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ご。

「……あ、あの! 」


思いきって声を出したつもりだった。しかししばらく声を出していなかったためか、それともカロリー不足のためか、かすれた小さな声しか出てこなかった。

だが、"約束"の女はそんな小さな声も聞き漏らさなかった。


『…!! アイリちゃん? いるのね? 』

「はい、います。前に来た時は返事しなくてすみません。」

『いいのよ。―――ママは? ママは、今日はいるの? 』

「ええっと……。しばらく、帰ってきて、ないです……。」

『ええ! しばらくって……どのくらい? 』

「10日ちょい、ですかね…。」

『え、10日も! どうしよう。うちの課の訪問の範疇じゃないのかも……! ―――ねえ、アイリちゃん。扉あけられるかな?』

独り言が混ざっていたが、前も行政の縦割りで大変だったからなあとぼんやり納得する。いかん、頭に糖分が回っていない。うまく考えられない。扉、扉ね。

「扉はー……封印されてます。がむてーぷっていうので。あ、うえの鍵は椅子持ってきたら空くかな……」

『封印? ガムテープって……剥がせると思うんだけど……アイリちゃんには難しい? ビリって剥がすの………』


ガムテープの魔道具は剥がせるものなのか! 封印系は反動が怖くて触れないようにしてきたが、女が言うのは簡単そうだ。魔力を流せば行けるのだろうか?

私は回らない頭で、出来るだけの魔力を使ってガムテープの魔道具を引っ張った。


ビビビーーーーっ!


呆気なく剥がれるガムテープに、どしんと尻餅をつく。お肉がないから、お尻がずいぶん痛い。魔力も不要だったのか、緑の光がぱっと散った。

ふらふらしながら立ち上がって、自分のお尻を撫でるが痛みは良くならない。


「あ、剥がせましたっ。えっと、鍵は………」

『鍵はふたつとも横になってるのを、縦にしたらいいからね。』

「椅子がないと上の届かなくて―――」


カチリ、カチリ。

リビングから椅子をずりずりと引き摺って玄関におくと、ふたつの鍵を開けて扉を押した。ふらふらの身体には重い扉だったが、すぐにスッと軽くなる。"約束"の女が扉を引いたのだ。

明るい空が見える。この世界に来て、初めての外はとても爽やかな風が吹いていた。草の匂いがした。


「あ……、アイリちゃん………!! 」

「あの、それで――――」

なんだか感動の再会みたいな顔をした中年の女性が、私を抱き寄せて涙を流している。身体のあちこちを確認したり、さすったりしているが、そんなことよりも。


「―――なにか、食べるものありますか……?」


おなかがぐうっと鳴った。








「武内藍里ちゃんですが、5歳児の体重からすると――」

役所の小さな会議室では、要保護児童対策協議会が開かれていた。

武内藍里ちゃんの事例は、母親の妊娠時から注意してみていた。シングルマザーでほとんど健診も受けていない状態の若年妊婦……――職員との受け答えから、気に掛ける必要性を感じていた。

最初は乳児健診も来ていたし、早期に保育園にも入れていたのだが、未満児に発生する保育料の滞納から次第に保育園には来なくなり、そのまま3歳児以上の無償化時期となっても「いかせない」という返事となった。それでも何度も訪問しながら様子を見ていたのだが、ここしばらくは電話も出てもらえず藍里ちゃんにも一年ほど会えていない状況であった。いち役所の職員に出来ることは少なく、頻繁な訪問と対策協議会の報告くらいしか出来ることはなかった。

そんなわけで一年ぶりに会えたのは、あまりにも痩せこけた子供であった。出会えたときは涙が止まらず、思わず抱き締めてしまった。

病院にて測定した体重を会議で話すと、参加者からため息が漏れた。


「それはずいぶん痩せて―――………。可愛そうに。」

「はい。あきらかにネグレクトですね。母親は2週間くらい帰ってきていないらしく………。少なくとも10日くらい食べれていないんじゃないかって言うことで、現在病院にて点滴治療を受けています。母親も連絡がまだ取れてない状態です。」

「やっぱり、あのヤクザみたいなパートナーのところですかね。」

「あのパートナーとは別れたって話ですが。別の男のところでしょうか。」

「なんにせよ、藍里ちゃんが生きていてくれてよかったよ。――それで児相には?」

「もちろん、あちらもこれは保護しなければと。まあ、体調を見て退院と共に保護とする予定です。ちなみにレントゲンとCTの結果からいくつか骨折の治った痕跡があったそうです。骨がずれてくっついていたのが、写真に残っていたみたいです。」


痛かったであろう。折れた骨がくっつくまで、藍里ちゃんはなにを思ったのか。

会議室の職員は顔を見合わせて、ため息を落とす。この状況なら、児童相談所も母親のもとに返すようなことはしないであろう。

過去の事例から、うちの地区の児童相談所は安易に親元に返さない。それだけ以前には悲しい出来事がいくつもあったのだ。消えた命はもう取り戻せないが、今後の命は消したくないと大人たちは誓う。



「あんな過酷な状況ながら、藍里ちゃんはしっかりした受け答えでした。」

「話してみたが、確かに年齢よりも落ち着いていてずいぶん大人にみえたね。」

「でも、子供らしいところもあるんですよ。どうやっておうちで過ごしていたか聞いたんです。そうしたら。」

一旦言葉をきって、室内を見回す。閉塞感のある淀んだ空気を換えたくて、少し明るい声を張りあげた。


「魔法を使っていたんですって―――」


予想通りに、ふわりと、会議参加者の頬が緩んでやわらかな空気なった。

「精神的に追い詰められて、そんな妄想になったのかな?」

「それにしてはファンタジーだね。子供らしくて、逆に安心材料だと思うな。」

「"私はこの世界たったひとりの魔法使い"だと言っていました。魔法を使って料理をして、魔法で料理を保存して、少しずつ食べたから12日間持った、らしいです。」

「それは、まあ、5歳児らしいね。」

「そんな魔法少女のアニメでも見たんですかねえ。」

「―――そう思うじゃないですか。でも、藍里ちゃんが話す内容は―――魔法のこと以外―――理路整然としていて大人みたいなしゃべり方なんです。モヤシ炒めの作り方とか、ゴミの日は火曜日だとか、しっかりしてるんですよ。だから――」

会議も終わる時間だ。保護の予定もたち、この件も一旦は児童相談所預かりとなる。

弛緩した空気のなか、極めてゆるい発言をして事例検討を終了とする。私の頬も緩んでいた。



「案外、藍里ちゃんは本当に魔法使いなのかも知れませんよ。」

読んで頂きありがとうございました。

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