k-84
「止まない雨はない、明けない夜はない」
気持ちのいい朝、本日の天気は快晴なり。雲ひとつない晴れ空だ。
俺は昨日、ジュノと一緒にサラサへのブレスレットのお返しを買うという名目で彼の話をひたすら聞いたことを思い出していた。
彼は本当に辛そうな顔をしていた。今にも泣き出しそうな。
俺は彼の話を黙って聞いた。多分アドバイスが欲しくて彼は俺に話しかけているのではないと感覚的に解った。
……俺にも辛い時何も言わずに話を聞いてくれる、口の固い友達がいた。
ビジネスライクな人間関係、熾烈な競争環境に疲れ果て、北海道の農村に引きこもると言い出したとき、彼は「ああ、そうか。やっぱりな」と笑っていた。そう、彼はただ隣で笑っていてくれただけ。でも俺はそんな彼にどれだけ救われたかわからない。
人にもよると思うけど、アドバイスをもらうくらいで解決する問題なら、そもそも相談しないのではないだろうか。
自分の中では既に答えが決まっていて、それを誰かに聞いてもらい、間違ってないよと肯定してもらいたいだけなのだ。
言葉はときにナイフのように人を傷つける道具となる。友人が悩みを打ち明けてくれたとき、デリカシーのない言葉は相手を傷つけることになりかねない。そして深く傷ついたことのある人には、人の痛みがわかるもの。
俺も言葉で傷ついたことのある人のうちの一人だから、ジュノも同じなのではないかと感じることができたんじゃないかと思う。
なので俺は深く傷つく彼にただただ寄り添うことにした。何となくこれまで様子を見てきたので彼の悩みに察しはついていたけど、それは別に知っていようがいまいが関係ないと思った。
彼はあの頃の俺と同じで、きっとアドバイスなど求めていないのだから。
事実、言葉はわからなくても彼が抱える悲しみや辛さは痛いほど伝わった。それで十分だった。
それでも別れ際、彼は俺に晴れやかな笑顔で、「アリガトウ、マタナ」とランカスタ語で言った。俺が別に何を言わなくても、その表情が彼にとっての答えだったのだろう。俺もただ「マタナ」と言い、また俺の家で飲もうとジェスチャーで伝え別れた。
……それが昨日あった出来事。
「止まない雨はない、明けない夜はない」
そして今、雨上がりのひんやりとした空気が清々しい朝。俺は澄み渡るような蒼穹を見上げ、そんな言葉を呟いている。
そうしていると、鶏やロシナンテ(馬)がエサをくれとわめき出し、アッシュも俺の足元をクルクルと八の字に回ってエサをねだり始めた。
さて、今日も騒がしいながらもマイペースな一日になりそうだ。