表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
四章:奇妙な不死者と妖精の愛し子
37/38

あまり好きになれない空気











『倫理観や道徳なんてモノ、魔導師を目指すのなら捨てて当然サ』


 魔導院に在籍している魔法使いの口癖だ。彼女は研究員の身分であり、その意思のもと様々な実験を繰り返している。どれだけ非人道的だろうと、倫理に反していようと、肝心な一歩さえ踏み間違えなければ黙認する魔導院の生徒らしい考え方だ。

 そしてこの考えには、人間が生きる世界で常識として語られるモノを捨てられない者が、人間の理解の外にあるあらゆる現象を手にすることは出来ないという確信も込められている。


 竜や妖精のような幻想生命が、人間の常識に則って暮らしていないのが証拠だ。そう言って彼女は今日も実験を行うだろう。


――――――


 市販品のノートと筆記用具、そして財布などの貴重品を詰め込んだ鞄を提げて、少年は陽当たりのいい通りを歩く。新品の鞄は高価な革を加工して作られた物であり、外れないよう取り付けられている金属製のプレートには魔導院の生徒である証が刻まれている。


 妖精達が編んだこの世で最も対魔法の性能が高い衣服を着込み、その上から羽織っているローブはまるで夜空のようだ。

 腰のベルトに差し込まれた十手は丁寧な手入れをされているため、日の光を反射して銀色に輝いている。


 少年の名はリアム。この日から魔導院の生徒となった、妖精に育てられた魔法使いである。


『「人がいっぱいで楽しいね!」』


 今まで訪れたどの街よりもマナが濃い魔導都市は、妖精のお気に召したようだ。キラキラと目を輝かせて、リアムの周囲を泳ぎ回っている。

 リギルはそれを咎めるような物言いをしているが、ご機嫌なのを隠しきることは出来ず、尖った耳が上下に揺れている。

 唯一、メルディだけがいつもと変わらない様子だが、リアムの手を執拗に揉むように握っているため、やはり機嫌がいいのだろう。


「まあ、妖精よ……」

「妖精を連れている魔法使いか……」

「マジかよ……俺、妖精なんて初めて見るぞ……」


 妖精達がその姿を隠していないため、とうぜん通りすがった者達は驚き、口々に妖精だ……と呟く。

 魔導都市に住む人間の大半は魔法使いか魔導院の関係者、もしくは魔法に造詣のある者だ。妖精の珍しさ、稀少さを理解しているため、リアムはかなり目立っていた。


 好奇の視線を向けられながら暫く歩けば魔導院だ。スフィアに連れられ、フローディアと共に試験の申し込みをした場所がすでに懐かしく思う。

 ダンジョンに潜ったからだろうか。時間の感覚が少し曖昧になっていたらしい。ほんの数日前の出来事だというのに、リアムは「そんなこともあったな……」と思ったのだ。


 建物に入れば、相変わらず物理法則に喧嘩を売っている構造を否応なしに見ることになるが、努めて冷静に無視して廊下を右へ進む。

 長い廊下だ。外観の倍以上の距離を歩けば塔のように尖っているフロアに出る。螺旋階段の一部が生き物のように向きを変えているが、リアムが行くべき場所は螺旋階段を壁に沿ってすぐに着く二階の先にある。


 実は、魔導院の構造は、複雑で乱雑な不規則というルールで成り立っている。魔法を突き詰め、魔導の探求をするためには、通常の構造では空間が足りないからだ。

 そのため、魔導院が創設される際に“隠匿卿”を始め、世界でも有数の魔導師や魔法使いの持つ技術や知恵を結集し、わざと構造を崩すことで世界を欺きつつ空間を広くする魔法が開発された。

 だからこそ魔導院の内部構造は膨れ上がり、外観からは想像することの出来ない広さがあるのだ。


『「ここがリアムが魔法を学ぶ教室なのね」』

「正確にはその一つかな。魔導院についての説明とか、あとは自己紹介をするらしいよ」


 一目で職人の一品だと分かる木製の扉を開けば、中にはすでに二〇名近い魔法使いが各々席に着いていた。

 彼らは入ってきた者がどのような人物か観察するように視線を向けたが、リアムが後ろ側の席に座る頃には半分以上は自分の手元へ戻している。興味が無いというよりは、第一印象だけで満足したような雰囲気だ。

 席に座ってからも視線を向けているのは、妖精が気になって仕方がない者だろう。


 それから数分待つと、再び扉が開く。入ってきたのはフローディアだ。彼女もリアムと同じように視線を向けられ、少し跳ねるように身を強張らせるとそそくさと後ろの席へ移動した。


■■■■■■■■■■(あまり好きじゃないわ)■■■■■(この空気)

「……そうだね」


 出自を考えれば当然だろう。試験さえ突破すれば誰でも受け入れる魔導院だが、そもそもの話として試験を受けることの出来る人間は限られている。

 その理由はお金だ。金銭的理由から魔導院への道を諦める者は意外と多い。

 とにかくお金が掛かるため、懐に余裕がない庶民では一年分の学費でさえ満足に支払えない。試験に受かったとしても学費を滞納すれば除名される。そのため、魔導院に通うことの出来るのは貴族か商人の子、もしくは援助を受けた者だけ。


 リアムとフローディアは後者だ。ノルン伯爵が学費を全額支払い、卒業までに掛かる諸々の経費も負担すると明言している。

 そして、その事実はすぐに拡散される。何処其処の何某の支援を受けているらしい、なんて噂は広まりやすいからだ。


 しかし、そのぐらいはリアムでも知っている。むしろ、噂話の収集ではリアムの友人であり幼馴染の彼女に適う存在などいない。

 風さえあればどこにでも入り込み、どこへでも行ける風の系譜であるリギルに、声に出す必要がある情報は隠せないのだ。


「――ここでいいんだっケ?」


 ガラガラと扉が開かれる。姿を見せたのはツギハギだらけの少女だ。

 血色の悪い肌と良い肌が繋ぎ合わさっているその体は、どこからどう見ても通常の生物ではない。


「……あー?」


 しかし、羽織っているのは魔導院で研究員として認められている証である白衣であるため、人間種からどれだけ離れていようと受け入れる寛容さと狂気を、この場にいる者達は感じ取ることになった。


 付け加えるのなら、彼女のイントネーションにも原因はある。

 人間味が感じられないとまではいかないが、どこか異形の存在めいた雰囲気があるのだ。


「……全員揃ってるみたいだナ。じゃア、自己紹介でもしとくカ」


 彼女? は席に座る魔法使いの人数を数えると、ヒョイっと教壇の上に立ち雑な口調のまま自己紹介を始めた。


「オレはルゥルイって呼ばれていル不死者だ。見ての通リの研究員で、得意なのは主に死霊魔法ダ。コの体も研究の産物って言えルな」


 なんでもない事のように言っているが、死霊魔法はかなりグレーな魔法である。

 オーサスでスフィアに敗れた老魔法使いピッゲンのように、一歩間違えれば堕ちてしまう危険性を孕んでいるため、特別な許可が下りない限り使用することを禁止されている。


 研究員であるルゥルイはその許可を得ているのだろうが、それでも死霊魔法が得意というのはかなり印象が悪い。半数以上の生徒が不信感を募らせている。


■■■■■(ねえリアム)■■■■■■■■■■(あの人間面白そうだわ)

「『■■■(そうか)』?」


 しかし、リギルはむしろ面白そうと好印象を抱いた。

 ルゥルイから悪意を感じないからだろう。実際、彼女は己の興味への渇望と熱意こそあるが、その答えを周りではなく自身の内へ求めるタイプだ。


「何考えてルかは想像つくけどナ、死者を冒涜するダけが死霊魔法じゃねぇゾ。危険な土地ノ開拓や、休む必要が無イ労働力としても使えル。そもそモ、死んだ肉体に魂は残っテ無いからナ」


 今までも同じ説明をしたのだろう。どこか辟易とした態度でルゥルイは語った。

 それでも、一度不信感を募らせた者は素直に受け取ることが出来ず、続けて行われた自己紹介の中でもそれを隠そうとしなかった。


 ただ、それ自体はもう慣れているのだろう。ルゥルイは自分に向けられる遠回しな批判を適当にあしらって、次の人に変わるよう促した。


「知っている方もいると思いますが、私はアルヴァスク帝国第六皇子のハインリヒと言います。“鮮血卿”とは個人的な縁があり、推薦を受けて来ました。ここには魔法を学ぶために来たので、一人の魔法使いとして接していただけると幸いです」


 リンフォード王国の東に面しているアルヴァスク帝国から来た彼は、そう言って軽く微笑むと一礼し席へ戻る。


「……サルーサ。馴れ合うつもりは無いから」


 とても簡潔で分かりやすい自己紹介をしたサルーサは、ルゥルイに対して遠回しな批判をした者達にきつい視線を浴びせると、彼らから離れた位置へ座り直した。


「“無尽卿”の推薦で入学することになった冒険者のリアムです。この子達は私が契約している妖精なので気にしないでください」

『「狂風の妖精よ。意地悪したら吹き飛ばすわ」』

『「水の妖精だよー! いい人は一緒に遊んでー!」』

「……紫黒。リアム以外に呼ばれたくないから呼ばないで」


 リアムは他の人を真似てなるべく丁寧になるよう心掛けたが、姿を見せたリギル達は普段通りの態度で釘を刺したため、教室の中は困惑と驚愕に包まれる。

 動じていないのはルゥルイとフローディアだけで、それ以外の者は初めて見た妖精の姿に戸惑いを隠し切れていない。ハインリヒは目を輝かせており、サルーサも唖然とした様子だ。


「妖精を見たグらいで騒ぐナ。こノ後に適性検査をやルンだからさっさと次のやつニ変われ」


 ルゥルイに思い切り背を叩かれたたらを踏んだが、これ以上無駄な時間が出来る前に手早く終わらせたいのだろうと察し、リアムは少し足早に席へ戻った。


「えっと、“無尽卿”の推薦を受け入学しました、フローディアと言います。……よろしくお願いします」


 緊張で用意していたセリフを忘れたフローディアは、念のため持っていた手元のメモの最初と最後の部分だけを言うと、逃げるように席へ戻っていく。

 その後も何人かの自己紹介が続いたが、そのあいだ教室内にいるほぼ全員からの視線を浴びるリアムは居心地の悪い気分を味わうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ