折り鶴のうた
この作品はフィクションであり、似たような事件があったとしても、当作品とは無関係であることを、ここに宣言します。
「ねえ、あんたの学校って、どんなところ?」
「クソっつまんねーところだよ」
「なにそれ」
「学校に行きてえってやつの、気が知れねえな」
「友だちは、いないの?」
「まあ、居るには居るな」
「なら、いいところじゃん」
「ムカつくやつも居るけどな」
「あんたの学校、行ってみたかったなあ」
「連れていってやるよ」
「ホント?」
「ああ、だからもう黙ってろ」
「うれしいなあ。あ、でも、私お金もってないよ」
「俺がなんとかしてやるから、もう黙れ」
「住むところもないよ」
「学校には寮があるから、住むところは心配ない」
「へえ、やっぱ、学校って、いいところじゃん」
「クソっつまんねーよ」
「知ってる?学校ってさ、恋ができるんだよね」
「ガキの癖に、色気付いてんじゃねえよ」
「本に書いてあったよ」
「へえ、お前、本が読めるのか?」
「先生に教えてもらったんだ」
「そうか」
「転校生と恋をするんだよね」
「知らねーよ」
「ねえ、あんた恋人はいるの?」
「いねーよ。いいから、もう黙れよ」
「なんで、恋人いないの?」
「いないもんは、いないんだよ」
「じゃあ、私があんたの恋人になってあげるよ」
「子供が、生意気いうな」
「だって、恋ってしてみたかったんだもん」
「学校に行って、恋でも何でも好きにすればいいだろう」
「私、行けるかな?」
「行けるよ。そこで好きなだけ、友達でも恋人でもなんでも、いくらでも作ればいいだろう」
「行けるといいな」
「行けるよ」
「知ってる?学校ではね、恋のライバルもいるんだよ?」
「だから、知らねーって言ってるだろう」
「それでね、転校生の女の子と男の子はね、本当は両想いなんだけど、ふたりは照れてるから恋人になれないんだよ」
「だから、知らねーって言ってるだろう?いいから、もう喋るな」
「恋のライバルもさ、最後は女の子と仲良しになるんだよね。みんな、仲良しになるんだよ。いいな、私もしてみたいなあ」
「すればいいだろう、好きなだけ」
「学校、行ってみたかったなあ」
「学校に行って、そこで恋人でもなんでも作って、好きにすればいいだろう」
「じゃあ、何であんたは恋人を持たないの?」
「知るか!」
「学校って、どんなところなんだろう?」
「だから、クソっつまんねーとこだよ」
「ねえ、あんたの学校のことを、もっとよく教えてよ」
「いいから、もう黙れよ」
「もうさ、時間も無いんだしさ」
「時間ならある、いくらでもある、飽きるぐらい俺が作ってやる」
「あんた、いい奴だね」
「だから、もう喋るな」
「ねえ、死んだらどこに行くのかな?」
「知らねーよ、俺は死んだことねーんだから」
「先生が言ってたんだ、死んだら、天国に行くんだって」
「ああ、そうかい」
「でもね、天国に行く人って、いい人なんだよね」
「ああ、そうかい」
「私、天国に行けないかもね」
「その先生って奴、クソだな」
「先生のことを、悪く言わないでよ」
「いい奴とか悪い奴って、誰が決めんだよ」
「神さまでしょう?」
「会ったことねーよ」
「じゃあ、もし神さまに会えたらさ、私、あんたのことを言っておくよ」
「なんだ、地獄に落としてくださいってか?」
「違うって、この人はいい人だからって、ちゃんと伝えないと」
「あ?俺は悪い奴なんだよ」
「なんで?」
「素行が悪く、つまり乱暴者だって、ことなんだよ」
「でも、やさしいよね」
「やさしくない」
「やさしいよ。だって、今もこうして、私のそばにいてくれるし」
「お前の側に、好きで居る訳じゃない。お前を医者に渡したら、俺はさっさと国に帰るんだよ。後は、知らん」
「ほら、やっぱりやさしい」
「うるせえよ、もう黙れよ」
「ねえ、学校って、どんなところ?」
「だから、クソっつまんねーところだよ。何回も言わせんな」
「学校行ったらさ、友達、いっぱい作れるかな?」
「作れるんじゃねーの」
「学校、行きたかったなあ」
「だから、もう黙れよ」
「学校行けたら、私、いっぱい恋をするんだ」
「ああ、そうかい。だから、もう喋るなよ」
「そこであんたと、また出会うんだ」
「だから、うるせえよ。もう、黙れよ、頼むから、喋るな」
「争いの無いところでさ、君と出会うんだよ。素敵だよね」
「分かったから、もういいから」
「転校生を紹介しますって、ね」
「お前は小学生だろう」
「それでね、そこでうんめーの出会いをするんだ」
「だから、もう黙れよ」
「はじめはさ、あんた誰って感じなんだよね」
「ああ、そうかい」
「それでさ、しばらくすると自分の気持ちに気が付くんだ。大切な気持ちを」
「ああ、分かったから」
「それでさ、私を不良から助けるんだ」
「俺が、その不良だな。ぴったりな悪役だな」
「そうしたらね、女の子は男の子にお礼をするんだ」
「ああ、そうかい」
「だからね、私のたからものを、あんたにあげるよ」
「いらねーよ。もういいから、黙れよ」
「学校に行ってみたかったなあ」
「もう、喋るな」
「ありがとね、そばに居てくれて」
「うるせーよ、お前は学校に行くんだろう?そこで、素敵な奴と出会うんだろう?」
「出会えるといいな。出会いたいなあ。こんな場所じゃなくて、あの本のように」
「不良から、助けてもらうんだろう?」
「キラキラしてるんだよ。とっても、キラキラしてるんだよ」
「ああ、そうだな」
「ねえ、もう夜になったのかな?」
「え?まだ明るいけど?」
「そうなんだ。何だか、暗いなあ」
「もう少しだ。あと少しなんだ。頑張れ」
「うん、いっぱい、いっぱいがんばったんだ」
「おい、もう少しなんだ」
「かみさま、さいごにこのひとにあえて、うれしかったです」
「だから、そういうのやめろ!誰か!誰かいないのか!」
「かみさま、このひとをたすけてください」
「俺はいいんだよ、いまはお前だ」
「なかないでね、もうなかなくていいんだよ」
「泣いてねーよ。おい!誰かいないのか!」
「もう、いいんだよ」
「よくねーよ、勝手なことを言うな」
「ごめんね、ありがとう」
「誰か!医者はどこだ!ここに居るって、聞いてきたんだ!」
「わたしのだいじな、とってもだいじな、たからものをあげるね」
「そんなのいいから、もう少しだから頑張れ」
「うん、がんばるよ。だからね、なかないでね」
「おい、頑張れ、俺と一緒に学校に行くんだろう?」
「がっこうに、いってみたかったなあ」
「俺が必ず、お前を連れて行ってやる。だから、頑張れ!」
「ねむくなっちゃった。もう、ねていい?」
「ダメだ、あと少しなんだ。おい!誰か教えてくれ。医者だどこだ!どこに居るんだ!」
「ありがとね」
「うるせーよ、さっきのように喋れよ」
「・・・・・・」
「あんた、医者だろう?良かった。とにかく、この子をすぐに見てくれ。重症なんだ。助けてくれ」
「すごい怪我のようだな。治療をしよう」
「俺はいい」
「出血がひどいようだな。よく、ここまで来れたな」
「俺は血の気が多いんだよ。だから、むしろすっきりしているぐらいだ」
「強がりはよせ。ここは、戦場だ」
「だから、俺は大丈夫だから、この子を先に見てくれ」
「おい、スキンステープラーを」
「だから、この子を見ろって言ってるだろう!」
「落ち着け。私は医者だ。医者は生きている人間を治療するが、死んだ人間は治療しない」
「え?」
「君は、死体を背負ってここまで来たんだ」
「そんな訳は」
「ちょっと、痛いぞ」
「う!」
「ここでは、満足な治療は出来ない。輸血も無い。だから、我慢しろ」
「本当に、この子は生きていないのか?」
「見れば分かるだろう?」
「うそだ!」
「君は、この国の人間じゃないな?どこの国の人間だ?」
「日本だ」
「日本人には、見えないな」
「母が、ここの出身だ」
「ああ、だからこの国の言葉が使えるのか」
「いいから、俺よりもこの子を。まだ助かる」
「だから、すでに死んでいる」
「だって、さっきまで話していたんだ。まだ、間に合う」
「君は、死体と話しをしていたのかね?」
「そんな訳は。だって、学校に行きたいって」
「そうか、学校か」
「学校が、どうかしたのか?」
「ゲリラが狙ったのが、その学校って奴だ」
「え?」
「先進国の支援で出来た学校は、原理主義者共の格好の標的なんだ」
「そんな」
「この子は、その犠牲者って訳だ」
「だって、さっきまで話していたのに」
「奇跡って奴だろう。ほら、治療は終わった、もう行きなさい」
「この子は?」
「埋葬するしかないだろう。死体置き場に、運んでくれると助かる。ここは、人手不足だからな」
「でも」
「ここでは、死体は珍しくないし、すぐに腐敗する。だから、すぐに埋葬しないと疫病が蔓延する。だから、早く運びなさい」
「この子は、この子は」
「そんなのに、構っている時間はない。見ろ」
「え?」
「生きている人間よりも、死んだ人間の方が多いぐらいだ。分かったか?」
「そんな」
「我々は、助けられる患者から助ける。助けることが難しい患者は、最初から見捨てる」
「でも」
「仕方がない、ここには医療用の機材も資材も不足しているし、医薬品も枯渇している。君を治療したことで、他のひとりを犠牲にした。君は、それを忘れるな」
「お、俺は」
「もういいから、いきなさい。その死体を持って」
「・・・・」
「ここですか?」
「ああ」
「埋めるんですか?」
「まとめて焼くから、その辺に置いてけ」
「だって」
「いちいち埋葬していたら、日が暮れるが、その子は?」
「この子を、知ってるんですか?」
「ああ、とても頭のいい子でな。よく、本を読ませてやった」
「もしかして、あなたが先生ですか?」
「そう呼んでいたな」
「この子は、学校に行きたかったって、そう言っていました」
「そうか」
「医者はもう、死んでいたって、そう言っていました」
「そうか」
「何で、なんでなんだ。さっきまで、元気に話していたのに」
「そうか」
「学校に行って、友達を作って、恋をするって、たくさん話していました」
「そうか」
「それなのに、死んでいたなんて」
「そうか」
「俺は、死体と話していたのか?俺は、おかしくなったのか?」
「君の為だろう」
「え?」
「君を医者のところに連れて行くために、ここまで頑張ったんだろう。この子らしい」
「どうして?」
「さあな、私にも分からん」
「だって、俺はこの子を助ける為に、ここまで走ってきたのに」
「だからだろう。自分のために命を懸けてくれてるんだから、この子も君の為に頑張ったんだろう」
「そんな」
「この子が途中で死んでいたら、君はここまで来れなかったんだろう?」
「俺のため?」
「そうだろうな」
「何で?」
「知らんよ。私が分かるはずもない」
「あんたは?」
「教師だ。いや、教師だった」
「ゲリラに襲われたっていう、学校のか?」
「よく、知っているな」
「さっき、医者から聞いた」
「酷いことをするモノだ。子供たちを、資本主義に汚染されたと言って、次々に射殺したんだ」
「どうして?」
「さあな。私に分かるはずもないだろう。国連に警固を頼んだんだけどな、政府施設の方が優先されたようだ」
「どうして?」
「私が知る訳が、無いだろう?」
「この子は、本をいっぱい読んだって、俺に話していました」
「この子はたまたま、学校に来ていた。運が悪い」
「運がって、どういうことだ」
「この子は、戦災孤児でな。養父母が、学校に行かせてくれなかったんだ」
「どうして?」
「兄弟の面倒や、畑仕事があるからな。その合間に、この子は親の目を盗んで、学校に来ていた」
「どうして、そんなに」
「この子は、本当に勉強が好きだったようだな。頭が良くて、飲み込みも早かった。でも、滅多に学校に来れなかった。それなのに、たまたま学校に来たら、こんなことに巻き込まれた」
「なんで?」
「本当に運が無かった。いつものように家の仕事とかしていたら、この子はこんなことに巻き込まれなかった」
「そんな」
「この国ではな、珍しくない話しだ」
「俺の国の学校に連れて行くって、この子と約束したんです」
「約束が守られることなんて、この国では滅多に無い」
「俺は、どうしたら?」
「国に帰りなさい」
「でも」
「帰れる場所があるなら、帰るべきだろう。ここには、どこにも行くことが出来ない人が、居る場所だ」
「あんたは?」
「ここで、死体を焼く。それだけだ」
「俺は」
「悪夢を見た。それでもう、忘れなさい」
「夢にするんですか?」
「それ以外に、君に何が出来る?」
「分からない」
「この子は、幸せだった」
「幸せな訳ないじゃないですか?」
「この国では、幸せな方だ」
「どうして?」
「わずかとは言え、学校に行った。たくさんの本を読んだ。将来の夢も見た。最期に、君みたいな人に看取られた。幸せだと思うが?」
「そんな訳は」
「それが分からない君は、日本に帰り給え」
「どうして、俺が日本人だと?」
「言葉のアクセントがね。他のアジア人とも違うから、すぐに分かったよ」
「俺は、ここに残ります」
「残って、どうする?」
「分かりません」
「だったら、日本に帰りなさい」
「でも」
「ここに居ても、君は何も出来ない。むしろ、けが人は邪魔だ」
「だって」
「日本人なら、日本人にしか出来ないことをしなさい」
「何をすれば?」
「自分で考えるんだな。みんな、そうしている」
「あなたもですか?」
「私は、するべきことをしてきた、つもりだった」
「だった?」
「子供たちが殺され、学校が燃やされるまではね」
「これから、どうするんですか?」
「言ったろ。ここで、死体を焼き続けるって」
「子供たちのですか?」
「さあな」
「そうですか。分かりました」
「ああ、これを持っていきなさい」
「これは?」
「この子の手に、握られていたモノだ。きっと、大事なモノなんだろう」
「紙?」
「ずっと、握っていたようだからな。くしゃくしゃだが、折り鶴って言うんだよ。日本人なら、知っているだろう?」
「もしかして、これが大事な宝物か?」
「そうだろうな。この子は、日本に行きたがっていたな」
「日本に」
「ああ、そうだ。だから誰よりも、折り鶴を作るのがうまかった」
「なんで?」
「こんな紙切れ一枚で、こんなに素敵なモノを作れるからな」
「だから、日本なんですか?」
「知らんよ」
「そうですか」
「この子が行きたがっていた、日本に帰りなさい。君は、ここに居るべきじゃない」
「分かりました。日本に帰ります」
「ああ、すぐ先に国連軍が来ている。日本人だと言って、拾ってもらいなさい」
「はい」
「いいかい、ここでのことは忘れるんだ。そして、二度とこの国に来るな」
「忘れませんよ、忘れたくありません」
「そうか」
日本の高校に戻った俺は、必死に勉強した。
生きている俺に出来ることが、何なのか分からない。
勉強する以外に、出来ることが見つからないからだ。
俺は気が付くと、折り鶴を作っている。
そしていつか、あの国に行く。
このたくさんの、折り鶴を持って。
そして、俺は学校の先生になる。
今度こそ、あの子の願いを叶えてあげるために。
転校生と恋が出来る、そんな学校を作る。
それが、俺の生きた証だから。
あの子の、生きた証になるから。
夢を見ました。
その夢をメモし、作品に反映させようとしましたが、ちょっと支離滅裂だったので、編集しなおしました。
実際に見た夢は、私が見ず知らずの土地で、見たこともない少女を背負い、医者を探すようなそんな内容でした。
日本て、どんなところという、少女がそんな問いかけをする情景でした。
何でそんな夢を見たのか、正直分かりません。
そんなドラマを見た訳でも、映画とか本とかを読んで影響を受けた訳でもないのに、唐突に、しかも割とはっきりとした夢を見ました。
ただ、ああ、夢だったかで終わっていいのか分からないので、作品にしてみました。
残酷な終わり方をしましたが、私自身がこのような終わり方が一番嫌いで、ハッピーエンドに出来なかったことを悔いています。
皆様には、どのような感想を抱いたでしょうか?
ご不快になられた方がいらっしゃいましたら、謹んで謝罪します。
しかし、現実の世界では、このような情景は珍しくなく、国連軍ですらゲリラの標的になってしまっています。
それでも、NGOや国連は、懸命に己が義務を果たそうとしています。
そんな人々に対して、最大限の敬意を表したいと思います。