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俺たち三人は、落ち着いた、それでいてどこか華やかな雰囲気のする店に入ることにした。
お店の看板にはカラフルな蝶と揺籠のマーク、そしてランカスタ語がポップな字体で書かれている。
どうやらこの世界にもデザイナーという職業があるらしいと思わせるほど、良くできた看板だった。
そのランカスタ語を鑑定すると【蝶のゆりかご】と表示された。
さっそく店に入ると、赤いドレスを着た綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。
男性店員はいないようだ。荒事の多い異世界なだけに女の人だけだと危ないんじゃ……と思ったが、店の奥から海賊船の船長みたいなイカついママらしき人が出てきて納得。こりゃ誰も悪さできなさそうだ。
それはさておき、カウンターかな? それともテーブル席に案内されるのかな?
俺が一人で来た場合は、カウンターの端っこに座り、静かに飲みたいところではある。
今日は三人なので、俺たち三人が固まって座り、女性がもてなすというのがセオリーだろう。
しかし、なぜか三人バラバラに案内された。
マルゴとジュノは俺に「頑張れよ」とサムズアップのジェスチャーをしてきた。俺は、首をかしげた。
何を?
最後に案内された俺は、少し奥の方にある端の席に座った。そうそう、こういう端っこの方が俺は好きなんだ。こいう場所なら目立たず、落ち着いて飲んでいられる。
俺についてくれた女性は、銀色の髪が艶やかで泣きぼくろが似合う、どこかおっとりした感じの細身でグラマラスな美人さんだった。
俺は、「コンニチハ。ヨロシク」と、たどたどしいランカスタ語で挨拶し、筆談用の紙の束を取り出した。アイ・キャンノット・スピーク・ランカスタゴ。
「コンニチハ、ユリナデス」
彼女はユリナさんという名前だそうだ。ユリナさんはテーブルにお酒を置き、俺の隣に座った。
そういえば、公認会計士をやっている大学時代の友人が、フィリピンに語学留学をした際、パブの女の子と話すために必死になって英語を覚えたと言っていた。
語学学校よりも、よほど勉強になったとも言っていた。俺もこういう場所に通えば、ランカスタ語が上達するかもしれないな。
ふと、俺はマルゴとジュノはどうしているかなと周りを見渡した。
ジュノは俺と同じように、普通に飲んでいるだけだが、マルゴが……。
あまりハメを外しすぎると、サラサに怒られると思うぞ……。そりゃ、美人がもてなしてくれれば、楽しくなるのは解るけどさ。
俺はマルゴのことは見なかったことにし、隣でお酒をついでくれているユリナさんとの会話に意識を戻す。
上の空で、周りばかり見ていては失礼だしな。
俺は蒸留酒をストレートであおる。喉が焼ける感覚が、非常に良い。
俺は「君のことを教えて?」と拙いランカスタ語とジェスチャーで伝える。
どうしても伝わらなかったり、理解できない言葉は筆談でコミュニケーションをとる。
俺は、ユリナさんと楽しくお酒を飲んで、沢山お話をすることにした。
俺がランカスタ語の離せない異国人と知った彼女は、ランカスタでは有名な吟遊詩人がリュート片手によくネタにする伝承をしてくれた。
……
西の峻険な山脈のどこかに樹齢一万年を超える神樹があり、その根元に『イリューネ草』と呼ばれる、銀色に光り輝く花が自生している。その神樹は恐ろしい魔獣たちに守られている。
その花の蜜が万病に効くという言い伝えがある。
万能薬はイリューネ草の花の蜜、イレーヌ薬草、ムレーヌ解毒草、神樹を守護する神獣の毛が必要だと伝承では語られている。
……
俺はせっかくなので、紙束にユリナさんから聞いた伝承をメモしておいた。後で何かの役に立つかもしれないからな。何か変わったことがあったらとにかく忘れないうちにメモ、というのが俺のスタイルだ。
それにしてもユリナさん、綺麗だな。もっとお話したいな。今度はランカスタ語をもうちょっとはまともに話せるようにならなきゃだ。
語学を学びたいなら、異国の飲み屋で女を口説くのが一番手っ取り早い。どうやら公認会計士の友人が言っていた言葉は本当のようだな。
良い感じに出来上がった俺、マルゴ、ジュノはユリナさんたちにお見送りされ、一緒に【蝶のゆりかご】を出たのだった。