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ナイフと海老反り



 仕事を午前中に抜け出し、山崎から脅しを受け、北海道に行き、顔面を唐突に殴られ、寿司を食べる。


 24時間ってこんなにも長かったけ。もう良い加減1日終わってほしい。


 頭はパンクしそうだし、足はガクガク。てか北海道寒すぎて耳痛い。時刻はもうすでに23時45分を回っていた。


 それなのに…この男が1日を終わらせてくれない。


 この目の前にいる180センチの大企業ノッポメンヘラ男が。


 「あの…奥村さんここどこですか?」


 庄司と別れた後、奥村と私は北海道の繁華街すすきのの街に向かった。


 秋のすすきの はどこか寂しい感じがした。終わった夏を恋しく思うようなそんな寂しさが漂っている。暗くて寒いのに街の光は無理に明るくて寂しい…。あぁ窓から大脱走を遂げた戸田コオリは今、何をしているんだろうか。


 「よし…着いた…」と言って奥村はスマホの位置情報画面を閉じた。



 すすきのの中心地から少し離れたところ。しけたピンク街のビルで奥村は足を止めた。1F、2F、3Fが箱ヘル、4Fは怪しいバー、5Fはテナント募集…空きテナントとなっていた。



 「え…奥村さんヘルス行くんですか?」


 「いや、戸田コオリに会いに行くんだよ」


 「へ?ヘルス?」

 

 「いやだから、戸田コオリ…」


 「ここヘルスです!奥村さん!」


 「地下!」


 「地下!?地下ヘルス!?」と私は裏返った声で聞いた。


 「違う!あれ!」と奥村はテナント一覧表を指差した。

 私は奥村が差した指先を追った。


 銀色のプレートに黒字で書かれたテナント表にB1F “小料理 彼岸”と書かれていた。


 「こ、小料理屋?」


 「そう…彼女の部屋に立ち入った時に給与明細が机の上に置かれていたからね。拝借した…」


 「いつのまに」


 「アカリの復讐のために少しでも情報を集めなきゃ…聞き込み調査だよ」

 そう言って奥村は階段を降りていった。


 階段を降りて小さな通路を抜けると4人掛けのテーブルが3組すっぽり綺麗に収まっていた。2組だとスペースが余ってしまい、4組だと狭すぎる。3組がちょうど良い広さだ。お客さんは1人もいなかったが、店内の奥の台所からは物音がした。だけど、私達が人影に気づくよりも店の人が私達に気づいた。


 「あらぁお客さん…うち23時でおしまいなのよぉごめんなさいね」


 そう言って台所にかかった暖簾から50代くらいの女将がひょこっと顔を出した。



 おかみさんは紺色のエプロンをかけていて髪は一つ縛り…料理人特有の体幹の良さそうな肉付きをしていた。



 「すみません、僕達戸田コオリさんを探しているんですよ〜」と奥村は笑顔を崩さず女将さんの元に足を進めた。


 暖簾から体半身を出していた女将さんは笑顔のまま、台所の方に引っ込んだ。



 「あららごめんなさい。僕たちこういう…」と奥村が小走りになって胸ポケットから名刺を取り出そうとした時、目の前にいた奥村の上半身が突然海老反りになった。


 「えぇっ」情けない声が私の喉から出た。


 海老反りになった奥村と目が合った。奥村の目は笑っていた。そして私はゆっくりと奥村の視線の先を目で追った。


 ナイフじゃん…。手入れがしっかりされたナイフが目の前に向けられていた。


 「帰りなさい。入っていいなんて私は一言も言ってないわ」

 

 女将さんはナイフを持った手を1ミリも動かさずに言った。


 「帰れないんですよ…僕たち。戸田コオリを探さなきゃいけなくて」と奥村は海老反りのまま答えた。



 「そうなの…でもアタシの知った話じゃないわよ。出ていきなさい」と女将さんはピシャリとそう言った。



 


 ふふふと奥村は笑った。奥村の顔が少しずつ赤くなっている。そりゃそうだ。奥村の今の姿勢は海老反りというよりブリッヂ寸前だ。



 「女将さん…僕知っているんですよ。このお店がどこのケツモチか。いやケツモチ…っていうよりは女将さんが頼んだのか、あのオカマに…」


 「帰りなさい!!!」と女将さんは怒鳴った。それでも手元のナイフは微動だにしなかった。



 奥村はまた「あらら..」と少し笑った。



 そして数秒黙ってから




 「コオリの場所を言え!!もうアイツが罪犯すのは…アンタも見たくねーだろーが!!!」




 この場を全て掌握するような怒鳴り声を奥村一葉は上げた。赤くなった彼の顔は沸点に達したように更に真っ赤になった。


 女将さんは少し何かを考えてから、ナイフをしまい暖簾の奥の台所に身を隠してしまった。


 


 奥村は女将さんがいる暖簾の先はまたごうとはせず、女将さんが自分の意思で出てくるのを待った。



 2.3分して、「話してもいい…でもアンタは出ていきなさい…」と女将さんは言った。



 「そういうことで….星浦さん少し席を…」と奥村が言いかけたところで



 「違う。出ていくのはアンタ。私はこの娘と話をする 」そう言って女将さんは暖簾から顔を出した。



 「…私ですか?」

 私は今までで生きてきたなかで1番間抜けな顔をしながらそう言った。



 1日はまだ終わらない。

 



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