k-145
「ハー」
俺はアッシュをマントの中に抱き、深く白い息を吐く。
ユリナさんが乗った馬車の車輪跡は、降りしきる雪で既に消えている。町灯りだけが道しるべだ。
ガタゴトと音を立て、雪道を馬車が進む。
道中ゴブリンが見えたが、こちらを追ってこなかったのでそのままスルーした。
21:00
しばらくすると町の門が見えてきた。
門衛に手を上げてから町の中に入った。
俺は、マルゴの店の厩に馬車をとめる。夜も遅い。
眠っているかもしれないので、あえて声をかけることもないだろう。
俺はアッシュを地面におろし雑踏を歩く。
アッシュがトコトコ俺の後ろをついてきて、雪道に可愛いスタンプをつける。
ユリナさんが働く店が見えた。
なんだか勢いのまま来てしまったが、今になって恥ずかしくなってきた。
しかし、ここまで来たのだ。ままよ。俺は店のドアを開けた。
後から思う。
俺の人生の中で一度だけ『賽は投げられた』という瞬間があるとすれば、まさしく今この瞬間がそれなのだろう。
テンパっていた俺は、その事実について露ほども頭を巡らすことはなかった。
◇◇◇
カランカランと鳴るドアの音を聞きつけ、お姉さんに「イラッシャイマセ」とランカスタ語で声をかけられる。
店の中に入ると、野獣どもが俺の大切なユリナさんの身体を、いやらしい目つきで見ていた。
俺は彼女に声をかけ、さりげなく野獣どもと銀色のトレイを持つユリナさんの間に割って入る。
やはり、こんなことだろうと思った。
ユリナさんは驚いていたものの、俺の仕草で気持ちを察してくれたのだろう。
嬉しそうに俺の腕に飛びついてきた。
俺の足元で上を見上げて首をかしげるアッシュの可愛い仕草を見て、お姉さんたちが色めき立つ。
何度かこの店に来ているうちに、アッシュは店のマスコットキャラクターのような存在になっていた。
アッシュはバケツリレーのように、全員に抱っこされていた。
しっぽが千切れるのではないかと思うくらいブンブンしているので、アッシュも嬉しいようだ。
俺は、いつもの定位置に座る。ユリナさんは俺にくっついたまま。野獣どもが、怒りの視線を俺に向ける。
俺は、アイスの魔法でロック用の丸い氷を作り2つのグラスに入れる。
ユリナさんが、この店にしか置いていない蒸留酒をグラスに少量そそぎロックにしてグラスを合わせる。
『個体名:奥田圭吾はアイスLv2を取得しました』
お店のママが、俺に挨拶に来た。見た目は空に城が浮かぶアニメ映画に出てくる、イカツイ女海賊という感じだ。
俺は丁寧に挨拶を返す。この人には逆らってはいけない。
俺の本能。
危険センサーが、敏感に反応した。
しばらくユリナさんと静かな時間を過ごしていると、店のドアが乱暴に開けられ、ゴロツキ風の男が5人、店の中にドカドカと入ってきたのだった。