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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
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偉大なる魔法

 どうすれば助けられる、どうすればこの遺物は停止する。同じようなことばかりが頭の中で堂々巡りする。

 リアムは考えながら激昂していた。妖精に育てられ、妖精と共に過ごし、妖精の友を持つからだ。


 彼女が囚われている鳥籠は中央の柱と同化しており、破壊することは困難を極める。しかし、空を飛んで直接鳥籠に向かおうにも、無数の歯車や金属の棒が邪魔となる。

 いや、それだけならば時間を掛けて登ることは出来る。問題は防衛機構だ。


「狙われているぞ!」

「っ!」


 リアムが宙に浮かび羽ばたこうとした瞬間、歯車に隠れていた筒状の物体がリアムに照準を合わせ、淀んだ魔力光を放つ。リアムはそれを躱したが、放たれた魔力光が着弾した場所には腐敗の元となるナニカの塊が形成され、誰が見ても当たってはいけない代物だと理解できてしまう。

 空を飛べたとしても、これらを躱しながら歯車や金属の棒を登るのは不可能だと諦めるしかなかった。


 一か八か、イリスは宝石を起動させて柱を破壊した後に妖精を助けようかと悩むが、ズシンと響き渡る振動が思考を中断させる。

 大きな振動だった。身体の芯まで響く、とまではいかないものの、やはり大きな振動だ。


 ぱらぱらと小石が落ちる。振動によって建物が崩れかけているようだ。このまま残れば瓦礫の下敷きになってしまうだろう。

 イリスは冒険者としてこのまま残る場合の危険性をリアムに伝えるが、彼はどうしても囚われている妖精を助けたいと思ってしまう。しかし、彼はお人好しだが、妖精は自分よりも自分が入れ込む人物の生死を重要視する。

 リギルとルーにとってリアムは彼女らの存在より重要なものであり、見ず知らずの妖精のために命を捨てさせることを彼女らは容認出来ない。だからこそ、二人して一刻も早く逃げるようリアムを諭すのだ。


 僅かな逡巡の後、リアムは苦渋の決断を下す。助けられなかった、救えなかったと後悔しながら逃げる道を選んだ。

 ――しかし、逃げる彼らを阻む者がいた。


「逃がすわけなかろう。わざわざここまでおびき寄せたのだ。私の研究の役に立ってもらうぞ」


 どこに隠れていたのか、階段にて立ち塞がった老人は杖の先端をリアム達に向ける。

 ローブを羽織り、フードを被り、数多の理論でもって武装するその出で立ちは、まさに魔法使いであった。


「……ここは貴方の工房だったか」

「然り。魔導院を追放されたとはいえ、私も魔法使いの端くれ。工房を構えるのは当然だろう。自身と適合する場であるならば猶更だ」


 老魔法使いは杖を鳴らす。同時に振動が彼らを襲い、先程のそれが偶然ではなかったと知らしめる。


「ククク……そうだ、私が起こしたのだ。これは私が偉大な魔法に至るための研究の成果であり、手段なのだからな」

「やはり〈アルス・マグナ〉が目的か。しかし、それならば魔導院を追放されたのは痛手だな!」

「あのような愚物共と同列に扱うでない! 私は……私はあの愚物共より先を行くのだ!」


 振動が大きくなり、とうとう建物が崩れ始めた。

 リアム達が何かをする前に建物は崩落し、埃と瓦礫が彼らを覆う。熟練した魔法使いでなければ瓦礫を躱して脱出するのは不可能に近い。老魔法使いは彼らの死を確信した。




「――そうだ、私は偉大な魔法に至るのだ。〈アルス・マグナ〉を修め、あの愚物の巣窟となった魔導院を見返すのだ」


 老魔法使いはかつて魔導院で自らの魔法を研究をしていた。魔導師を目指し、独自の方法で〈アルス・マグナ〉を修得しようと躍起になっていた。

 しかし、彼の努力は報われず、数十年の月日が経っても彼は魔法使いだった。

 才能が無かったのだ。魔法使いとしての器はあっても、大成出来るほどの大きさではなかったのだ。


 どれだけ努力を重ねても魔力の量は増えず、扱える属性は変わらず、神秘が増すことも無い。果たして、それは彼にとって絶望だった。

 魔法に生きた者が魔法に見放された。魔法の才なぞお前には無いと、世界に見捨てられた。


 しかし彼は諦めなかった。進み続けてしまった。


「死を蓄積し、そのエネルギーを取り込めば、私は不死者となって永劫を生きることが出来る。そしてそれは、更なる神秘を獲得する道へと続くのだ。ああ、見ているか偉大なる“隠匿卿”よ。貴様が戯言と切って捨てた理論で、私は魔導師に至るのだ!」

「――なるほど。つまらない復讐だ」

「なにっ!?」


 ありえない、瓦礫に押しつぶされて死んだはずだ。老魔法使いは憤慨し、ならば自らの手で殺すだけよと魔法を唱える。

 老魔法使いの前に立つのはイリスとリアム。ただの冒険者だと老魔法使いが認識し、今までそう思っていた相手。


「稚拙な詠唱だ。理論が整っていても、数が小さければ意味が無いだろうに」


 イリスがパチンッと指を鳴らすと、寸前まで組み上がっていた老魔法使いの魔法が土塊のように崩れた。魔法陣を作り、あとは起動するだけだった魔法を、イリスは片手間で崩したのだ。


「有り得ない……何をした!」

「簡単さ、神秘はより強い神秘で上書き出来る。神秘の無い魔法は単純な動作で無効化できるのさ」

「くっ……認めるものか! 貴様のような魔法の何たるかを知らぬ冒険者風情に、私の理論が崩されてたまるものか!」

「現実を見たまえよご老人。……リアム、君は下がっているといい。()()使()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう言ってリアムを下がらせると、イリスは魔法の鞄から一本の杖を取りだした。

 殺されかけた以上戦うべきだと身構えていたリアムは、その杖に込められた異常なまでの魔力に圧倒され、思わず警戒してしまう。


「ああ、いい反応だ。これを認識して警戒出来るのなら、君はきっといい魔法使いになれる。――さて、こちらの準備は終わったぞご老人」


 打って変わって剣呑な様子で杖を構えるイリス。

 先程までの親しみやすさが一切無い、まさしく戦う者の面構えだ。


「なんだその杖は……冒険者風情が魔法使いの真似事か!?」

「いいや、正真正銘魔法使いさ。いや、私の場合は――魔導師と言うべきか」


 構えられた杖は豪奢なもの。込められた魔力さえなければ祭儀用と勘違いするほど華美な装飾の杖だ。

 それを手に持ちイリスが名乗ったのは、魔導師の称号。世界の魔法を一新した“隠匿卿”然り、何らかの偉業を持って名乗ることを許される称号。


「実はこの私は偽者でね。ただ“アーティファクト”を破壊するだけならば事足りると思っていたんだ。でも、魔法使いが相手では手に余るから、この私は一旦退場させてもらうよ」

「何を言っている貴様……魔導師? 退場? はっ! 私に敵わないと理解しているなら死を持って退場すれば良いだろう! 〈燃焼の矢(サギッタ・フラムモー)〉!」

「――ほんとう、浅はかな魔法使いだ。()()()何年経っても魔法使い止まりなんだ」


 迫る炎の矢を前に、しかしイリスは毅然として立ちはだかる。

 そんなもの怖くも何ともないと、身をもって体現している。


 実際、彼女にとってそれは大したことの無い魔法だ。片手間で消せるし、杖に込めた魔力だけでも霧散させることが出来る。

 それをしないのは、貴様のそれに意味は無いと知らしめるため。無力感を味合わせるため。


「馬鹿……な……」


 炎の矢は、彼女に傷一つ与えられなかった。衣服に燃え移ることも、肌を焼くことも無く、ただ消えてなくなった。


「――では交代だ。私から私へ主体を明け渡そう」


 片手で持っていた杖を両手で握り締める。リアムはそれをただ眺めているだけであった。


「……さてリアム、魔法の真髄をお見せしよう。尤も、教授して差し上げるつもりは無いけどね。《我が名を持って神秘を紡ぐ。其の名を知れ、其の本質を理解せよ。我は世界の壁を跨ぐ見えざる巨人にして、異なる手を持つ人間なり。幕を上げて喝采せよ。閂を外して歓迎せよ。世界に轟く我を知れ》」


 ……魔法を扱う以上詠唱は必要不可欠なものだ。言葉として唱える者は三流、短縮して唱える者は二流。一流ならば脳内で唱えて、声に出すのはキーとなる魔法名のみとなる。

 だが、〈アルス・マグナ〉に分類される魔法や、極限まで完成された究極魔法においては、その基準は無駄となる。


 イリスの詠唱は単なる魔法のものでは無い。それは強大な魔力と決して崩れることの無い理論、確かな神秘を持って紡がれたのだから。


「――〈偉大な(アルスマグナ)可能性の私(・ポッシビリタース)〉!」


 これこそが魔法の真髄。偉大なる魔法とされるもの。


「……では、殲滅しようか」


 正真正銘の魔導師が、そこに立っていた。

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