表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

世界の死骸に立っている

作者: 丹羽邦記

 西暦はたぶん、2056年。日にちは不明。

 世界の崩壊から、すでに10年が経ったらしい。

 17年前、16歳だった頃に病を患ったぼくは、未来の医療技術に望みを委ね、20年間の眠りについた――はずだった。どうやら、病院の非常電源が尽きたようだ。

 例えるなら、目覚まし時計よりも、ずいぶんと早く起きてしまった時の感覚。

 それなのに。

 とっくに目覚めているはずなのに。

 未だ、長くて永い、とびきりの悪夢を見ているようだ。

 お父さんも、お母さんも。

 妹も、お爺ちゃんも。

 友達も、先生も――みんな、死んだ。

 何しろ眠っていたのだから、10年前になにが起こり、なぜ人々が死んだのか、ぼくには微塵も解らない。けれど、だからって、知ろうとも思わなかった。コンピューターの類が使えなくなっていたせいもあったけど、それ以上に、ぼくにはやることがあった。

 死なないこと。生き残ること。

 もちろん、健常だったはずの世界が死んだ理由も、本来死ぬはずだったぼくが生きている理由も、知りたくてたまらなかったのだけれど。

 本能が、生存を優先した。

 それから半年以上。だからこうして、この幼く小さな少女――ユウという、その名前以外に何も知らない謎の少女と2人、旅をしているのだった。

 廃れた都市を点々としている。

 食料と道具と、いるのかもわからない生き残りを探して。

 遊牧民族のごとく、移動を繰り返している。

 ぼくらに残された、日本の残骸を。世界の亡骸を。

「……お兄ちゃん、水」

「ん? ああ、わかったよ、ユウ」

 小さく袖を引っ張られて、ぼくは我に返る。かつて教会だったらしい建物の窓から覗く碧い海と、そこに沈みゆく朱い太陽に、気がつけば見入っていたらしい。

 ぼくは背負っていたリュックサックを下ろすと、白い肌と青い瞳、それから不揃いなツインテール(ツインテールが不揃いなのは、手先の不器用なぼくのせいだ)が目立つユウに、水の半分入ったペットボトルを手渡した。

「ありがと」

 ユウは自分でフタを開けて口をつけると、両手でペットボトルを持ち上げ喉を鳴らした。

「……さて」

 ぼくは小さく折りたたまれていた地図を開き、現在地と、次の目的地である都市の位置関係を確認する。ぼくがまだ普通の生活を送っていた頃は、いつも携帯していた小型の電子機器に搭載されたナビゲーション機能のおかげで、道に迷うことなんてほとんどなかったのだけれど。

 建物は風化し、草木は生い茂り――地図の作られた当時とは地形もずいぶん変わっているから、こうして頻繁にルートを確認したところで、間違えることは多い。伊能忠敬よろしく、ぼくが現在の日本地図を描いてもいいのだが、描き上がる頃にはきっと、地形はさらに変わっていることだろう。

 それに、ぼくが地図を作ったところで、それで喜ぶのはぼくたちだけだ。

「お兄ちゃん、おなかへった」

 また、ユウがぼくの袖を引っ張る。

 ぼくは起き上がると、ぐっと伸びをした。

「よし、じゃあ夕飯にしようか」

「うん」

「けどその前に、火を起こさなきゃだ。薪集め、手伝ってくれるか?」

 ぼくが手を伸ばすと、ユウは頷き、ぼくの手のひらをぎゅっと握った。

 建物を出てそばにある森へ入ると、薪を集めつつ、食べられそうなものを探す。一通りの散策を終えると、建物に戻って薪に火をつけ、それから夕食の準備に取りかかった。

 その頃にはすっかり、世界は夜になっていた。

 夕食――とは言っても、浅瀬で獲れた貝なんかを水と塩だけで煮たものと、粉っぽくて美味しくない乾パン数個、それから森で見つけた果実をつまむくらいの、とても貧相なものだけれど――ひとまず、栄養の摂取を終えた。

 それから。

「……ねむい」

 そう言って目をこするユウを、すこし早いが寝かすつけることにした。「昼間に水浴びさせるのをすっかり忘れていたな」なんて思いつつ、ユウの小さな乳歯を歯ブラシでこすり、固い床に柔らかいマットを敷いて、寝る支度を済ませた。

「いっしょに寝よ」

 と、再度地図を開いたぼくに、ユウは上目づかいに言った。

 いつものように、何度か何かと理由をこじつけてはみたものの、今夜のユウはどうにもしぶとい。こうしているうちにユウの目が冴えて眠れなくなり、明日の旅に支障をきたしてもまずいと、結局はぼくの方が折れることになった。

 先にぼくがマットへ横になり、次にユウがぼくの胸元に丸くなる。上から一緒に毛布を被ると、いわゆる腕枕をしたままの状態で、1分も経たずに寝息をたて出した。

 ぼくは起こさないよう、そのままの状態で待った。

 そしてやがて、右の手に痺れを感じ始めた頃、ぼくは満を持して口を開く。

「なあトモ、起きてるか?」

 ぼくの声に、隣で眠るユウ――否、トモは、むくりと起き上がった。

「……ああ、起きてるさ」

 立ち上がり、ぐっと伸びをしながら、トモは言う。

 姿形はもちろん、声帯も間違いなくユウのものではあるものの、しかし発声の方法や声音なんかは、明確にユウのそれとは異なる――それが彼、トモがユウと同一人物でありながら、同一人格でないことを示していた。

「それなら、起きた時点でそれを教えてくれよ。ユウならいいけど、野郎のお前相手に腕枕だなんて、本当なら一瞬だってしたくないんだ」

 ぼくのため息交じりの言葉に、トモは心底楽しそうに笑う。

「かっはっは、いいじゃねえの。おれとお前の仲じゃねえか」

「どんな仲なんだよ、ぼくたちは」

「親友」

「ほざけ」

 ぼくが吐き捨てると、トモはまた笑った。

「親友が言い過ぎだとしても、ダチであることにゃ変わりねえだろ?」

「友達ですらないと思ってるよ。この際だから言っておくけど、ぼくにとっての君は、ただの友人の兄でしかない。それ以上でもそれ以下でもなく、ね」

「うん、そうさ。そのとおりさ。けど、ユウはお前にとっての大切な存在であるように、おれにとっての大切な存在でもある。つまり、おれたちはユウを介して、固いキズナで結ばれていると言っても過言じゃねえわけさ」

「過言だよ。出過ぎた言葉さ」

 はあ、とため息をこぼすと、ぼくはペットボトルの水を口に含んだ。

 口内を存分に潤わせてから、再び口を開く。

「それで。今夜はずいぶんと早いお出ましな気がするけど、どういうつもりだい? もしかして、ようやくユウのことについて話す気になったとか?」

「いいや、違う。だから何度も言うけど、おれも憶えてねえんだって……なんでユウが生き残ったかも、なんでおれがユウの中にいるのかも」

 そして。

「なんで世界が滅んだのかも、な」

 そう言って、トモは窓の外へ視線を送った。

 ぼくもその隣に立ち、窓の外の景色を眺めた――けれど地上に見えるのは、森の木々の影と、月明かりに揺れる波の動きだけだ。

 かつて見えたはずの煌びやかな光は、どこを探しても見つからない。

 その代わりに、空には黒いキャンバスを埋め尽くさんばかりの星々が瞬いていた。

「……なあ、お前はなぜ生きるんだ?」

 ぼくはトモにそう訊ねる。

「そりゃ、ユウがそう望むからさ。そしておれ自身もそれを望んでる」

 トモはぼくにそう答えた。

「じゃあ、お前はなんで生きてるんだよ」

 今度はトモがぼくに訊ねる。

 すこし考えてから、ぼくは答えた。

「……死にたくないからだよ」

「嘘だね」

「ああ、嘘だよ」

「じゃあ、本当は?」

「わからないよ……ぼくは今、それを探して旅をしているんだから」

 それがぼくの目的だ。

 トモは「そうかい」と言って、小さく笑った。

「……じゃあ、ぼくは寝るよ。明日も早いし」

「ああ、おれはもうすこし星を見る。そうしたい気分なんだ」

 ぼくは「そうかい。じゃあ、おやすみ」とだけ告げて、マットに横になり、目を瞑った。

 パチパチと、薪のはじける音がする。

 徐々に薄らぐ意識の中、ぼくはすこしだけ目を開けた。

 そこに映った幼い少女の姿をした少年が、いったいどんな想いでそんな表情をしていたのか――それはぼくにもまだ、よくわからなかった。

 閲読ありがとうございます、丹羽邦記です。

 今回投稿したのは、雰囲気に全振りした物語が書きたいと思って執筆した短編小説です。この作品を書いた当時は、プロットも作らずに筆の赴くままに書いていましたが、後に長編用にプロットを再構成したりもしたので、いつか続きが書きたいですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ