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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
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新人冒険者リアム

 夜明けとともに目覚めると、体を起こして湿らせた布で汚れを拭う。妖精の加護で汚れや古傷とは無縁の体だが、こうした方が気分がよくなると教わったので習慣にしているのだ。

 体を拭き終えれば次は髪だ。リアムは夜闇のような黒髪の寝癖を整える。貴族階級は鏡という便利な道具を使うらしいが、そんな高価なものは辺境の宿には無い。

 桶に溜めた水を鏡の代用とする。


「……初めての朝か」


 ふと窓の外を見ると、地平線の彼方で太陽が昇り始めていた。町はすでに活気始めており、その中には様々な武器装いの冒険者や職人がいる。


 リアムは安物のポールハンガーに掛けられた、母からの贈り物である装いを手に取る。妖精の絹糸で編まれた衣服は丈夫で、下手な防具よりも性能が高いことを知っている。

 夜空を基調としたローブはゆったりとしており、表側はシンプルな夜を、裏側は綺麗な星空が縫い付けられている。


 それらを羽織り、最後に護身用の武具を身に付ければ支度は完了だ。ベッドで寝入っている妖精らしからぬ二人を起こし、リアムは組合へと足を運ぶ。


■■■■■(何をするの)? ■■■■■(楽しいこと)?』

■■■■■■■■■(面白いことなのよね)?』

「んー……普通のこと、かな」


 リアムは自分の首から下げた銅板と、一面に依頼書が貼られた壁を見比べて、そのあまりにも普通な内容を少しワクワクしながら吟味する。

 銅等級(ブロンズ)が受けられる依頼は主に雑用だが、その雑用すらリアムにとっては新鮮なものだ。


 時間を掛けて何枚か選び取ると、今度は受付でこの依頼を受けると報告する。これは誰がどの依頼を受けているかなどを、依頼を斡旋する組合側が把握するためである。


「これをお願いします」

「はい、確認しました」


 三枚の依頼書――洗濯の手伝い、迷子のペットの捜索、自警団への差し入れ――は問題なく受注出来た。受注したついでにリアムは一つ気になったことを訊く。


「依頼書の隣に貼られていた、顔だったり文字だけだったりの紙はなんですか?」

「顔……ああ、指名手配書ですね。あそこに貼られている人を捕まえるとお金が支払われるんですよ。指名手配以外にも盗賊なら一人につき銀貨一枚、支払われます」


 もちろん生死問わずですよと、受付嬢は最後に付け加える。

 説明を受けてなるほどとリアムは思う。顔付きは誰がやったのか、どんな人物なのかが判明している者。対して文字のみは、どんな事をやったか、どの程度の背丈か、といった薄い情報しか無い。

 書かれている金額が上乗せされているものなどは、その中でも危険な人物なのだろう。




 さて、依頼を受けたリアムはまず井戸へ向かう。町に住む住人は井戸の水で洗濯をするからだ。


「こんにちは、依頼を受けて来ました」

「あらあら、若い子ね」

「手伝ってくれて嬉しいわ」


 挨拶をすると気持ちのいい返事が返ってくる。当たり前の事にリアムは頬が綻んだ。

 洗濯は桶に水を貯めて、獣脂を固めた洗剤で擦るようにするらしい。中々に体力がいる仕事のようだ。

 しかしリアムには魔法がある。妖精から教わった神秘の魔法が。


「では手っ取り早く……〈■■■■■(綺麗になれ)〉」


 杖を振るい、手付かずの衣類を纏めて浮かすと、リアムは妖精語で()()()()。するとみるみる汚れが落ち、一〇秒もすれば新品同様になったではないか。


「「「………え?」」」

「残りもやっておきますね」


 そしてこの場にあった衣類を全て綺麗にすると、夢でもみたかのように固まっていた婦人達がリアムを褒め称えた。

 魔法を見たのは初めて、こんな便利なものが使えるなんて羨ましい、報酬を増やすから明日も明後日もやって欲しい。

 無論褒められて嬉しいリアムだが、人に頼り過ぎるのはあまり良くないから、一週間に一回なら依頼を受けますと断りを入れる。


 次の依頼はペットの捜索だ。飼い主からは茶色の縞模様の猫だと聞いているため、リギルの力を借りて探し出した。

 風が通る場所ならあらゆる情報を集められる、風に由来する妖精であるリギルのお手柄である。


 三つ目は自警団への差し入れだ。自警団は町を守るため結成された組織であり、小さな村でも大きな街でも必ず存在する。

 リアムはまず自警団の建物に向かい、建物内の厨房から差し入れ用と書かれた籠を持ち出して中庭に運ぶ。わざわざ依頼を出すまでもないことだが、新人冒険者への援助として彼らが始めたことである。


 そして三つの依頼を終え、それぞれの達成報告書を受付に渡す。報酬は予め組合に支払われているため、依頼を受けた冒険者はそこから手数料を引いた差額を報酬として受け取るのだ。

 今回リアムが受け取った報酬は、合計で銅貨二〇枚ほど。大きな街では一食分にも満たないが、辺境の町では肉入りの粥を三食パン付きで食べられる金額だ。


 初めて自分で稼いだお金というのもあって、リアムは受け取ったそれを大事に懐にしまう。その初々しい様子に、受付嬢も思わずにっこり。


「お昼過ぎたし、ご飯にしようか」

■■(お肉)! ■■■■■■■(人が作ったお肉)■■■■(食べたい)!』

■■■■■■■■■■(私はリアムと同じのが)■■■■■(食べたいわ)


 妖精であるリギルとルーには必要の無い食事だが、生命として生きている以上興味はあるし食べたいという欲求も出てくる。

 そしてここは辺境。未開拓の地での一攫千金を目指して冒険者が集まれば、食事を提供する店の需要も増えてくる。〇〇風だの新作だのといった看板が下げられることは無い。


「ご注文どうぞー!」


 昼過ぎというのもあって、店内の席の多くは休憩に入った職人や冒険者で埋まっている。なんとか端のテーブルで席を確保すると、リギルとルーも姿を現してリアムの両隣に座った。


「猪粥の肉多め、黒パンを三つずつ」

『「美味しいのかしら、美味しいのかしら? 楽しみだわぁ……」』

『「お肉ごろごろー」』


 店の手伝いだろうか、リアムと同じ年頃の少女が慌ただしく働いている。時折立ち止まるのはチップの要求だろう。リアムも注文する際に銅貨を握らせた。

 しばらく……ではなくほんの一分で料理が運ばれてくる。深めの木皿には肉がゴロゴロ入った粥が、そして握り拳ぐらいの黒パンが浅い木皿に載せられて、それが三人分。

 リギルとルーの粥に入っている肉の量が多いのは、とてもいい笑顔で楽しみに待っていたからだろう。リアムのは普通だった。


 ……何故。と疑問に思うが、すぐにまあいいかと流す。忙しい中話しかけられるのも辛いだろうし、食べたければ金を稼げばいいだけの話なのだから。


 そして午後、リアム達は再び組合に足を運んだ。宿代に晩飯代と、まだまだお金が必要なのだ。


「銅等級……銅等級……あまり増えていないか……」


 銅等級向けの依頼は相変わらず少なかった。しかしその中に一つだけ、リアムの興味を惹くような依頼書が貼られていた。


【求む冒険者! 北東の森の探索】


■■■■■■(森に入るのー)?』

「そうだね。でもなんで銅等級に……?」

「――ああ、それは私の依頼だよ」


 ひょいっと依頼書が剥がされる。リアムが振り返ると、彼より少し身長が高い女性がそれをぴらぴら振っていた。

 使い込まれた鉄製の軽鎧――よく見ればミスリルで塗装されているではないか――に、刀身が短い短剣やダガー、ナイフ、投石のためのスリングショットと腰にくくりつけられた雑嚢。どう見ても銅等級(新人)とはかけ離れているであろう女性の首には、輝く銀色の証が提げられている。


 そして、歴戦の冒険者のオーラを漂わせる女性は、含みのある笑顔でリアムにある提案をした。私と組んでみないか? と。

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