ギャルゲーの悪役、DV野郎に転生!?
ゲームの悪役というのは気持ちよく倒せるように論理感のない最低なクズ野郎であることが多い。金のためにすべてを犠牲にするもの、性欲の赴くままに生きるもの、地位に執着するもの。
金に溺れ、女に溺れ、地位に溺れる。
その結果、人間の皮を被った化け物が生まれてしまう。
それを主人公様が成敗してカタルシスを与えるために、製作者は世の中の悪という悪を一人の人間に詰め込むことを一切ためらったりはしない。悪役だからしょうがない。という、ユーザーの妥協に甘えてバックストーリーの構築を蔑ろにする。
それでよかった。今まではそれでよかった。
だけど、悪役にも救いはあってもいいのではないだろうか。そんな風にシナリオライターに抗議しなかったことの報いが、こんな形で返ってくることになるとは夢にも思わなかった。
「ふぅ~……」
タバコの煙が肺を満たし、蒸気機関車のように口から白い煙が出ていく。
吸ったことなんて一度もないにも関わらず、『この体』はニコチンを受け入れ偽の幸福感を作り出す。離れたほうが幸せになれるのに、一時的な快楽が脳を縛りつけてしまう。
吸い殻を灰皿へ押し付ける。その動作に微塵のためらいもなく、川に流れる水のように流暢だった。
「熱っ……」
喉から絞り出すような苦痛の声が部屋に響く。
隣でうつ伏せになっている女性の背中には複数の火傷痕が残っている。
「もう、可愛い彼女の背中に何回火傷痕をつければ禁煙に成功するんですか?」
女は唇を尖らせて甘い文句をこぼす。
裸でうつ伏せになっている女の後頭部を優しく撫でると犬のように鳴き声を上げ、尻尾が振られた幻覚を見た。
異例な関係。異様な関係。異常な関係性。
俺はギャルゲーの悪役、DV彼氏の坂口星児に転生してしまったのである。
★★★
『キラキラ恋するお星さま』
メンヘラみたいなギャルゲーのタイトルが画面いっぱいに広がる。
そこには主人公らしき特徴のないイケメンとピンクのワンピースを着たヒロインが腰に手を当てて立っている一枚絵が表示されていた。
「なかなか可愛いヒロインじゃないか。清楚なお嬢様って感じがいいね」
大学も夏休みに入り、暇だと友達に話したらこのギャルゲーを勧められたのだ。
基本的にこういうゲームってのは、一枚絵を背景に下部ウィンドウに出てくるテキストを読み進めていくというシンプルなものになっている。
すべてのページに挿絵がある小説みたいなものだ。違いと言えば、時折でてくる選択肢でストーリーが分岐するところだろう。
ゲームの内容は悪い男に捕まった不遇なヒロインを助ける物語らしい。
悪役のやられっぷりが凄まじく、爽快感があるゲームだと友達に唾を飛ばされながら力説された。
「いくらゲームで時間を潰しても後悔しないのが長期休暇のいいところだよな」
テーブルに置いてある炭酸飲料を一口飲み、カップ麺をすする。
夕日が沈み、パソコンの画面だけが照らす薄暗い部屋でマウスを動かした。
退屈なプロローグを終えて、大学の入学式でヒロインとの再会場面。ヒロインが金髪の男と一緒に歩いてるところに出くわす。
「は?この女、男持ちかよ。これは、今はやりの寝取り、寝取られってやつか?なんてもん人に勧めてんだあいつは」
友人の顔を思い浮かべ、ため息をつく。
タイトルからもパッケージからもそんな要素は皆無。
ミルクチョコレートだと思って食べたらブラックチョコレートだった時のように顔が歪んでしまう。
「購入時にレビューの評価が極端だった理由がこれか」
純愛ものが好きな俺からしたら苦手なタイプのゲームだった。
まぁ、おすすめのゲームを聞いたのは俺のほうだから、やらないのは失礼か。今度会ったとき文句言ってやる。
炭酸を一口飲み、気合を入れてテキストを読み、適当に選択肢を選んで進めていく。
「うわっ、この金髪男最低すぎるだろ」
日が暮れる頃に始めて、なんだかんだでのめり込んでいった俺は気が付いたら部屋のカーテンから日が差しこむまでやっていた。
「ん~」
背伸びをするとピヨピヨと鳥の鳴き声が耳に届く。
ゲームは終盤を迎えており、ヒロインが主人公の孤涙輝に抱きつく場面。ヒロイン視点の回想シーン。
内容はこうだ。
大学に入学が決まり、引っ越した矢先、夜道でガラの悪い男二人にナンパされた。そこを金髪で頬に切り傷のついたこれまたガラの悪い男に助けられ一目ぼれする。その男は同じ大学に所属している一つ上の先輩だった。最初は優しかったが次第に暴力を振るうようになり、自己防衛のために彼の言うことを聞いているうちに、恐怖の感情が愛情だと錯覚してしまうという流れだ。そして、裏で金髪の男はヒロインのエロ写真を撮って大学生に売ってお金を稼いでいたという落ち。
「あんなクズ男と付き合ってた理由が一目ぼれって、なんか弱いなぁ~……。まぁ現実的ともいえるのか?」
最終的に金髪男は主人公とその仲間にぼこぼこにされてお縄にかかる。
ちなみにバッドエンドでは、ヒロインが金髪男を刺し殺して犯罪者になってしまうエンドだ。
途中で選択肢を間違えたために最初に見たのがバッドエンドだった。
「これなら主人公がヒロインを助けないバッドエンドのほうがスッキリするな。まっ、どちらにしろクズ男はクズらしい終わりでせいせいしたぜ」
三本目の炭酸飲料を手に取り一気に飲み干す。
カップ麺は三つほど空になって床に転がっている。
「ぷはぁ!徹夜した朝に飲む炭酸は格別だな……あ?何だか……」
遊園地にあるぐるぐる回るコーヒーカップのアトラクションに乗っているように視界が回る。
回る。気持ち悪い。
回る。気持ち悪い。
回る。気持ち悪い。
「気持ち悪い」
一瞬の浮遊感に目を閉じると、宇宙空間に飛び込んだように三半規管が消失した。
ガンガンと頭が痛む。
ぼやけていた視界が徐々に開けて、部屋の白い壁が見え、体の奥底から飢餓感のような強い衝動が襲ってきた。
砂漠で遭難中に水の入ったペットボトルを見つけたように無我夢中でテーブルに置いてあるモノを手に取って口に入れ一息ついた。空いた手からはサラサラとした髪の毛の感触が伝わってくる。
……ん?部屋には俺一人しかいなかったはず。なのに、なぜベッドの上に裸の女がうつ伏せになっているんだ。
まさか夢遊病にでもなっていて、気づいたら女をお持ち帰りしてました。なんて素敵な出来事が起こるはずがないだろう。
「くすぐったいです。もう昼ですから、チャーハンでも作りますね」
「えっ、あっ、ああ頼む」
枕に載せていた頭をこちらへ動かした女はリスのような愛らしい顔をしていた。
小顔で目が大きく、頬が少し膨らんでいる庇護欲を刺激するようなタイプ。
ベッドで寝ていた女が起き上がり、裸のまま白いエプロンをまとってキッチンへ立つ。慣れた動作で冷蔵庫から卵を取り出すとボールに入れてシャカシャカ混ぜ始める。
背中で揺れる黒髪に隠す気が欠片もないオープンになった揺れる臀部をしばらく無感情で眺めていた。
「これは夢か?」
ぼーっとする頭が徐々に覚醒していき、ぼやけていた視界が立て鏡を捉えた。
そこには金髪をした、顔の頬に切り傷をつけた厳つい男が裸で映っている。
ベッドの下にはピンク色のワンピースと下着類が無造作に散乱していた。
「おいおい嘘だろ……?」
顔の頬に切り傷がある筋肉質な金髪の男と、細身で整った容姿で誰からも愛されそうな小動物の雰囲気を持つ女。
これ……まるっきり『キラキラ恋するお星さま』のヒロインとDVクズ野郎じゃねえか!
直前までやっていたからはっきりと脳内にキャラクターのイラストがこびりついているから間違えようがない。
鼻歌を歌いながら裸で料理するヒロインの真由の背中には火傷痕。それにも関わらず上機嫌な様子の齟齬の合わなさに吐き気をもよおした。
「それで、今日の日付を教えてくれ」
目の前に座っている裸エプロンの女は真由。俺が直前までやっていたギャルゲーのヒロインだ。
画面の向こう側にしかいなかったキャラクターが手を伸ばせば届く距離にいる。まるで月で餅つきをしているウサギに会った気分だ。
だけどそんな素敵な展開を楽しむ余裕なんてない。
カーペットの上にある小さなテーブルに並べられたチャーハンを食いながら真由にたずねた。
「急にどうしたんですか?えっと、今日は三月二十五日の木曜日ですね」
「……そうか」
にわかには信じられないが、ギャルゲーの悪役に転生してしまったようだ。そうと分かれば、さっさと行動に移さないといけない。今も一秒ずつ俺の寿命が削られていく錯覚をした。
ゲームは主人公が入学式で幼馴染の中井真由に出会うところから始まる。対して今の時間軸はゲームの回想シーンで見た、金髪男である坂口星児と出会って暴力が始まった初期段階。
ヒロインの真由は人を疑うことがない純粋無垢な子で、タバコの吸い殻もプレイの一種として認識しており、愛する女性の背中を灰皿にすることで禁煙を促進するとかいう意味不明なロジックを信じきっている状態。
俺のスマホには真由の裸の写真なんかも入っているんだろうな。
そりゃ、悪い男に捕まるわけだ……。いや、シナリオライターが適当に考えたDVの入り口なんだろうけどさ。真由の抵抗が弱かったことで、これからどんどんと暴力がひどくなっていく。
ゲーム的にハッピーエンドを迎えると逮捕。バッドエンドでもヒロインから刺殺されるという坂口星児にとっては致命的なものだ。
「お口に合いませんでしたか?」
「おいしいよ。すごくおいしい」
心配そうに顔を覗き込む真由に慌てて首を振った。
前かがみになったためにエプロンの胸元の間から胸が丸見えだ!
いや、体の関係を持った仲だから今更かもしれないけど、でも俺は坂口星児じゃない。
……ん?じゃあ俺は一体誰なんだ?待て、そもそも元の世界に戻れるのか?
「顔が真っ青になってるじゃないですか!うーん、味付け間違えたかな?無理だったら我慢しないで吐き出してくださいね」
いや、一体何を迷っているんだ。
目の前には背中に火傷痕を付けられても、彼氏の身を案じる優しい彼女がいるじゃないか。
真由を幸せにする。つまり、ゲームの主人公とくっつける。
それが俺の使命だろ。そうだ、物語がどう動こうが、最悪でも俺が真由と円満に分かれれば済む話。
「ありがとう。もう大丈夫だ。ごめんな」
「そうですか?なんか今日の星児いつもと違いますね」
俺は不思議そうに顔を傾ける彼女に笑いかけ、具材がたくさん入った愛情たっぷりのチャーハンを口に運んだ。
「うまっ!」
心にかかっていた霧が晴れた後のチャーハンの味はめちゃくちゃ旨く感じた。
「おかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね」
「美味しい料理をありがとう」
「わっ!そんな風に褒められたの付き合ってから初めてです。ふふ、そんなにチャーハン好きだったんですか?」
しまった。
坂口星児は人に感謝なんて伝えない男だった。
真由が惚れたのは俺ではなくて、このいけすかない男。
俺は誤魔化すように残りのチャーハンを口にかきこんだ。
★★★
大学の入学前日に服を買いにショッピングモールへと来ている。
俺のじゃない、真由の服だ。
円満破局に向けての思い出作り。すでに振るってしまっている暴力を幸福で上塗りするという、終わりよければすべてよし作戦だ。
今はショッピングモールにある服屋の中を二人一緒に歩いていた。
「わー、この服可愛い。これ私に似合うかな?」
隣では真由が楽しそうにハンガーにかけられた服を吟味している。
真由には悪いが、できるだけ地味な服を買ってあげるつもりだ。
ゲーム内では真由は星児と付き合っているうちにどんどん露出の高い服を着るようになっていくのだが、その結果、DVの痕跡が主人公に見つかってしまうからだ。
あれから暴力を一切振るってはいないし今後も振るうつもりはない。だけど、念には念を入れて、できるだけゲームのシナリオで変えられるところは変えていきたい。
テレビでよくある地味な子をメイクで大変身なんてものとは真逆のプロディース。その名も、魅力的な女子を冴えない女子に変身させよう!プロジェクト。
「わー、この服も可愛い」
真由はハンガーを取り、自分の体に肩出しシャツと太ももの半分以上露出するようなミニスカートを当てて鏡を見ていた。
クラブにでも通っていそうな女がよく着てそうな格好。
街中で見かければ十人中十人が振り向き、ゴミ拾いを始めること請け合いだ。
「……それはだめだ」
思わず同意しそうになったが、俺は苦渋の決断を下す。
これが普通の彼女とのデートだったなら、秒で買い物かごに入れていただろう。
「私には似合わないですか?」
よほど気に入っていたのか、大げさにうなだれる真由にしょんぼりと垂れる犬耳の幻覚を見た。
もしかして、ゲーム内で露出度の高い服を着ていたのは真由の好みだったのかもしれない。
「すごい似合っているけど、露出が多すぎる。却下だ」
「星児って私のお父さんみたいなことをいいますね。せっかく大学生で一人暮らしが出来たから好きな服装できるって思ってたのに」
「そんな恨めしい視線を向けてもだめだ」
「彼女が可愛い服着るのは嬉しくないですか?」
嬉しい!
が、今はゲームのシナリオから外れるために地味な女子でいて欲しい。
とはいえ、何かそれらしい理由をつけないと刺殺ルートへの高速道路が開通してしまう。
「嬉しい、嬉しいが。……真由の可愛いところは独り占めしたい」
自分で言ってて恥ずかしくなり、語尾がもごもごと小さくなってしまった。
こんなこと、前世で彼女もいない童貞の俺に言う機会あるわけないだろ!
心なしか顔も赤くなっている気がする。
「へ~、ふ~ん。星児がそこまで言うなら諦めます」
真由は俺の顔を覗き込むように前かがみになったと思ったら、上機嫌で服を戻し、鼻歌まじりに歩き出した。
なんとか、自然な形で派手な服装は回避できそうでほっとする。
「じゃあ、これとかどうですか?」
そう言って手に持ったのは白のワンピース。
長袖で膝下まで全身しっかりと隠れるものだった。
さきほどのクラブ女子とは正反対の清楚で真面目な印象を受ける。
「落ち着いた雰囲気でなかなかいいんじゃないか?」
「ふ~ん。こういうのが好きなんですね。それなら、これに決めます」
俺が褒めると、しばらく鏡の前で全身を確認するように眺めていた。
本人はあまり納得していない様子だったので念押しで可愛いと褒めてあげた。
これで服装だけはゲームのシナリオを変えることに成功したが、絶対に回避しなければならないのは、真由から恨まれること。主人公の孤涙輝がヒロインの真由を落とすことに失敗するバッドエンドを辿る場合、俺は刺殺されてしまうからだ。
そういう意味では順調に物事が進んでいると言える。このまま何もなければいいのだが。
「この服、結構高かったですけど、本当によかったんですか?」
「そんなこと気にするな。彼女の服を買うぐらい男として当たり前のことだ」
「そうじゃなくて……いつもみたいに、ワンパン一回だとか、灰皿一回だとか言わないんですか?」
「今、なんて言った?」
どう考えてもおごった相手から言われるはずがない言葉に嫌な予感がした。
「だから……いつもみたいに、代償行為を払わなくてもいいんですか?」
そう言う真由の瞳は濁ったビー玉のように暗闇しか映していなかった。
代償行為。
それは主人公の孤涙輝が真由を落とすのに失敗し、バッドエンドルートに入ってから見せられる胸糞要素。最終的に真由が坂口星児を刺し殺してもプレイヤーから妥当だと思わせるために導入されたものだ。
真由の行動にそれぞれ罰則をつけて、その行為を行ったら罰則に応じた暴力が振るわれる。例えば、他の男と会話すると、お腹に一発殴られる。勝手に外出すると顔面殴打。等々、暴力で真由の行動を縛っていくもの。
つまりあれか、真由が嬉しそうにしてたのも、罰則を受けないためだったのだろうか。
いやそんなことより、なぜゲームの開始時点にすら到達していないのに俺と真由の関係が悪化しているんだ。
「星児?私何かおかしなことを言ってしまいましたか?」
無機質な表情で俺の顔を覗き込んでくる真由に恐怖を感じた。
もし、服を試着していた楽しそうな様子が嘘ならばこの少女はもうとっくに壊れている。
「い、いや。代償行為は払わなくていい」
「そうですか。ありがとうございます」
そう平坦な声で真由は深くお辞儀をした。
★★★
真由と別れ、部屋に戻った俺はゲーム内容を忘れないようにノートにメモを取ることにした。
「大丈夫。代償行為の序盤はそこまでひどい内容じゃなかったはずだ。じゃないと、真由も受け入れるはずがない」
彼女はこういった、「ワンパン一回だとか、灰皿一回だとか」つまり、最低二回は代償行為を行ったことになる。
確か、ゲーム内でも代償行為に対して真由の抵抗は少なかった。それは愛されていると感じていたからにほかならない。
「そうだ、思い出したぞ」
暴力を振るう条件として、一つ目は他の男と話さない。これは、相手に自分のことを愛してくれていると思わせると同時にDVの関係を外にばれないようにするためだ。二つ目は他の男と接触しない。これも、嫉妬深い男と思わせておいて、実際はひょんなことから痣などが見つからないように。そして三つ目は……。
プルルとスマホが震える。
画面には真由と表示されていた。
「おう、どうした」
「助けてっ!……公園でっ……きゃっ!」
ブツリとそこで電話が切れた。
「おい!何があったんだ真由!」
くそっ!
こんな展開知らないぞ。
電話が切れる際に微かに男の声が聞こえた気がする。
とにかく、とにかく。
俺の知らないところでゲームのシナリオが変わることは許さない。
自分の運命は自分で決める。
俺は猪のように部屋から飛び出した。
日は沈んでおり、電灯の明りが等間隔に歩道を照らしている。
俺の足は速いらしく自転車に乗っているような速度が出ているが、タバコをやっていたため体力がどこまで持つかは不安だ。
「あぶねえぞっ」
帰宅途中のサラリーマンの肩にぶつかり、赤信号の歩道をつっきり、野良猫を追いやるように走る、走る、走る。
しばらくすると、公園が見えてきた。この周辺で公園といえばここにしかない。その向こう側のアパートが彼女の住んでいる場所だ。
帰宅途中に襲われたのかもしれない。
公園の入り口にある柵を飛び越えて中に入ると、由香が男に羽交い絞めされており、その前にもう一人の男が立っていた。
地面には俺が買った服が入った紙袋とスマホが落ちている。
「へ、残念だったな。助けなんて呼ばせないぜ」
「こんな夜遅くに女が一人で歩いてちゃ危ないだろ?今回はあの金髪の男もいないようだし、俺らが一緒にいてやるよ」
「離して……ください」
「へへへ、こんな上玉、今回は絶対逃がさないぜ。今夜は楽しくやろうや」
「兄貴、こいつの髪めっちゃいい匂いがする。くんかくんか。ペロリっ」
「ひゃっ!気持ち悪い!」
「ああ?舐めてくれてありがとうございますだろ?」
暗くてよく見えないが、あの特徴的なシルエットは間違いない。デブで背が低い男に細身の高身長の凸凹コンビ。坂口星児が真由を助けたときにナンパしていた男だ。
動けない真由の体に細身の男が手を這わせているのが見えた。
たくっ、ヒロインを助けるのは俺じゃなくて主人公の役目だろうに。
「よぉ、久しぶりだな。でくの坊。俺の女がまた世話になったみたいでお詫びしなくちゃいけないな」
ドスの効いた声を出しながら近づくと二人の男が俺の存在に気付いたようだ。
そして、由香の顔がぱっと明るくなる。
「星児……来てくれたんだ……」
由香の瞳にたまった涙がつーっと頬に落ちていく。
なんだ、悪役もちゃんと善意の心を持っているんじゃないか。
だって、こんなにも彼女が無事でいてほっとしているのだから。
なぁ、坂口星児。お前も最初は善意から助けようとしたんだろ?
「当たりまえだろ。今夜の『代償』は重いぞ」
「うんっ!」
俺が言うのもあれだが、DV野郎の言葉にそんな喜んじゃダメだろ……。
「彼氏さんよ?今の状況分かってるの?あの時と違って俺らも対策してんだよ、出せ」
「了解、兄貴」
真由を離したデブはポケットから鋭いナイフを取り出して構えた。
細身の男がにやにやしながら俺の後ろへ回り込む。
二対一。かつ、相手は武器を持っている。
「星児……」
心配そうに俺を見る真由に余裕の表情を見せてやった。
普通なら勝てっこない。
前世の俺なら間違いなく女を見捨てて逃げているだろう。
「なんていうか、因果って面白いよな」
「あ?」
「まるで神様が俺にチャンスを与えてくれたみたいだ。もう一度出会いからやり直すチャンスをな」
「何わけわかんねえこと言ってんだ、もういいわ。やれ」
細身の男の指示でナイフを持ったデブ男が突っ込んできた。
真っ直ぐに向かってくるナイフはスローモーションのように遅い。
ナイフを持った腕を取り、押さえこんでからみぞおちに膝蹴りを入れる。
「おえっ」
どさりと男は地面に倒れて痙攣。
「ほら、次はお前だ。来いよ」
ゆっくりと後ろを振り返り細身の男と対峙する。
俺とデブが交戦している最中に後ろから不意打ちをするつもりだったのだろうが、あまりにも鮮やかにのしてしまったので、タイミングをつかみ損ねたのだろう。
「てめぇ……」
細身の男は覚悟を決めたのか、ボクシングの構えを取り近づいてくる。
だが、格闘技経験者だろうと関係なく、坂口星児は負けない。負けるわけがない。
格闘の間合いに入った瞬間に速い拳打を飛ばしてくる。
しかし、
ドン!
軽く躱してみぞおちに練り込むような拳打を入れた。
「がはっ」
立っていられずに膝立ちになり腹を押さえる男。
そうして、余裕しゃくしゃくな笑みを浮かべる俺の前に二人の男がひれ伏した。
「これが逆主人公補正だ」
主人公は決してやられないのと同様に、ラスボスも序盤早々にやられることはない。
別に転生前は凄腕の格闘家だったわけでも、軍隊のエリート部隊に所属していたわけではない俺が強気になれるのも、坂口星児のスペックを知っていたからというだけのこと。
設定上は喧嘩では最強となっているのだ。
二人を片付けた俺は地面で女の子座りしている真由に近づき肩を抱いた。
「よかった。心配したぞ」
「助けてくれるって信じてました」
「代償行為覚えているか」
「一つは星児以外の男子とは話さない。二つ目は星児以外の男子に触れない。そして、三つ目は……」
俺たちは口を合わせて、
「許可なく傍から離れない」
そう言った。
そして、俺たちは抱き合いながら公園の真ん中で熱いキスをかわした。
真由を送り届ける予定が、離れたくないと駄々をこねだしたので俺のベッドに寝かせている。
今は緊張が解けたのか、シャワーを浴びてすぐに服も着ずにベッドで眠ってしまった。
代償行為として手の甲を抓ったので白い肌が少しだけ赤くなっている。
視線を下に向ければ……。
ごくりと唾を飲み込み、毛布を上からかけてやった。
「んにゅ~」
満足そうな声を出したかと思えば、再び寝息が聞こえてくる。
はぁ、ゲームのヒロインが無防備に寝ているのに手を出せないのは生殺しだな。
悪役に転生してそのまま欲に溺れ悪人になる。そんなミイラ取りがミイラになるなんてのはごめんだ。
「そんなことより、なぜ真由が襲われたかだ」
当然ゲームにはそんなシナリオはない。なぜなら、ヒロインの真由に危害を加えるのは坂口星児の役目だからだ。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「これはゲームの強制力というやつなのか?俺が転生して以降、暴力をふるっていないから、その役割を別に用意する必要が出てきたとか」
可能性はある。
だがこうなると、俺も真由から離れるわけにはいかなくなった。
このまま二人が別れれば済む話じゃなくなった。
ベッドで穏やかな寝息を立てる真由を見ながら、絶対に守ると誓った。
★★★
大学の入学式当日、俺と真由は仲良く並んで敷地内に足を踏み入れた。
ついに、この日が来た。
主人公とヒロインが出会う場面。
孤涙輝と真由は幼馴染の間柄で高校も一緒だ。
彼氏なんていないはずの真由が金髪で頬に切り傷がある男と歩いているのを見て、最初は幼馴染に恋人ができたと気を落とすが、真由の怯える様子に違和感を覚えるようになる。それがきっかけで、真由と星児の関係性を知っていくのだ。
「俺は二年だからずっと一緒にはいれないけど大丈夫か?」
「怖いけど頑張ります。でも、昼は一緒に食べれますよね?」
緊張した面持ちで、俺を見るので優しく微笑んでやった。同じかそれ以上に緊張している顔を隠すために。
「もちろんだ、それに余裕があれば真由の様子を見に行くよ」
「……うん」
昨日も含めて一か月の間に二回も男に襲われてしまい、男性恐怖症になってしまったらしく、一人でいることに恐怖を感じるようになってしまったようだ。
その時、見覚えのある顔をした男が近づいてきた。
「真由!久しぶり。というほどでもないか、高校を卒業して以来だな」
真面目そうな黒髪をした好青年。ゲームの主人公である孤涙輝の登場だ。
「わっ!なんだ輝かぁ~。びっくりしたよ」
突然男に名前を呼ばれたからか真由は俺の腕に抱きついてきた。
その様子に輝は笑顔のまま固まる。
「あの~、そちらの方は真由のお兄様でしょうか?」
なんとか絞りだしたような掠れた声。
「私が一人っ子だって知ってるでしょ?この人は……彼氏だよ」
そう言って、赤くなった顔を隠すように俺の腕に顔をうずめた。
「か、彼氏……。だって、高校卒業まではそんな人はいないって」
「うん。一人暮らしでこっちにきてから知り合ったの」
「そんな……」
黙って聞いてたけど、ゲームとなんか二人の反応が違うぞ?
本来なら真由は顔を真っ青にしながらも、星児に睨まれて無理やり彼氏だと言わされるはずで、そんなヒロインを見て孤涙輝は脅されているのだと感づく流れのはず。
なんで、真由は顔を赤らめて恥ずかしそうに俺の腕に抱きついているんだ。
なんで、そんな彼女を見て孤涙輝は今にも泣きそうなふにゃふにゃな顔をしているんだ。
なんとかして軌道修正しないと、俺は真由から刺殺されるバッドエンド直行だぞ!?
「おい、真由。俺の許可なく勝手に男と口きくんじゃねえ。お前はそいつのこと好きなのか!」
俺は強引に真由を引きはがして、眉をひそめて怒鳴る。
直前までの話の流れを理不尽なまでにぶつ切り、逆流させた。
金髪で、頬に切り傷がある厳つい男が、突然、意味不明な発狂。
どうだ、こんな危険人物にヒロインは任せられないだろ?
俺は横目で孤涙輝をちらりと窺うと、目を丸くして呆気にとられていた。
「違う、違うよ!輝はただの幼馴染で、そういう関係じゃないの!私が好きなのは星児だけ!」
「じゃあ、なんで約束を破った!ほかの男と話さないという約束を!」
「それは、不可抗力で……。でも、信じて欲しい。私はもう星児から離れられないの」
真由はぼろぼろと涙を流しながら俺の胸に飛び込んできたものだから、思わず抱きしめてサラサラな黒髪を撫でてしまった。
あれ、思った展開と違うぞ?
大学の前で女が泣きながら男に抱きついているシチュエーションを作りたかったわけじゃない。
「……真由。本気でその男が好きなんだな」
孤涙輝の問いかけに真由は顔も向けずに沈黙した。
すると、悔しそうな顔を浮かべて彼が去っていく。
いや、そうじゃないだろ!こんな束縛が強い男がまともなわけないだろ!
こんな程度で失恋してんじゃねえ!
惚れた女が目の前でいかにも悪そうな男に抱きしめられているんだから、無理やり奪っていけよ。
俺は見せつけるように真由を抱く腕に力を込めた。
「おい、二度と俺の真由に近づくんじゃねえぞ。こいつに手出してみろお前を文字通り八つ裂きにしてやるからな」
悪人顔でドスを利かした。
ほら、ヒロインが危険人物にとらわれてますよ!助けないと大変なことになりますよ!
孤涙輝は一瞬、後ろを振り返るも何も言わずに歩いて行った。
表情はよく見えなかったけど、軌道修正できたか?
復讐に燃える顔をしてたよな。そうに違いない。
俺は緊張が解けて、息を吐き出すと抱きついている真由と目が合った。
ずっと、俺の顔を見ていたようだ。
「星児がこんなに嫉妬深かったなんて、新しい発見です」
「……うるせぇ」
涙顔で笑う真由に見惚れて目をそらしてしまった。
だってしょうがないだろ、ギャルゲーのヒロインなんだぞ。
ユーザーの購買意欲をそそるように計算された容姿が俺に微笑みかけてるんだ。そんなの耐えられるわけがない。
気づいたら、周囲には人だかりができていた。
大学の階段教室の席に座っていると、俺へとやけに注目が集まっている。
大方、朝の騒動のせいだろう。
生暖かい視線にさらされて苛立たしい。お前らが向ける視線は嫌悪でなければならないというのに。
「チョー見たよ?あれ星児の彼女?チョー可愛いんだけど」
茶髪ギャルが俺の横に座った。
こいつは坂口星児の悪友の一人、藤井舞。見ての通りギャルだ。
「まぁな」
ぶっちゃけ、苦手なタイプだ。
適当に話合わせとくか。
「あんな束縛強い人だったんだねぇ、うちはチョーごめんだけど。でも、束縛してほしいって女子もいるからぁ、まさに星児の彼女なんてチョーそのタイプだよねぇ~」
と思ったが、聞き捨てならない情報に俺は身を乗り出した。
「は?真由が束縛されるのが好きなんて、なんでそう思った?」
「見ればわかるっしょ。うちって恋愛相談チョーされるからぁ、分かるんだよね。ああいう大人しめで地味な子ほど愛されたい欲がチョーツエーから」
そういえば、ゲームの終盤では主人公に対してヤンデレっぽい発言をしていた気がする。
そうか、真由は強い男に求められるのが好きという設定があったのか。それなら、ナンパから助けてくれた坂口星児に一目ぼれするのにも納得がいく。
「なるほどな。いい情報ありがとう」
「なんか星児チョー変わったよね。雰囲気とか言葉遣いとか」
「俺もいろいろあったんだよ」
振り返ってみると、多少変えたところもあるが基本、ゲームのシナリオをなぞろうと、かなり束縛の強い男になっていた。
だが、現状真由は予想以上に星児に惚れており孤涙輝もヒロインに執着を見せる様子もない。
それなら、バッドエンドを避けるために今度は距離を開けてみるのもいいかもしれないな。
俺は講義時間を使って、今後の真由への対応策を考えることにした。
なお、教授からはこんなに真面目に話を聞いてくれるなんてと感激されることに。これが不良が普通の行いをするだけで褒められる現象かと身をもって知ることになった。
昼休みに入り、真由がいる階段教室に行くと女子に囲まれて楽しそうに話しているところだった。
さっそく友達が出来たみたいだ。
「あっ、星児」
俺の存在に気づいたのか真由に声をかけられる。すると、そばにいた女子たちも一斉にこちらを向いた。
「この人がその重い彼氏?」
「うわっ不良じゃん」
「私は結構タイプかも~」
悪友のギャル大生と違って、勉強が出来そうな清潔感のある女子だった。
重い彼氏って一体俺のことをどういう風に話したんだ。まぁ、間違ってないけども。
「昼食いに行くぞ。って、どうした?」
「実は今日、みんなで遊びに行かないかって誘われて」
ちょうどいい。
孤涙輝とくっつけようと思って代償行為という茶番をやってきたが、そのルートはほぼなくなった現状、後は恨まれないようにするだけでいい。束縛をやめれば、後は俺たちの関係は自然消滅するだろう。
「そうか、別に遊びに行けばいいんじゃないか?」
「うん、でも、その。男もくるみたい」
真由の視線の先には幼馴染の孤涙輝が一人静かに座っていた。
他の男と話さない、接触しない。傍から離れない。それが俺との間で交わされている代償行為という名の契約。
それで迷っていたのだろう。いや、断ろうとして、女子から詰められているのか。
三人の女子が険しい表情で俺を見つめている。
ああ、そういうことか。真由は俺に断って欲しいのだ。
遊びに行きたくてソワソワしているという感じではなく、どう断ろうか悩んでいる様子。
「お前の幼馴染が一緒だろうと気にしねえよ。好きにしろ」
「えっ……いいんですか?でも、なんで急に……もしかして私のこと嫌いになったとか……?」
予想外の返答に真由の目が大きく開いた。
そして、不安そうに両手を胸に抱く。
やっぱりギャル女の言う通り、束縛されるのが好きなんだろう。
その行き着く先が星児の刺殺なんだから、恐ろしい。
だから、
「俺も朝の件はちょっとやりすぎたなと思ったんだ。それに、俺は真由のこと信じてるからよ」
そう言って、笑顔を見せた。
束縛をやめて恨まれては本末転倒だからな。
俺は徐々に距離を取っていくための第一歩を踏み出した。
「……ありがとう」
「じゃっ、飯は友達と食えよ」
俺は手を振って階段教室を後にした。
★★★
大学が終わり、俺は部屋に戻っていた。
今頃真由は友達や幼馴染の孤涙輝と楽しく遊んでいるのだろう。
ゲーム的には主人公と付き合うハッピーエンドを迎える可能性は低くなった。
なぜなら、真由が本気で俺に惚れている印象を受けるからだ。
まぁ、仮にそっちのルートにシフトしても今のところ孤涙輝から恨みを買っていないので、大丈夫だろう。後はバッドエンドで俺が刺殺され真由が犯罪者として捕まるエンドさえ避ければいい。
そして、これに関しても正直どうとでもなると思っている。仮に真由と別れたとしてもよほど悪い別れ方じゃなければそんな未来は訪れそうにない。
徐々にフェーズアウトしていく方針なら問題ないだろう。
「はぁ~。もし、この世界で生きていかなければならないなら困るな。真由と別れたらやることがない」
あのナンパ男達からの復讐もまたあるかもしれないし、波乱万丈な人生を送ること間違いなしだ。
「はぁ~」
さっきからため息ばかりだな俺。
原因は分かっている。なんだかんだ、真由のことが心配なんだ。
そして、今日の遊びを通して主人公の孤涙輝に惚れない保証もない。
「やっぱ、俺は真由のことが好きなんだな」
冷静に考えたら、前世の人生では彼女もできたこともなかった俺が美少女とずっと一緒にいて惚れないわけがない。
コップに入った水を先の見えない不安ごとごくりと飲み干す。もう何杯目かもわからない。
そんなとき、部屋のインターホンが鳴った。
「誰だよこんな時間に」
もう日は暮れて、よいこは寝る時間。
重たい体を引きづって、玄関のドアを開けると同時に真由が抱きついてきた。
「ただいまぁ~」
甘ったるい声と共に、飛び込んできた人の温もりを逃がさないように抱きしめ返した。
「おかえり」
靴を脱いで、部屋に入るなり真由は脱衣所に向かい服を脱ぎだした。
「おいおい、泊まるつもりか?」
「だめ?」
上目遣いで可愛く言われたら断れない。
「いやいいけどよ」
おかしいな、束縛をしないって決めたはずなのに真由のほうから近づいてくるなんて。
「着替え持ってきてください」
「男物しかないぞ」
「えへへ、それでお願いします」
風呂から上がった真由はぶかぶかのシャツを着て、そのままうつ伏せにベッドの上にダイブした。
遊びの帰りに男の部屋に上がり込み、男物のシャツをきて無防備な姿を見せている。
認めよう。もう、認めざるを得ない。バッドエンドを回避しようと、躍起になった結果、ラブラブなカップルが成立してしまった。
だから素直に聞くことにした。
「なぁ、俺のどこが好きなんだ?」
ベッドに横になっている真由に視線を向けると、顔だけ振り向いて、
「私のことを一番に考えてくれて、守ってくれて、たまに鬱陶しく思うほど愛してくれて。ずっと、傍にいてくれるところです」
そう言って朗らかな笑みを見せた。
その綺麗な黒い瞳から、過去の俺の行為がフラッシュバックする。
ああ、そうか。
常に相手のことを考え、危険から守り、過剰なぐらい相手に愛していることを伝える男子がここにいたんだ。
根っからのオタク男子が全力で悪ぶった結果、ただひたすら一途な恋する男の出来上がりだった。
真由は体を起こして、正座になると、
「愛してます」
そう、甘く空気を振動させた。
顔を紅潮させ、シャンプーのいい香りを立てている真由に蜜へ群がる蜂のように俺は彼女を押し倒した。




