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07.本当の味方

 ただ無心で、旧校舎へと続く地面を蹴っていた。

 今の親衛隊は以前顔を利かせていた日和見な勢力が去って、味方になってくれる人員が残っている。春真への嫌がらせにもそれとなくフォローを入れてくれてもいた。

 けれどそれは春真が仁科儀冬弥の恋人だからだ。それが一転して裏切り者になったとあれば、その矛先が一斉に向くのは想像に難くない。

「春真……!」

 分かっていた。藤桜司に言われなくとも、頭のどこかに可能性は浮かんでいた。

 なのに感情に任せて、あれだけ人が居る場でなじって突き放してしまった。それがどんな影響を及ぼすか、何を引き起こすか、周囲を見ていて知っていたはずなのに。

 分かっていて、見て見ぬふりを決め込もうとしていた。

 未だに腹は立つ。いっそ憎い。けれど、不幸に泣く姿は見たくない。

 ……己は一体、何がしたいのだろう。

 そんな自問に答えは出ないまま、旧校舎が目の前に見えた。


 古いながらも手入れの行き届いた入り口を通り、一階の廊下を一気に走り抜ける。藤桜司の言っていた通り最奥の教室から人の声が聞こえてきた。

「冬弥様というものがありながら、仁科儀秋都にすり寄るとは何事だ」

 親衛隊に名を連ねている生徒の声。足音を抑えながらドアに近付き、中の様子を窺う。

 どうやら事が起きる前に辿り着けたらしい。十人ほどの背中に囲まれた春真は、いつもの様に強気な目で相手を睨み返していた。

「今すぐ縁を切れ。出来ないなら冬弥様のパートナーを降りろ」

「だから切らなきゃいけない程の縁なんか無いつってんじゃねーか! だいたい、何でどっちか選ぶ話になるんだよ! そんなことしてっから二人の仲がこじれんだろうが!!」

 捲し立てるように喚く春真に、誰かがひとつ溜め息をつく音が聞こえる。

 これだけの人間に囲まれているのに全く怯む様子もない。その姿は勇ましいが逆効果だ。口でも腕力でも、この人数差で勝てるほど春真は秀でている訳ではない。囲んでいる連中の神経を逆撫でしない内に止めるべきだ。

 ……けれど、話の内容がどうしても気になってしまって。つい先程まで割って入ろうとしていた事も忘れ、そのやり取りを聞く体勢に入ってしまった。

「冬弥様を選べないというのか」

「だから……!」

「答えろ。出来るのか、出来ないのか」

 有無を言わさぬ声音に、珍しく春真が圧されて押し黙る。結構な間の沈黙が続いた後。

「……出来ない」

 ぽつりと聞こえてきた言葉にずくりと重だるい痛みが体に響いた。分かっていた結末だけれど、改めて聞かされると心に突き刺さる。


 この先を聞くのが怖い。

 今度こそ話を止めようと足を動かしかけたけれど、その前にまた春真が話し始めてしまった。

「あの二人は比べられない。先輩は大事な番で、秋都は大事な人の弟だから。縁切れって言われても無理だ」

 ……何処か違和感がある。

 自分の考えていたものと実際に話している内容が少しずれている。単に都合のいい解釈をしているだけの可能性もあるけれど。

 忙しない事に、動きかけた足がまた固まって。聞きたくないと思っていたはずの続きを聞く体勢に戻っていく。

「その縁を疎んじておられるんだぞ! 冬弥様のためなら出来るものだろう!」

「何で先輩から切り離そうとするんだよ! 秋都がお前らに何かしたのか!?」

「それは……」

 春真の反論に珍しく親衛隊の方が口ごもる。

 それはそうだろう。何もしていない。仁科儀秋都そのものは何も手を下していない。

 そこまでする必要はないからだ。親衛隊ごとき相手にする必要もない。相手の一番近い味方を引き込めばいい……それだけだから。

 

「オレは仁科儀先輩の状況が知りたいんだよ! 噂じゃなくて、本当の事が!」


 唐突に耳へ飛び込んできた声に、また一人迷走し始めていた思考がピタリと止まった。

「秋都だけが家の事を教えてくれる。家に居る時の先輩の事も、あの人が帰りたがらない理由も……ちゃんと教えてくれた」

 仁科儀秋都の話をしていたのではなかったか。

 なのに春真が言うのは仁科儀冬弥の事ばかり。まるで自分の事を心配してくれている様な言葉の数々が意識を引き付けて、沈み込みそうになっていた気持ちを少しずつ引き上げていく。

「確かに他人から見たら怪しかったんだろうし、勘ぐるのは勝手だけど。アイツがいなきゃ分からないことばっかりなんだ。邪魔すんなよ!」

「仁科儀秋都の親衛隊まで刺激している状態なんだぞ。一人で回避出来るのか。今ですら散々我々に尻拭いされているお前が」

「う……それ、は」

 親衛隊の冷静な言葉に、威勢のよかった声と表情が目に見えて萎んでいく。

 

 ……そんなに、親衛隊が尻拭いをしているという話は入ってきていない。

 しかし春真が一言も反論をしないあたり、間違いないのだろう。彼らは思っていたよりも綿密に手を回してくれていたらしい。それがこちらの耳に入っていなかった事を鑑みるに、衝突を未然に防ぐ形で協力してくれていたのだ。

 仁科儀冬弥に知られるでも、恩を売るでもなく。何事もなかったかのように。淡々と。

「……お前に何かあれば、きっと冬弥様は傷つく。己の身も守れないくせに偉そうなことを言うな」

 まるで独り言のように放たれた言葉。それに春真どころか自分の思考も、しばしの間沈黙した。


 

 時間が少し経過しても、教室の中の無言は続く。

 思いがけず時間が降って湧いてきて、先程聞こえてきた会話を頭の中で思い返していた。

 もしも春真の密会が、仁科儀秋都から自分についての情報を聞き出すためのものだとしたら……とんでもない勘違いと心無い言葉を、先程の自分は投げつけていたのではないだろうか。

 そう思った瞬間、少し体が動いてしまったらしい。隠れるようにして立っていたドアにぶつかって、そこそこ大きな音を立ててしまった。

「誰だ!?」

 案の定、素早く気づいた親衛隊の一人が振り返る。

 盗み聞きもここまでかと観念して、恐る恐る隠れていたドアの影から出た。


 姿を現した自分を見て、春真も親衛隊の面々も少し息を呑んだようだった。まさか本人が隠れているとは思いもしなかったのだろう。困惑した表情で互いの顔を見合わせて、どうするんだと囁く声が聞こえてくる。

「……今の、話、は」

「あの、それは」

 気まずい沈黙を割って問いかけに応えたのは、やはり春真。

 何か言いたそうにしているけれど、口を開きかけては閉じてを繰り返している。最近は思った事をすぐ口にするようになっていたのに、珍しくどう話すべきかを深く考えているようだ。

「隠れて探っていたのか……俺の事を」

 逆に自分は何を話すべきかを考える事が出来なくなっていた。

 ふと浮かんだ言葉が口をついて出てくる。どう顔を作っていいのかすらも分からない。ただ戸惑うしか出来ずに居る自分を見て、はっと親衛隊の一人が表情を変えた。

「冬弥様、お待ち下さい。こいつは」

「だ、だって! 何も教えてくれないから! 家の事聞くなら秋都が手っ取り早いだろ!?」

「ああもう、黙れ馬鹿!」

 少し庇う様に親衛隊の一人が前に立ったけれど、それを押しのけるようにして春真が前に出る。それを更に親衛隊が押し戻して、また更に春真が前に出る。そんな小芝居の様な押し問答がしばらく繰り返されたけれど、結局は身長の高い親衛隊が勝ったようだ。

 ぐいぐいと後ろへ追いやられていく春真が、なおも抵抗しながら叫ぶ様に声を上げる。

 

「アンタの事が知りたいんだよ悪いか! 大丈夫大丈夫って一人で無理して、全然大丈夫じゃないくせに! オレはアンタの何なんだよ!!」


 ……愚問だ。

 何なんだと問われれば、答えは一つしかないのだから。

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