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02.意図せぬ接近

 春真に少し違和感を覚え始めたのは、期末考査を終えた頃だったか。

 放課後に教室を訪ねても春真が居ない。もちろん何かの当番だったり、教師に頼みごとをされたり、手洗いに行っていて不在である事は今までもあった。

 けれど明らかに頻度が上がっているのだ。

 冬休みの近付いた今では居ない事の方が肌感覚として多い。とはいえこっそりと見張りもつけていることだし、いつもなら教室で戻って来るのを待っていたけれど。

「……春真が先に戻ったら、電話するように言ってくれ」

「えっ? あ、オレ? ほーい」

 その日に限って妙な胸騒ぎに襲われ、近くで会話に花を咲かせていた生徒に後を託して教室を出る。

 教室近くの手洗いや近隣の教室に顔を出してもその影は見当たらない。もしかして身動きの取れないΩでも見つけたのだろうか。それとも……何か、あったのか。

 ざわざわとする気持ちに急かされて早くなる足取りを何とか抑えながら、あてもなく廊下を歩き回る。効率が悪い。そう分かっていても頭はまともな対応を組み立てることが出来なかった。

 

 ふと、身を隠すように立っている春真の友人――確か皆川(みなかわ)という名前の小柄な生徒を見つけた。普通の人間が壁にめり込む勢いで密着して立っている事は稀だ。その視線の向こうに春真が居るのだと少し安堵しながら近付いていくと、それに気付いた向こうの顔が何故か焦りを滲ませた。

 妙な反応に首を傾げながら歩みを進める。聞こえてきたのはやはり春真の声。見えてきたその後ろ姿が向かい合っていたのは――


 仁科儀(にしなぎ)秋都(しゅうと)

 

 仁科儀家の誇るα。

 そして次男でありながら後継者候補に昇格し、長男である仁科儀(にしなぎ)冬弥(とうや)の対抗軸となった男。 

「な、ぜ……」

 目の前の光景にぐらりと足元が歪む。

 夏休みに不可抗力で一度遭遇させてしまったが、それ以上は春真と秋都の間に接点など無かったはずなのに。いや、作らせないように、近付けないようにしてきたはずなのに。

 二人で隠れるように会う仲になっていたなんて思わなかった。あのたった一度でそんな仲になるとは思わなかった。

 それはαとΩだからなのか。所詮βの己では敵わないのか。

 

 ……違う。そんなに簡単に諦められる訳がない。手放してたまるものか。

 

「春真!!」

 殊の外大きくなった声に己でも驚きながら、密会していた二人の前まで震える足を何とか動かした。驚く春真の前に立ち塞がって後ろに追いやりながら、ぎっと仁科儀秋都を睨み付ける。

「俺の番に何をしている! 無闇に近付くな!」

「ちょっ、先輩! 急に何だよ!?」

 困惑したような声が背の向こうから聞こえてくる。どうやら後ろめたいと思うような事はしていない様子だが、己が過剰反応しているような物言いが少し気に障る。

 こんな展開は予想通りだったのか、仁科儀秋都は無言でこちらを見つめている。さぞ滑稽だろう。βが必死にΩを我が物だと主張して威嚇しているのだから。

「失せろ! 二度と春真に近付くな!!」

「なっ、何でそんな事言うんだよ! 秋都はアンタを心配してるだけなのに!」

 止めに入ってきた春真の言葉に、頭を金槌で殴り付けられる様な衝撃が走った。

 

「……しゅう、と?」

 

 何故。

 

 どうして。


 春真が呼んだのは、下の名前。

 名字ではなく、個人の名前。

 仁科儀冬弥は先輩やアンタとしか呼んで貰えないのに、仁科儀秋都は個人の名を呼ばれている。

 これでは……どっちが番か分からない。

「秋都はアンタを心配してんだ、そんな風に言うなよ」

 これでは、まるで。

「そんなこと頼んでいない、頼むはずもない、余計なお世話だ! 何故そんなに肩を持つ!!」

 まるでこちらが割って入った部外者みたいじゃないか。

 倒れそうになる体を何とか奮い立たせながら春真を見つめる。けれどその顔には変わらず怒りの表情が浮かんでいた。

 仁科儀秋都を攻撃する仁科儀冬弥に対しての、何をするんだと言わんばかりの……怒り。

「秋都はアンタの味方だから。そうじゃないのに近付いたりしない」

 ……嘘だ。

 春真は騙されている。わざわざ対抗軸の味方になるはずがない。そんな事をしても何のメリットもない。分かってやっているのだ。

 

 春真を奪われた俺は、恐らく立っていられなくなる。それを向こうは理解している。だからこうして泣き所の春真を呼び出しているのに。

「心配してんのに、オレが秋都みたいなこと言われたら凹む」

 パートナーは、仁科儀秋都の擁護をする。

「……春真にそんな事は言わない」

「秋都の立場だったらって話」

 いつの間にか、完全に絆されてしまっている。

 今までのお気楽な思考を後悔せずにはいられない。迂闊だった。他ならぬ春真の事を他人に任せるべきではなかった。

 皆川や他の協力者――主に春真の友人も同じ様に取り込まれていたのだろう。近付いてくる己を見て慌てる分、まだ春真よりは深度が浅いのだろうけれど。

「……言っとくけど、秋都とは何もないから。変に当たんなよ」

 じとりとこちらを睨んで、春真の方がこの場を立ち去ってしまった。


 

 遠ざかる背を追うことすら出来ず、呆然と去っていく背中を見つめる。

 どうしてこうなったんだろう。

 一度離れようとした己を追いかけてきてくれたのに。一人でどうにもならず座り込んでいた所に手を差しのべてくれたのに。その手は己ではなく、違う人間に差し出されようとしている。

 βでなければ。αであれば。

 無理矢理にでも繋ぎ止める術があったのに。

「……冬弥」

「黙れ……」

「冬弥、俺は」

「うるさい! 黙れッッ!」

 いつまでも残っていた愚図なαが話しかけてくる。傷ついたふりをして罪悪感を抱くように仕向けてくる。

 

 いつもそうだ。

 傷付いたのは仁科儀冬弥なのに、被害者のような顔をした仁科儀秋都が何もかも奪っていく。皆当然のようにαの味方をする。食い下がるβは何においても異物扱いを受ける。

「企みが上手く行って満足したか。さぞ今の俺は滑稽だろうな」

「そんな事は」

 パートナー申請という制度まで使ってΩの春真と恋人関係にあると学校側へ申し出をしているというのに。それが軽くかき混ぜられただけで壊れそうになっている。

 そしてそれだけで崩れ落ちそうになっている己は、どんな惨めな姿をしているのだろう。

「俺に関わってくるな。迷惑だ」

 仁科儀秋都さえ出てこなければ、春真に関わってこなければ、こんな事にはならなかった。

 α様ならα様らしく雲の上の群れで楽しくやっていれば良いものを、わざわざこんな下界まで降りてきて。

「にい、さ」

「お前の声など聞きたくない……顔も見たくない」

 己の声を最後に降りた沈黙。

 恐らく同情を誘う顔をしているのであろう事は簡単に想像がつく。かつての自分もそれにずっと騙されてきた。 

 もう罠にかかってなるものか。

 顔を逸らしてしばらく黙り込んでいると、ゆっくりと足音が遠ざかっていった。

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