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冤罪で苦しんだ男②

 


 パンパンに腫れた頬には、このネタのでかい寿司はあんまり嬉しくなかった。シャリもネタもスシローの1.5倍ある…。恐るべし北海道だ。私は頑張って頬が痛まないように試行錯誤しながら口を開けて寿司を突っ込んでいた。


 その一方で私の隣に座る男は、和やかに寿司を頬張っていた。奥村はサーモンを中心に脂の乗った寿司を食べていた。もう奥村はこれで21皿目だ。それでも左手は骨折で使えなくなっていたので、どこか不便そうだった。奥村は手で食べれば良いものを頑なに箸で食べるのを譲らなかった。


 まぁ私が痛みと闘いながら寿司を食べなきゃいけなくなったのも、奥村が利き手とは反対の手で寿司を食べなくちゃいけなくなったのも全部目の前にいるこの男のせいだ。



 「あぁそういえば俺たち、お兄さんの名前聞いてなかったですね?」と奥村一葉は口をモグモグさせながら目の前の男に言った。


 目の前の男…そう私を戸田コオリと勘違いして襲ってきた男。


 何故かあの後、奥村一葉は消火器まみれになった男をシャワーに浴びせ(コオリの部屋の)、服を貸し(コオリのメンズライクの長袖)終いには回転寿司屋に同行させた。


 本当に奥村一葉は分からない男だし、その指示に全て従ったこの暴力男もよく分からなかった。負けた相手には逆らえない的なオスのなにかなのかなとぼんやり考えながら寿司を食べたら激痛が走った。


 「あ、お、俺の名前は庄司ユズルと言います」と男は俯きながら言った。奥村と目を合わせるのが怖いのか、私たちをボロボロにしたことを申し訳なく思っているのか分からないがどちらでもあって欲しいと思う。


 「庄司くんね…突然なぐちゃダメでしょぉ」と奥村はからかいながら庄司に説教をした。


 「2人とも怪我をさせてすみませんでした」と庄司は机に手をついて謝った。



 「はいはい…俺は良いけど。星浦さんは別だよ。どんなことがあっても女の人に手をあげるのは最悪だからね」と奥村は茶化しながら怒った。


 「はい…本当にすみませんでした」と庄司は謝った。


 「あの…なんか仲直りムーブメントになっていて癪なんですが、庄司さんの目的はなんだったんですか?」と私は寿司を食べることを諦めて庄司に聞いた。


 「あ、戸田コオリを殺すためです」と庄司は間髪入れずにそう答えた。奥村は庄司のその回答には何の反応もせずひたすら寿司を頬張っていた。



 「まず俺はプロのキックボクサーをしている者です」そう言って庄司はカバンから名刺を取り出し机の上に置いた。


 ボクサーって名刺あるんだと驚きながら、私は庄司ユズルという名前をスマホで検索した。


 検索結果に表示されたのはプロボクサーとしての彼の功績を称える記事よりも、彼がボクサーの傍らでやっている活動を称える記事が多かった。


 「冤罪被害被害者の会…代表」


 「そうなんです…僕はボクサーの傍らでNPOの冤罪被害者の会の代表をしているんです…」


 そう言った彼の目には嘘偽りなかった。また隣で寿司を食べる奥村の手も止まった。


 「つまり庄司さんは過去に冤罪被害に…」と奥村は先程とはトーンを落として言った。


 「えぇ…そうなんです…」そう言って庄司はマグロ納豆軍艦をレーンから取った。


 庄司は深く語ろうとしなかったので私は机の下でスマホをいじって、冤罪事件の記事の詳細を読んだ。



ーーーーーーーーーーーーー


 それは駅で起こった出来事だった。


 高校生になる娘の授業参観に行くために庄司は地下鉄に乗っていた。左手は手すりに捕まり右手にはスマホを持って参観日のお知らせのメールを見ていた。土日であったがその日は吹奏楽部の全国大会があり、地下鉄はかなり窮屈だった。


 庄司は反抗期の娘に気づかれないようにこっそり廊下から娘が勉学に励む姿を見届けようと思っていたその時だった。



 「あなた痴漢してますよね」と男の声が聞こえた。まさか自分が乗っている車両で痴漢が起こるとはと少し野次馬心が働いた。周りを見渡していると庄司の腕はがっしり掴まれた。


 「貴方ですよ。次の電車で降りますよ」と庄司の後ろに立っていた制服を着た男子高校生に言われた。


 「えぇ?俺してない!してない!えぇ待って君?どういうこと?」


 男子高校の隣…俺のすぐ後ろには大人しそうな制服を着た女子高生が顔を抑え涙を流していた。


 「すみません…私は椅子に座っていたんですが女の子モゾモゾして変かと思ったら触っていたんですね」とOL風の女性が加勢した。


 だんだんと車内が変な雰囲気になりここで抵抗したら事は大きくなるなと思い、男子高校生の指示に従い次の電車で降り、駅員と俺と被害者の高校生と友達の男子高校生、目撃したOLが事務室に案内された。


 そこから何度違うと言っても駅の事務員にはあやされ、すぐに警察を呼ばれた。即日逮捕。庄司にとって意味がわからない世界だった。


 庄司は最近、規模のでかいキックボクシングの大会で優勝したこともあり、この逮捕はニュースに大きく報道された。地上波にも報道されたことで娘と妻の日常を大きく変えてしまった。


 警察に何度もしていないと言ったが「自白して示談した方が貴方の生活にとって1番良い」と優しく諭された時、この社会に大きく絶望した。


 娘はいじめに遭って不登校。妻は被害者の家族に土下座をして謝り報道陣に謝り、どんどんやつれて行った。


 そんな妻の様子を見かねた報道陣が加害者家族について取り上げたことで風向きがとんでもない方向に変わった。



 あの時、事件を目撃した男子高校生が自首をしたのだ。本当は自分が彼女のお尻を触ったと。自分が痴漢被害から助けたとなれば彼女は自分のことを好きになってくれると思ったと。それでもやつれて謝罪をする妻の姿をテレビで見て、少年は罪悪感に苛まれたそうだ。


 庄司が不起訴で釈放された頃には、家はもう空っぽだった。一度疑われた罪は2度と払拭する事はできない。妻は娘を連れて実家に帰ったと聞いた。


 少年が自首したことを報道陣はどこも扱わなかった。庄司を犯罪者扱いして祭りをしていた報道陣からしたらバツが悪いのは当然だ。



ーーーーーーーーーーー



 「まぁそうですね。星浦さんが今ネットで読んだ記事の通りです。最後に補足をしますとね…妻と娘のもとにも会いに行きましたよ。なんて言われたと思います?『“性犯罪者の遺伝子が入った私は死んだ方がいい”』ですって」


 庄司はヘラヘラ笑いながら、とびきりのエピソードトークの落ちを言うような自信に満ち溢れた顔でそう言った。




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