親睦
「本当にあの出来事は自分の人生を変えるものになりましたよ」と冤罪被害に遭った庄司は湯呑みを握りながらそう言った。
「全部失って…それでも死ねなかった俺は今自分にできることは何だろうと思った時にね…自分と同じ状況になって苦しんでいる人に勇気を与える事なんじゃないかなと思ったんです」
「なるほど…それで冤罪被害者の会を立ち上げたんですね」と優しい口調で言った奥村は寿司の空皿に囲まれている。
「ええ…最初はすごいバッシングに遭いましたよ…それでも仲間ができて昔のボクサー仲間が味方になってリングにも戻れた。誰かの為に戦うことって結局は自分に帰ってくるんです」
庄司は涙を堪えながらそう言った。
「えーと、それでどう戸田コオリと繋がるんでしょうか?」と私は話を折る為に必死で言った。
私には冤罪被害で苦しむ男の気持ちには寄り添えないと思った。事実、彼は女である私の慰めの言葉は求めていないようで、常に奥村の方を見て話していた。
「戸田コオリとですね…それは、山崎シンスケさんからあるお願いされたことから始まるんです」
「え、山崎と…。庄司さん、山崎と知り合いなんですか?」と私は喉にコメを引っ掛けてむせながら聞いた。
すかさず横にいた奥村が私にお茶を差し出した。
「いや…山崎さんから1ヶ月前かなDMが届いたんですよ。どうぞコレ見てください」と言って庄司は皿が散乱した机を少し片付け私達にスマホを渡した。
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山崎 『庄司さん、突然のDM失礼いたします。僕は映画監督の山崎シンスケと申します。今回連絡させていただいたのは、僕の制作した映画『月の裏側』という作品のコメントを是非いただきたく連絡をさせていただきました。ご興味あるならば返信をお願いいたします』
庄司『初めまして。庄司と申します。貴方は確か2年前に性犯罪で逮捕されていた方ですよね。私とは畑違いだと思いますが何故連絡をしたのでしょうか?』
山崎『信じられないとは思いますが、あの事件は冤罪なのです。今から被害者女性とされる女性とのLINEのやりとりをスクショしたものを2枚送りますね』
山崎『写真を2枚送付』
庄司『写真、拝見させていただきました。これは同意があると言われてもおかしくないですね。そうだったんですね。なるほど。山崎さんの件も冤罪だったんですね…』
山崎『優しいお言葉ありがとうございます。なので今回は僕が冤罪被害に遭った事件をテーマに映画を制作しました。そのコメントを同じ思いをして苦しんだ、庄司さんからいただきたかったのです』
庄司『もちろんです。大変光栄です。』
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一通りのやり取りを見て、私は庄司にスマホを返した。山崎が送った被害女性とのLINE。もちろんこれは戸田コオリではなく、私と山崎の事後LINEだ。
「戸田コオリについては?」と奥村は食事を中止して聞いてきた。
「あーそれは…今日、山崎さんから電話が来て『僕の冤罪被害を起こした加害者の家を教えるから少し怖い思いをさせてくれないか…』って頼まれて…いや脅しのつもりだったんです。でも、実際扉の前に来たらなんかあの時のガキ共を思い出しちゃって」
ガキ共ねぇ…。この庄司ユズルの傷は相当深そうだなと思った。ガキ共と言うあたり…痴漢されたと申告した高校生の彼女は相手は違ったと言えど被害者じゃないか。同級生の私欲のために触られた被害者だ。
「はは山崎さん、まずですね俺たちは戸田コオリがハニトラを仕掛けたのかを確認しにきたんですよ」
「はぁ?何のために?」
「俺は殺された彼女の復讐、こっちの星浦さんはシンプルに山崎くんから脅されているの」と奥村はまた茶化すように言った。
「星浦さんはどのような脅しを?」
「いや、まぁ簡単に言いますと、『コオリから真実を聞き出せなかったら私が山崎にハニトラした奴だって世間に公開するぞ』と言われていまして」と私は本当にザックリした説明を庄司にした。
「なるほど…。山崎さんはなんで星浦さんにそんな要求を…」
「まぁ彼も冤罪被害を証明する唯一無二のチャンスですしね〜必死なんですよ」と奥村はデザートのプリンを食べながら言った。
「そうだったんですね…。よく分かりました。ちなみに戸田コオリの友達である星浦さんはどう思うんですか?」
「え、何がですか?」
私は皿の枚数を数えながら聞き返した。
「戸田コオリはハニトラをして、山崎さんの事件は冤罪だと思うんですか?」
皿を数える手が止まった。そういえばこの騒動が始まってから考えたことがなかった。コオリが山崎にハニトラをした…?あのコオリが?何のために?
彼女の姿を思い出す。髪が縛れるか縛れないかギリギリの長さ。口元のほくろ。真っ白な肌。オドオドして寝坊ばっかりして、そして孤独な彼女…。
コオリがハニトラ…
「分かりません…」
私はそう言って俯いた。
庄司も私の回答にはさほど期待していなかったらしく「そうですか」と言って話は終わった。
会計は奥村がしてくれた。3万という店員の声がうっすら聞こえた。奥村の後ろで会計を見守っていた私は冷や汗が止まらなかった。
財布の中にいくら入っているか考えていたその時、隣の庄司が「あの人何者ですか?」と小声で聞いてきた。
あの人というのはもちろん奥村のことだ。
「印刷会社で働くエリート社員みたいですよ」と私も何故か小声で言った。
庄司は少し目を開いてクククと笑った。
「俺からしたら戸田コオリや山崎さんなんかより、あの男の方が100倍怖いですよ」と庄司は奥村の背中を真っ直ぐ見つめながら言った。
まぁ私もそんな気がする。




