k-128
翌日。
日中はマルゴが職人連中を連れてきて、居間兼寝所に、煮炊き可能な煙突つきの暖炉を作ってくれた。
あとは、余った木材で小さなテーブルも作ってもらった。
ためしに暖炉に薪を入れ、ファイアダガーで火をつけてみた。薪の暖炉は中々温かみがあって、風情があるなと思った。
俺は嬉しくなって、彼らが帰った後、薪割りに精を出した。
今度こそ、ユリナさんのことは忘れ、作業に没頭することができた。
割った薪は鍛冶小屋に一時保管し、雨で濡れないようにした。
夜はユリナさんの店に顔を出した。
俺はあることに気がついた。この人と話しているとき、俺は安心している。多分俺にとって、最も重要な気がつきだったに違いない。
ほぼ初対面の女に「安心する」など、俺に限ってはありえないことだ。
恋に落ちるとは、お互いに心を許すことと同義なのかもしれない。
そこには人として信頼関係が必要であるという、ただただ当たり前のことを言っているにすぎない。
俺はプレゼントの本を、彼女に手渡す。「ユリナさんへ。ケイゴより」という一文を見て、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
こんな偶然もあるものかと思った。
なんと二人のプレゼントは同じ「本」だった。
しかも、ユリナさんは上下ダークブルーの服のおまけつき。彼女曰く、この色の服を着ている男の人が好きなのだそうだ。
さっそく着替えてみたところ、彼女はとても嬉しそうな様子だった。
そしてユリナさんがプレゼントしてくれた本は氷の初級魔法が使えるようになる魔導書だそうだ。ユリナさんも氷の初球魔法は既に覚えているそうで、この魔導書は店に借金のある魔道具屋の主人から代物弁済で支払ってもらったものらしい。それがユリナさんの手に渡ったものの、不要なものなのであげると言われた。
貴重なものなんじゃないのか?
彼女は彼女で俺の本を読んでみたようで、内容に驚いていた。植物や鉱石、モンスターの詳細など鑑定で得た情報を付け加えて書いた本はなのだが、いらないという反応をされなくて俺は内心安堵していた。
流石に魔導書(+服)と図鑑じゃ釣り合いがとれないなとお金を払おうとしたが、拒まれた。俺の書いた本にはそれなりに価値があるらしい。じゃあ、お店に通うとジェスチャーで伝えると彼女は喜んでくれた。
俺は、ユリナさんが手渡してくれた本を鑑定してみた。
すると、それは確かに氷系統の初球魔法を習得できる魔導書であること、本を開き呪文を唱えると魔法を習得できることがわかった。ただ、鑑定結果の呪文を正しく発生できるかが大問題だが。
それを伝えると、彼女は教えてあげると微笑んだ。いい子や……。俺はあふれそうな気持ちを無理やり隠して遠くを見て誤魔化した。
それから俺たちはさっそく氷の初球魔法を覚えることにした。
魔道書を開き、手のひらを本に当てて、ユリナさんの真似をして、二人だけにわかる「魔法の言葉」を唱えてみた。
すると、空中にキラキラと雪の結晶ができ、それはやがて透明な小さな若干不恰好な氷の塊となって、ユリナさんが下に添えたグラスの中にカランと音を立てて収まった。
『個体名:奥田圭吾は魔法、アイスLv1を取得しました』
どうやら特別な発音をする魔法の言葉は「アイス」という意味のようだった。魔法が発動をしたのを見た俺たちは、ハイタッチをして喜びを分かち合った。
俺はせっかく覚えた魔法で、練習がてら蒸留酒ロックを作ってみることにした。
氷は魔力を込める時間で大きさや硬さを調整でき、ロックに丁度良い丸い形の綺麗な氷をイメージして作ってみたら、バーテンダーがアイスピックで削ったような美しい丸い氷ができた。
それをグラス二つに入れ、蒸留酒を注ぐ。氷に拘ったおかげか、照明のおかげか、とても魅力的なロックに出来上がった。そうだな、グラスもそうだけど、マドラーやアイスペール、カクテル用の道具などせっかく鍛治スキルがあるのだから拘って作ってみてもいいかもしれない。どうせ冬の間は家に篭りがちになるだろうし、実益を兼ねて今度チャレンジしてみよう。
それにしても、彼女の好きなものも本だったか……。このお店のママが意外なことに読書が趣味らしく、それに影響されたのか彼女も読書を嗜むらしい。
その事実が、俺は嬉しかった。
魔法で作ったキラキラと光る綺麗な形の氷の結晶が浮かぶ琥珀色の液体を、二人で仲良く飲む。
俺たちの優しく楽しい時間は、ゆっくりと流れていった。