人局が逮捕され、組織は自然解体となった。
「最初に逮捕されたのはコオリだったんですね」
「あの子が捕まったのは傷害だけだけど…」
おっとりしたコオリが美人局。彼女のフワフワした言動からは想像できないが、彼女のマリリンモンローに似た口元を見たら分からなくもなかった。あの子はバランスの取れた魔性に近い人間的な魅力がある。
「コオリは家裁送致になって保護観察処分が降りて…」
「そして女将さんの店で働き始めたんですね」
「そういうこと…」
「だから山崎にもハニトラをしたと思うんですね?再びコオリが性加害者に復讐をしたと」
私は再び同じ質問をした。
女将さんはため息をついて食器を下げ始めた。「そうだ」とは自分の口からは言いたくないんだろう。
「あの組織にいた子ども達は特別なのよ。訓練を積んで徹底的に鍛えられている」
私も席から立ち上がり、台所に向かう女将さんの後ろを追った。
「コオリが何を企んでいるか教えてください」
女将さんは質問には答えず黙って蛇口をひねり食器を洗いはじめた。
「ねぇ貴女のお名前は?」
「…星浦です…星浦メル」
「ねぇメルちゃん、貴女はさ大切なものを奪われたら、どんなことをしてでも奪い返したほうが良いと思う?」
女将さんはどこにも焦点を合わせずそう聞いてきた。
「法に触れない範囲なら良いと思いますよ。でもコオリがしてきたことは違法行為です。法治国家のこの国で、ルールを守ってきた人達への冒涜です。法を犯したものは法で裁くべきです」
私はまた心にも思っていないことをそれっぽく言った。
「そんなのわかっているわよ。私はね…それでもコオリのしたことが誇らしいと思ってしまうの」と言って、女将さんの目からこらえていた涙一粒シンクに落ちた。
性犯罪者を私刑で裁き、金銭を与え被害者の自立を支えた。
そして今回は山崎にハニトラをしかけ罪を着せた。アカリや他の女の子達のために。
「もう帰ってちょうだい」女将さんは突き放すように言った。
これ以上粘ってもコオリの居場所は教えてもらえないだろう。私は「豚汁美味しかったです。ごちそうさまでした」と言って店を出ようとしたその時。
「コオリは私に、どうしても映画の試写会のチケットをとって欲しいってお願いしてたわ」と女将さんが言った。
私は思わず女将さんの方を振り返った。女将さんは私の方は見ずにひたすら食器を洗っていた。
「なんの映画の試写会ですか?」
「山崎が作った、冤罪をテーマにした映画よ」
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「お疲れ様です。星浦さん」
ビルの前で奥村一葉は腕を組みぶるぶる震えながら待っていた。1階から3階までがヘルスのこのビルだと奥村のことがヘルスで出禁をくらった哀れな中年にしか見えなかった。
「近くのコンビニとかで待ってれば良かったのに」
「いやいや俺が言い出したことなのに、気が気じゃないですよ」
と奥村は霜焼けした頬をこちらに見せて言った。
「それでどうでした?星浦さん。戸田コオリの場所分かりましたか?」
私はもう良い加減、この男にうんざりしていた。
「どうでした?じゃないですよね?全部盗聴してたでしょ」と私は胸元につけてある盗聴ヘアピンに向かってデコピンをした。
「あ!俺としたことが、あの時につけた盗聴器外すの忘れていましたね。失礼しました」
そう言って奥村は私の胸元についてあった盗聴器を外そうと私に触れた瞬間、私は奥村の右手を思いっきり掴んだ。
「小芝居はもう良いよ」
「へ?星浦さん?」
奥村は眉を上げギョッとした顔をした。
真夜中のすすきの 。若者が酔っ払い騒ぎ、電灯近くでゲロを吐く、パチンコで負けたババァが周りに当たり散らし、金でしか女を買えない男が我が物顔で歩く。
私はこの寒いゴミ箱みたいな町に立ち、1人の男と向き合う。
「あなた警察でしょ?奥村一葉さん」
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7年前、すすきので1人の美人局が逮捕された。
彼女は当時16歳。高校1年生だった。
彼女は取り調べで
「私はイイダさんに育てられました。私の他に育てられた美人局は沢山います」と全てを自白した。
そして彼女の情報で複数の美人局が逮捕された。
結局、主犯の男と幹部の15歳の女は逮捕できなかったが、美人局の組織は解体された。
この事件は俺の公安としての初めての仕事だった。
16歳の戸田コオリを囮捜査で逮捕したことが。




