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戸田コオリの家に突撃

  


 「いや〜これはビックリだ」と飄々とした奥村一葉は手をぷらぷらさせながら言った。


私は先程のパンチで顔を上げることができなかった。私と奥村一葉を襲った男は何者なのか…検討が…いや一度聞いたことのある声だ。


 「星浦さん…無理して起き上がらなくて良いですよ」と奥村は右手でうずくまる私の背中をさすった。


 「星浦…?コイツは戸田コオリだろ?」と男は言った。


 「いや違うんですよソレが。あ、彼女の免許証見ます?もう1発入れるのはその後でも良いんじゃないですか?」と奥村は淡々と男と交渉を始めた。


 「…早く免許証を出せ。お前の右手も粉々になりたくなかったらな」と男は言った。


 「わぁ〜怖いね〜。お兄さん絶対素人じゃないでしょ」と奥村一葉はクスクス笑いながら私の鞄から財布を取り出し免許証を男に渡した。


 私はまだ立ち上がれなかったが、ゆっくりと顔は上げた。腫れた頬は空気に触れると激しく痛む。


 男は奥村一葉よりは小柄な日本人の平均身長だった。顔は顎がどこか発達していて髪は茶髪。30代くらい?服装はダウンジャケットにジーパン。男の部位で1番目を見張るのはパツパツになったジーパンの太もも部分だった。奥村一葉の言った通り素人ではない確実に。


 「確かにあなたが戸田コオリじゃないことは分かりました。でも…どうして…ここは戸田コオリの家ですよね?」


 男は少しずつ冷静さを取り戻したのか、口調がどんどん柔らかくなってきた。それでも私と奥村一葉に暴力を振るったことを謝罪しないのはどうかと思った。


 「あー俺たちは、あの山崎君から戸田コオリに会って話を聞くようにって言われてたんですよ」と奥村は男に向かって言った。


 「は?」


「俺はあの自殺配信した風早アカリの彼氏でこっちが大学時代戸田コオリの友達だった星浦メルさん」と奥村は簡単に自己紹介をしてくれた。友達ではないと少し訂正したくなったが黙った。


 「なるほど。つまり貴方たちは戸田コオリの味方というわけだ」と男は言いかけた途中で奥村一葉に襲いかかってきた。


 私は今度は床から壁へ這いつくばる場所を変えた。こんな狭いアパートの通路で男たちは何をやっているのか。


 奥村は男が繰り出すパンチやキックに対してただ後ろに逃げるだけでやり返そうとしなかった。男のパンチやキックは惚れ惚れするほど美しく鋭かった。確かにアレを喰らったらひとたまりもない。私は頬が腫れ上がり、奥村は左手が粉砕骨折だ(多分)

 

 そしてとうとう奥村は廊下の奥まで追い詰められてしまった。 

 

 「言い残すことはないか?」


 「だから…最後まで話聞いてもらっても良いですか?」と奥村は言って白い煙をブッシャアアアと勢いよく男に向かって噴射させた。


 「うぅっ…げほっ!!ぇほ!!」と男は多分崩れ落ちた。多分とつけたのは視界が真っ白でどうなったかは分からないからだ。それでも男が蒸せて嗚咽をあげている声がアパート中に響き渡ったことから、勝負はどうやら着いたようだ。


 からっ風が一瞬でアパートの廊下に立ちこめた白い煙を追い払った。私の目の前には咳き込み床に這いつくばる男と消化器を右手で持って立ち尽くす奥村一葉が写った。


 「やられた…」と奥村一葉は不機嫌な顔で言った。今まで奥村一葉がつけていた仮面が取れたように感じた。


 「いや…やったの間違いでしょ。奥村さん…」と私は恐る恐るつっこんだ。


 奥村は這いつくばる男を飛び越え、胸ポケットから鍵を取り出した。


 そして203号室…戸田コオリのいる部屋の扉に向けて鍵を差した。


 「え?奥村さん鍵持っていたの?」

 この質問に奥村一葉は答えてくれなかった。山崎があのとき渡したのか。


 奥村は鍵を右に回し、扉からガチャという音が鳴った。奥村は数秒耳を澄ましてから、扉を開けた。コオリの家だ。扉の向こうからは白い光が私たちを照らし、笑い声が聞こえた。



 奥村は土足でコオリの家にズカズカと入って行った。


 私もそんな奥村に続いて靴を脱がずに進んで行った。


 コオリの家は白を基調にしたワンルームの部屋だった。人がいる気配はないが…いた気配はあった。部屋の電気とテレビは付けっぱなし、一食分の食器がシンクに溜まっていて…ストーブは24度設定で付けっぱなしだった。



 そして、大きな窓につけられたレースのカーテンは勢いよく波うっていた。窓から冷たい冷気が私の殴られた頬をさす。


 あんなに大きな音を立てて気付かれない訳がなかった。そしてこの出来事は彼女の扉の前で起きていた。覗き穴で様子を見れば1発で分かるだろう。なんせ私と奥村に関しては顔が割れている。



 奥村一葉は全開に開いた窓を見てただ立ち尽くしていた。冷たい風が彼の身体を包み込む。ボロボロになった左手の指先を彼は何度も動かそうとしていた。それは自傷行為のような動きであった。



 テレビでは北海道のグルメ特集が流れていた。「さぁ続いて7軒目の北海道グルメは…」とタレントが話していた。さっきまでコオリはこの番組を見ていたのか。



 立ち尽くし空っぽになった奥村一葉はどこまでも美しかった。月明かりすら拒絶した真っ黒な彼の瞳は吸い込まれそうな何かがあった。


 彼は隠せていると思っているのだろうか。

 いつまでこの男は風早アカリの彼氏というくだらない嘘をつき続けるのだろうか。


 私はそんな彼の横顔を見つめながら言った。「お寿司は出前にします?食べに行きます?」


 「食べに行こうかな」

 そう言った彼の顔は、再び仮面をつけた偽りのものになっていた。

 



ブクマが3つ。とても嬉しい。

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