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06.お叱り

「一体どういうつもりなんだ」

 

 食堂の騒ぎを聞き付けた藤桜司が、珍しく不機嫌を絵に描いた様な表情で部屋に押し掛けてきた。そっとしておいてほしいのに、本当に空気を読まない男だ。

「引き込んだのは仁科儀だろう。それを今さら放り出して、正気の沙汰か?」

 正論を投げつけられて思わず耳を塞ぐ。耳が痛い。聞きたくない。

 

 ――行家春真は、仁科儀冬弥が引き込んだのだ。

 ヒートトラブルを起こしたΩを春真とその友人達が助けた後、春真一人だけがフェロモンに反応を示していた。自分と同じΩフェロモンに敏感なβを見つけたと思った自分はこれ幸いと引き入れ、側に置いた。実際はΩだったのだけれど。

 恋人になって、パートナー申請をして周りを牽制して、春真を完全にこちら側へ連れてきてしまった。

 しかし。

「……α様が面倒を見るだろうさ。よく二人で居るようだから」

 所詮は『β様』の己よりも『α様』の方が影響力も強い。同じ家に生まれついた仁科儀秋都がその気になれば、きっと守りきれるだろう。

 そう自分で言っておいて目の奥がつんと痛い。並んで己の前に座っていた二人を思い出して心が沈んでいく。

 耳を塞いでいた手を外して膝を抱え込むと、藤桜司は怪訝そうな表情で覗き込んできた。

「まさかそんな理由であの騒ぎを起こしたのか。下らない。子供か?」

 本気で理解ができないと言いたげな顔に至近距離でまじまじと見つめられて、カッと全身の体温が上がる。


「お前に何が分かる!」

 分からないくせに。

 後継者だったはずのβ達が受けた理不尽なんて、知る由もないくせに。

「αに奪われるかもしれない恐怖が、お前に……っ!」

「そんなもの知らん。僕はαだ」

 藤桜司は無神経だが懐の深い男だ。その物言いは嫌味で、態度は尊大であるけれど。

 そして全ての第二性別全てに等しく尊大であるが故に、αでありながらβやΩに接する態度は他のαに対するものと変わらない。そのお陰であまり第二性別を気にせず居られる数少ない相手だったのに。

 結局はαなのだ。理解などして貰える訳がない。

「だったら放っておいてくれ! 説教なんか聞く気はない!」

「君にくれてやる有難い説教など何処にもない」

 どこか絶望的な気持ちに浸りながら睨み付けると、目の前の男はわざとらしい溜息をひとつ吐いた。

 

 そのまま向かい側に腰を下ろし、膝を立ててじっと見据えてくる。意外だ。体育以外で床に座るなんて、普段は絶対にしないのに。

 けれどその視線が痛くて仕方がなくて。耐えきれずに視線を外して床に落とした。

「……例の発言で行家は完全に矢面に立たされたぞ。君というものがありながら、その弟を誑かした痴れ者としてな」

 ぽつりと放たれた言葉に、膝を抱える手に力がこもる。

 けれど、事実だ。パートナーに隠れてコソコソと密会をしていた。それが発覚して反省するどころか逆切れまでして。

 それが非難されても……おかしくは、ない。

「仁科儀の子猫ちゃんでなくなったのなら、じき報復も受けるだろう。君の親衛隊が早々に行家と接触したようだし」

 ひくりと、手が震えた。

 膝を抱える腕へ更に力を込めて震えを抑える。けれど少しずつ心臓が嫌な走り方を始めて、ドクドクと音を大きくしていくばかり。

 

 報復。親衛隊。覚えのありすぎる言葉だ。

 

 この高校に来る前、閉鎖的な一貫校の中等部で親衛隊を自称する一団の事件が起きたことがある。

 周囲の生徒も見て見ぬふり、卒業生で固められた教師も学生時代から見慣れた光景を気に留めず、止める者の居ない私刑がエスカレートした末の傷害事件だった。途中揉み消されたのか、その話題が世に出る事は無かったけれど。

 あの殺伐とした世界からは抜け出せたと思っていたのに、結局ついて回るものは同じなのか。

「事を揉み消す準備はしておけよ。くれぐれも生徒会に手間をかけさせないでくれたまえ」

 あの時の。

 ボロボロになって医務室に運び込まれた被害者の生徒の姿に春真が重なって、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。あの光景と同じになるかもしれない。それも、自分が突き放したせいで。

「……いつ」

 床に視線をさ迷わせながら尋ねるが、は?と不機嫌そうな声が返ってきただけだった。

 

 恐る恐る顔を上げて、藤桜司の方を見る。声とは裏腹に不機嫌さは感じられない。ただ静かに、真っ直ぐこちらを見据えていた。

「親衛隊、が……接触したのは、いつだ」

「ついさっきらしいが。以前の親衛隊もどきと違って熱心な事だね」

「行き先、は」

「旧校舎一階の奥」

 この学校は敷地が広い。

 今使われている新校舎とは別に旧校舎が存在し、倉庫代わりに利用されている。当然人通りは少なく、人目につきにくい。突発的なヒートを起こして逃げ込んだΩか、人目を憚りたい事情持ちぐらいしか来ないだろう。

 あんな所に連れ込まれたら、通りすがりの助けが来る可能性はほとんど無い。

「行くのであれば急ぐんだな。まぁ、今頃どこかのαの痕がついているかもしれないが」

 ぶわりと身の毛がよだつ。

 パートナー申請はΩの番である事を申告するためのもの。『β様』の番、つまりΩだと周囲に知れている状態の春真は傷害では収まらない可能性が高い。

 Ωの発情を促す誘発剤も、この学校に出回っている可能性が否定できなくなってしまった。もしもそれが悪用される事になったら。発情した春真の項にαの跡がついてしまったら、もう取り返しがつかなくなる。

 藤桜司が言外に言っているのは、そういうことだ。

「……出ていけ」

 

 行かなければ。

 

「ご挨拶だな、わざわざ来てやったというのに」

 

 こんな話をしている場合ではない。

 

「邪魔だ! 部屋の鍵が掛けられないだろう!」

 ぐずぐずしている訳にはいかない。行かなければ。この男の相手などしている暇はない。

「貴様……いつか覚えていろよ」

 そう言いつつも藤桜司はさっさと立ち上がって部屋を出ていく。その後を追って廊下に出て、鍵をかけた次の瞬間には駆け出していた。

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