閑話:フローディアと魔眼の講義
さて、魔導院は王都の南西にあると以前述べたが、正確には魔導院を含めた魔導都市が王都の南西に建てられている。
魔導都市はその名称の通り、魔法について探究するためだけに存在する都市だ。リンフォード王国内のみならず、アルヴァスク帝国やサンドーラ皇国から留学を求めて来る人は後を絶たない。
他にも、属国である国の王族や、わざわざ里を抜け出したエルフなども、時々ではあるが訪れる。
構造は王都とほぼ同じだが、内側に抱える店は全て魔法使い向けのものであり、魔導院所有の実験施設や魔法使いの工房が至る所に散見される。
まさに、魔導師による魔法使いのための街だ。
また、その地下にはリンフォード王国では珍しく迷宮が存在しており、魔導院がその管理を任されている。
「――と、大まかな説明はこんな感じだ。欲しい素材は店で買うか、無ければ迷宮に潜ることになる」
「迷宮……サンドーラ皇国が有名ですが、何か違いはあるのですか?」
「ふむ……強いて述べるのなら、魔法の研究に役立つ素材が手に入る代わりに魔導具が手に入りづらい、かな」
スフィアの講義を受けているのはフローディアだ。リアムは「君は直接見聞きした方が早いだろうね」と言われ街に放り出されている。妖精達が情報を集めるので確かにその通りなのだが……
「尤も、魔導具はサンドーラ皇国からの輸入品があるし、僅かとはいえ魔導院も開発を進めている。さすがに質は劣るがね」
「なるほど……」
「では本題だ。魔眼について、話そうか」
ゴクリ、と固唾を呑んでフローディアは姿勢を正す。
スフィアは机の上に、眼球が収められた容器を幾つか置く。容器の中は透明な液体で満たされており、二つの眼球の瞳孔は色鮮やかだ。
「まず大前提だが、魔眼とは何か……」
「はい! ごく稀に人体に生成される、内と外を概念的に繋ぐ器官です」
「そうだ。魔眼は魔人種が持つ魔剣と同じように、持ち主の内側と外側を繋いでいる。有名なもので言えば石化の魔眼、バロールの魔眼などがあるね」
机に置いた容器の一つを手に取り、スフィアは続ける。
「……これは魔力視の魔眼、そして今私が付けているのが読心の魔眼。違いは?」
「魔力視の魔眼が、物体や生物に流れる魔力を見る効果です。読心の魔眼は、視線を合わせた相手の思考を読み取る効果です」
「そう、その通り。これらは低ランクの魔眼だが、持ち主によっては上手く扱えず手放すこともある」
「効果が暴走して……ですよね。ずっと思考を読み取れてしまったり、目を瞑っていても魔力が見えてしまったり」
落ち込んだ様子で手放す原因を答える。
フローディアも一時期、自分の魔眼を手放そうか考えたことがあるからだ。
「……高値が手に入る代わりに視力を失うから、売るのは最終手段だけどね」
「私の……私の魔眼は制御できるのでしょうか」
目隠しの上から両目に触れるフローディア。その目隠しの下には彼女本人ですら制御できない魔眼がある。そしてこの目隠しは、魔眼の力を封じるためにスフィアがサンドーラ皇国から取り寄せたものだ。
魔眼の効果を反射し、逆転させることで着用中は無効化する魔導具である。
「制御できない理由は幾つかあるが……君の場合は魔法を生きている相手に使えない、という心情が原因だろう。それは私も理解できるし、地道に克服するしかない問題だ」
「…………はい」
「安心したまえ。魔力の通り道がグチャグチャだから〜とか、魔眼が完全に独立してしまっているから〜とかじゃあないんだ。摘出しなければならない事態よりマシさ」
俯いた彼女に優しく声を掛ける。スフィアも当初は魔眼の扱いに四苦八苦した思い出があるため、その心情は理解できる。
今でこそ複数の魔眼を有し、付け替えて使用しているスフィアだが、そんな彼女ですら扱えないと確信した魔眼の持ち主がフローディアだ。彼女にはぜひ制御できるようになって欲しいと、スフィアはそう思っている。
「……空間視と未来視の複合魔眼は珍しい。制御できない内は辛いのも分かる」
「でも、魔法使いにとっては最上級の魔眼……なんですよね」
「ああ、そうだとも」
スフィアはそう言って、今度は真ん中に置いた容器を手に取った。
「複合魔眼は二つ以上の魔眼の効果が融合している……これは前に教えたね?」
「はい」
「私の手にあるこれは、未来視の魔眼だ。あまり効果は高くないが、周囲のあらゆる状況から未来を予測する効果と、自分の頭の中で認識した未来を現実に齎す効果がある」
前者は安定するが外れやすく、後者は不安定だが当たりやすい。そんな二種類の効果を持ち合わせた未来視の魔眼は、ある意味では複合魔眼と呼べる。
「空間視の魔眼は持っていないが、視界外を含めた周囲の空間を把握する効果があると聞いている」
「はい、合ってます」
「君の魔眼はそれに加えて、その空間内の未来も重なって視える。だったね?」
「はい」
また俯きかけたフローディアの頭を上げさせ、スフィアは言う。「その効果をきちんと処理できる君はとても優秀だ」と。
空間という認識できない情報を認識し、その上で未来も同時に視るのだから、彼女の情報処理能力はずば抜けて高いのだ。
しかも、スフィアが見つけるまではその情報を常に処理しながら生活していたという。それは才能だとスフィアは語る。
「フローディア君……君が君自身の問題を克服し、その魔眼を制御できるようになれば、君はきっと素晴らしい魔法使いになれる」
「魔導師になれるとは言ってくれないんですね」
「魔導師は才能があるのが前提条件だからね……まあ、なって欲しいとは思うよ。君にも、リアム君にも」
さて、と手を叩きスフィアは講義を続ける。
まだ魔導院に入学していないが、フローディアはスフィアの弟子として向かい入れられている。魔導師の弟子なのだ、まだまだ教えなければならないことは多い。
そして、リアムが魔導院に入学しスフィアの弟子となれば、フローディアは彼にとって姉弟子となる。
その時を少しワクワクしながら、フローディアは日暮れまで講義を受けるのだった。




