k-125
翌朝目が覚めて、昨日はつくづくどうかしていたと思い直す。きっと異世界のそういうお店という超がつくような非日常を味わったせいで、頭がハイになっていたんだと思う。
女とは不思議な生き物で、「体が目的だ」と言うと怒り、「体に興味はない」と言うとそれはそれで怒る。
サラサとエルザの前で「おっぱい」なる単語を連呼し、哲学を語るなど火に油。論外であるし、きっと軽蔑されて終わりだ。俺は昨日の修羅場を思い出し、再び背筋が寒くなるのを感じた。
きっと要は言い方やニュアンスの問題なのだろうと思う。
「君の体が好きだ、愛している」、「君の性格が特別に好きだ」と言えば、全く同じことを言っているのに、立派な口説き文句となり得るし、きっと怒らない。
『異国の女を口説くのが、語学習得の早道』と言われる理由はこの辺りにあると思う。
微妙な言葉のニュアンスの違いが、結果を大きく左右するのだ。言葉って本当に奥が深くて難しい。伝えたいことはシンプルな心のありようだけのはずなのに、言葉使い一つ違えばナイフのようになって相手に突き刺さってしまう。
だからいっそのこと異世界語なんて覚えるべきじゃない、なんて思ったんだ。そんな意固地な考えも、ユリナさんと話しがしてみたいという欲求が生まれたので、今後は変わっていくかもしれないけどな。
そんなことを考えていると、エサをよこせの三重奏が聞こえてきた。
俺は、冷たい水でパシャパシャと顔を洗った後、彼らの世話をした。ずいぶんと朝が寒くなってきたように感じる。
そういえば、この世界の四季はどうなっているのだろうか。
冬が来る可能性があるので、念のため、暖をとるための薪の備蓄を増やさないと。
あとは寝所兼居間に暖炉を備え付けることが必要だ。マルゴに相談してみよう。
……
俺は朝食を適当に済ませた後、午前いっぱいを使って薪割りに精を出した。
パカーンという音が気持ち良い。無心になれるこの作業が好きだ。
しかし、無心になれるはずの薪割り作業のはずが、ユリナさんの甘い匂いや心地の良い声色が頭の中で生々しく再現され、全く集中できなかった。いかんいかん。
でも、この気持ちもきっと一過性のものなのだろうな。
恋が長続きしたことがない俺は、冷静にそう分析する。
サラリーマン時代、女がいる飲み屋さんに一人で通っていたことがあるのも、女を口説くためというよりは話していて楽なお店を選択していただけだったような気がする。
お互い割り切っている関係にすぎないのだが、どこかでお互いがお互いを思いやる関係が心地よかった。俺にとって女の存在とはその程度のものでよかったんだと思う。あまり、心の中に入ってこられても困るというか。
そうだな、しばらくあのお店に通ってみよう。昨日話をしていて、全然嫌な感じはしなかった。
こちらの言葉を習得できるというメリットもあるしな、と俺はユリナさんに会う口実をでっちあげる。
自分でもつくづく俺は面倒くさい男だなと思う。
大人になればなるほど、自分の行動に理由が必要になる。子供のままでいられたら、どんなに楽だろう。
そして、お店の開店時間が迫るにつれてそわそわしている自分に、ほんのちょっぴりだけ罪悪感のような感情を覚える。
何に対して悪いと思っているのか謎だが、そんな色々なネガティブな感情がごった煮になったような感情になるということも珍しい。
俺は、完全に凪状態だった心の水面に、小さな波紋のようなものがうっすらと広がっていくのを感じていた。