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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
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オーサス北東の森 その二

「やはり収穫は無いか……」


 少し広い木の根元で昼食を摂ると、イリスがそう呟いた。

 持ってきた保存食だけでは味気ないため、リアムが小さな妖精に頼んで取ってきてもらった果物もある。それらを食しながら、二人は森に入ってからの情報を纏めたのだ。


 その結果判明したのは、自生している植物はどの地域でも採れる薬草ばかりであり、動物や魔物にも大きな違和感は無かったこと。

 銅等級でもパーティーを組めば、安全に日帰り探索も出来るだろう。魔物の死体を持ち帰れば収入にもなる。


 しかし、これらはどの森にも見られる特徴だ。町に近いから行き気が楽ということ点しかメリットがない。

 だからこそ、リアムは疑問を持ち始めた。イリスではなく、彼女がここに来る理由となった古文書に。


「そうだね、実を言うと私も疑ってはいる。偽物ならば良かったのにってね」

「……良かった? それじゃまるで、無い方が望ましいみたいに聞こえるけど」

「ああそうだ。あんなもの、無い方が言いに決まってる。戒めか何かで遺したのだろうけど……遺される身としてはたまったものじゃない」


 誰かに聞かれるわけにはいかないと、昼休憩をとった場所から更に奥へ移動し、イリスは神妙な顔持ちで古文書の内容を語り始める。

 最初に彼女が語っていた諸侯達の思惑は事実だが、最終的な見解は全ての派閥で一致したらしい。『処分しなければならない。アレはこの世に遺っていてはならない遺物だ』と。そしてそれは、魔導師が在籍する魔導院でも同様の判断を下し、迅速に計画が練られたそうだ。


 一般に知られぬよう、水面下で密かに。


 そして諸々の事情を省みて、イリスが最適だと判断されたのだという。

 神銀等級の冒険者であり、貴族として政治に関わり、人を見る目もある。オーサスの町で俺が同行者に選ばれたのは、もし一人では手に負えなかったら信頼できる他者の手を借りて解決せよと王命が下されているから、とのことだ。

 つまり、彼女は最初から本来の目的をここで伝えるつもりだったらしい。


「それも、私が言い出す前に君が気付いたけどね」


 普通なら、相手が貴族だと分かれば自分の意見を捨ててイエスマンになるからね、とイリスは続けた。

 リアムもそれには同意した。彼がそんなイエスマンにならなかったのは、教わった知識の中に人の常識というものが殆ど存在せず、リチャードから教えられた常識も一般人としての常識だったからだ。人外に片足突っ込んでいるような魔法使いが、それを完璧に理解して一般人に染まるはずもない。


「私から君に依頼し、そして同時に私の目的でもある目標は古代の遺物の一つ。現在の魔導具の礎となった“アーティファクト”に該当する遺物であり、その名称を…………《腐敗の扉》という。詳しい効果は判明していないが、効果を知るために実験するぐらいならさっさと破壊しろ、というのが貴族の――ひいてはリンフォード王国の考えだ」


 そう語る彼女の様子は、まるで死地に赴く軍人のよう。無論リアムはそんなこと知らないが、彼以外の人間が見れば全員そう感じることだろう。

 なにせ、事が事なのだから。

 イリスはリアムに語る。リアムと、そして妖精達の助力がなければ、この依頼を解決することは不可能に近かったと。


「効果は判明していないが、使用用途はとても詳しく記されていたみたいでね。記されていた用途の一つが()()()()()――辺り一面を死が渦巻く腐敗の大地に変え、それを養分とすることで新たな大地を生み出す……らしい」


――――――


 ゴトゴトゴトと石が擦れる音が鳴る。それは一瞬たりとも絶えることは無く、ゆっくりとした動きで常に回転し続けている。

 それは歯車だった。何枚もある歯車の一つだった。それが他とは違ったのは、大人一人が寝そべっても半分しか埋まらないほどの巨大さにあった。


 時折、天井から落ちてくる小さな塊が隙間に入り込むことがあるが、その歯車は緩むことなく塊をすり潰して回る。


 ――異様であった。歯車もそうだが、それが存在する空間自体が。空気は淀み、壁や天井には汚物のような塊が散乱している。それらは胎動しながら、しかし決して孵ることをしない。

 時が来れば崩れて、淀んだ空気へと混ざるからである。


『……』


 そんな異様な空間だというのに、一心不乱に何かをする者がいる。

 魔法使いだ。老練の魔法使いだ。外道に堕ちた魔法使いだ。


 魔法使いは歯車を前に、一心不乱に手記を記す。これまで己がしてきた悪行を悪行とも思わず、自らの偉業を知らしめるためだけに手記を記す。


「――出来たぞ。ああ、出来た。遂に、遂に私の魔法は、〈アルス・マグナ〉に至るのだ」


 そして、そんな男を眺める視線が一つ。生気を失った、死人のような視線だが……男はそれに気付かない。

 気付けるはずもない。神秘を持たない者――ましてや神秘に見捨てられた者に、神秘は認識出来ないのだから。

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