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いいように使われた大地へ

 このお話は奥村一葉と戸田コオリによる長い時を経た純愛の物語である。そして私は1番美味しい場面を目撃した傍観者なのだ。




 レイプ事件が起こる前、戸田コオリと一度北海道について話したことがある。


 コオリと初めて会った時だ。大人しいコオリと映画部の部室で2人きりになって、どんな話をすればいいか分からず北海道の話をコオリに振った。



 「北海道に行ったことないんだけ、一言で言うとどういうところなの?」



 この簡単な質問に対してコオリは腕を組んで「うーん」と唸った。適当に「ご飯がうまい」とか「馬鹿寒い」とか言えば良いのに…と少し疑問に思ったのと同時に彼女はあまりコミュニケーションを他の人よりしてこなかったんだなと言うのも分かった。


 そんな悩みぬいた末に彼女はなんと言うんだろうかと少しワクワクした。故郷の質問はその人の育った環境や人となりが出る良い質問なんだなと分かった。



 「いいように使われた土地かな…?」と彼女は照れながらそう答えた。


 斜め上の答えが返ってきて私はなんて返せば良いか分からなかった。そんなタイミングで先輩達が来て「良いようには使われた土地」の意味を知ることが出来なかった。


 それでもコオリが言った「良いように使われた土地」は私の脳裏にしっかりと刻まれた。


 テレビで北海道のグルメ特集を見かけても、映画で北海道の壮大な自然たちを見ても、北方領土の問題を大学で学習しても、「良いように使われた土地」と言う言葉がよぎった。


 現地で生の北海道を見たら変わるのかなと思いながら空から見える北海道をボーと見ていた。



 「さぁ星浦さん行きますよ」と奥村一葉が私に呼びかけた頃には、機内にいた人4.5人程度しか残っていなかった。どうやら眠っていたらしい。


 「すみません」と私は少し垂らしたよだれを袖で拭き取り立ち上がった。


 搭乗口の狭い通路の窓から、11月の北海道を見た。第一印象は静寂だった。もちろん空港だから人は沢山いるし、飛行機場は整備員達が大きな声をかけ合っている。それでも何か空気的なものが静寂だった。


 この旅の目的は、コオリの口から山崎にしたことはハニトラだったと自白させたものを録音し、そのデータを山崎に渡すこと。失敗したら全世界に私が山崎にハニトラをして警察に行った阿婆擦れだと公開される。


 どっちになっても嫌な結末ではあった。コオリが地獄に落ちるか私が地獄に落ちるのかの2択。3択目は無い。


 飛行機から降りてすぐに電車に乗った。コオリの住んでいる札幌の家までは2時間くらいだった。今が17時だから着くのは19時か…私とコオリの運命が決まるまで…あと2時間なのか。


 「星浦さん、ラーメンと回転寿司とスープカレーだったらどれが良いですか?」と隣の奥村イチヨウはウキウキしながら聞いてきた。



 「え、今日コオリには会わないんですか?」


 「いやもう日も暮れるし明日でも良いんじゃないでしょうか?」と奥村はスマホを操作しながら言った。


 「ダメです。今日行くんです。私もう先延ばしふるの嫌なんですから」と小声で言った。


 奥村は少し口をとんがらせて「分かりました」と言った。


 「何食べたかったんですか?」


 「寿司…」


 「終わったら食べに行きましょう」と私はため息をついて行った。


 「よし!ありがとうございます」と奥村は控えめに頭を下げた。


 私はこの奥村一葉という男が分からなかった。自分の彼女がレイプされたのにそこまで悲しくなさそうな様子をみせたと思えば、自殺したことには酷く悲しみコオリに復讐をしたいと言って、彼が何を考えているか全く分からなかった。


 それでも、何故か彼が私の隣にいることには気持ち的な溝はあるものの嫌悪感はなかった。それが不思議だった。何故か彼の隣は落ち着いてしまう。彼の特性が不思議だった。


 「奥村さんって…本当にアカリと付き合っていたんですか?」


 「えぇ…何その質問?当たり前なんだけど…」と奥村一葉は戸惑った様子で半笑いになった。


 そして回転寿司を検索していたサイトを閉じて、写真のアイコンをタッチした。



 ほら好きに見て良いよと言って奥村一葉は私にスマホを渡した。


 アカリと作られた大量の写真のアルバムに驚いた。


 登山に行った時のツーショット写真、カフェで2人でパンケーキを食べ合っている写真、奥村の誕生日を祝う写真、写真に写る奥村は弾けた笑顔で映っていた。アカリも幸せそうな顔をしていた。こんなに幸せそうなアカリを見たことがなかった。


 「もう良いです。ありがとうございます」と言って奥村一葉にスマホを返した。


 「もう良いの?」


 「はい。もう充分です。」


 

 少し奥村が不思議そうな顔をしていたが、私は無視して「奥村さんってお仕事何されているんですか?」と聞いた


 「ん、印刷会社で働いてるよ〜」と言って名刺を渡してくれた。


 「めっちゃ大手じゃないですか…開発職ってことは専門なんですか?」


 「インクだね〜。きっと星浦さんが大学生の時に撮ったプリクラあれ僕のお陰だからね」とドヤ顔で言った。


 「アカリとはどこで知り合ったの?」


 「あはは。マッチングアプリです」


 「うわー今流行りの」


 「いやいや…ちょっと今絶対嫌な顔しましたよね。マッチングアプリって言ってもアレですよ。会社が推進しているんです」


 「へー」


 「選ばれた企業しか登録できないんですよ。それこそANAとかJALとか、銀行さんとか、あとあのお菓子メーカーとか」


 「上級国民同士のマッチングアプリがあるんですね。そっか、アカリはCAさんだったからか納得」


 「まぁ…嫌味もこめて一般的にはそう言われているみたいですね」


 

 電車の中では眠らずに奥村一葉と談笑をして終わった。電車内は暖かったが外から立ち込める冷気は見ただけでも分かった。


 空気が冷たく澄んだこの町で戸田コオリに会う。どちらが地獄に落ちるか決まる。コオリはなんと言うんだろうか。自分がレイプされに行ったと認めるんだろうが。認めたとしてどんな目的でそんなことをしたんだろうか。


 私の頭の中では“別にどちらでも良い”という考えが脳裏を支配していた。


 仮にこれで私が地獄に落ちても、もう別に良い。親にバレても仕事ができなくなっても死ねば良いんだ。アカリみたいにね。身近に自殺した人がいると、自分の選択肢に“自殺”というコマンドができてしまう。でもこのコマンドのおかげで生きやすくなった。


お風呂上がったら次の話更新します


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