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厩で目が覚めた俺は、あまりの寒さに身震いする。布団の中に潜り込ませた温石はすっかり冷めてしまっていた。
アッシュは俺の足元で丸まっており、スピースピーと寝息を立てている。
犬ってこんなに寒くても眠れるもんなんだなと感心する。(狼だけど)
「さてと起きるか」
俺は、眠気覚ましに顔でも洗おうかと、水場に向かった。
すると水場にはすでに先客がいた。シーナさんだ。
声をかけようとして、彼女の呼吸が荒く具合が悪そうな様子に気が付いた。
「シーナさん大丈夫ですか!?」
駆け寄る俺を彼女は手で制し、トラキア語で「大丈夫」と言った。
そして彼女は何かの液体が入った小瓶を取り出すと、注射器でそれを腕に打ちはじめた。
すると不思議と症状は治まったようだった。俺も一応医者の真似事の経験はあるので「持病ですか?」と聞くと、「気にしないで」と返ってきた。
助けになりたいのはやまやまだけど、これ以上詮索するのはやめた方が良さそうだ。
……
それから何事もなく数日が経った。
【常闇の日】の4日前になったところで、俺たちはバルザックさんの山小屋を出立することになった。
信徒たちに混ざり、少し早めに聖都に入っておこうという算段だ。
荷物は最小限に、厚着をして外からはあえて泥で汚した巡礼者用のローブを羽織り、ゼラリオン教の首飾りを身につけた。
足が雪に埋まらないよう、かんじきも用意した。
これでどこからどう見ても、聖都巡礼にきたゼラリオン教信徒の旅団にしか見えないだろう。
またバルザックさんは、保護色で風景と同化して待ち伏せし冒険者を捕食するカメレオン型モンスター「メレメレ」の皮膚を乾燥させた隠遁粉の入った小瓶を人数分用意してくれていた。
これを全身に振りかければ一時的に景色と同系色に変化し、敵の目を欺けるのだとか。
万が一の時に逃げるのに使えるだろう。
また警備兵に何か問われた時のために、海岸近くの山小屋に住む好々爺とその孫娘が近くを通りかかった巡礼者の一団の案内をしているという設定付けをした。
身の回りの世話のためここまで一緒についてきてくれた秘書のメアリーさんと料理人のトクジュウさんは、流石に危険すぎるので山小屋で待機してもらうことにした。
一方で、ここまでの旅で戦闘がある程度できることがわかったジョニー一味と船乗り衆は、戦力に加えることにした。
それから俺たちは、常闇の星々が綺麗な昼とも夜ともつかない雪原の中、無言の歩みを進めたのだった。




