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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
3/38

冒険者登録をお願いします

 三人――妖精を含めれば五人――が町に着いたのは門が閉まる寸前だった。


「もうあと少し遅かったら野宿して貰うとこだったよ。良かったな間に合って」

「ええ、はい、助かりました」


 日が沈み、辺り一面が闇に覆われる前に門は閉まる。闇という視認性が極端に落ちる時間に開いていては、町に賊が侵入する要因となってしまうし、魔物などの外敵の発見が遅れてしまうからだ。

 夜は恐ろしいものである。闇多きルプテンツェンと呼ばれる妖精が、夜の闇に紛れて街に侵入しその全てを平らげたという伝説を一笑に付す者がいないように、夜という恐怖の前で油断してはならないのだと人々は記憶している。


「ヴォールさん。報酬と、達成報告書の確認をお願いします」

「……問題無い」

「ではここでお別れですね。縁があればまた今度」


 リチャードは馬を進ませて、ヴォール……獣人の大男とリアムはそのまま道を真っ直ぐ進む。

 辺りは暗くなり始めているが、町の中では外ほど闇を恐れる必要性が少ない。まばらだが光源となる灯が設置されているからだ。その灯を頼りに外出する者や呼び込みをする者だって少なくない。


 荷馬車の中でリアムはある程度の常識を教わった。母たるシルキーに教わった知識を埋めるように、リアムは人の世界というものを少しずつ理解していき、人の世界で暮らすという憧れをより強く実感した。


■■(ねえ)■■■■■■(どこに行くの)?』

「『■■■■■■■(冒険者組合だよ)』」


 リギルが妖精語で話しかけてくる。人の言葉を覚えても、染み付いた習慣は変えられない。

 リアムは彼女に冒険者組合について、ヴォールから教わった知識を分かりやすく説明する。見張りとして馬車の外に出ていた妖精二人は、リアム達の会話を全く聞いていなかったからだ。


 冒険者組合とは、金銭を報酬として依頼を斡旋する民間の組織であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。

 要は、金を払ってやるから役に立てという偉い人間の意向を、可能な限り穏便に実現した組織なのである。剣を手に取り武勇を示した者や、魔導を修めたモグリ、慈愛を持って偉業を成した聖人を、身元を保証することで御しやすくするのだ。


 人間、よほどの外道でなければ恩に弱いのだから。……よほどの外道はそもそも英雄譚なぞ残さぬが。


 それから少し歩き、冒険者組合の看板が掲げられた建物に着く。リチャードと別れここに来るまでに、ヴォールとリアムは一切会話をしていない。ヴォールは寡黙であるがゆえ、リアムは人間と話したのがこの日が初めてゆえ。


「――――」


 ヴォールが厚い木の扉をバンッと開くと、外まで聞こえてきていたさわぎ声がピタリと止む。誰が入ってきたのか注目しているからだ。

 獅子の獣人を侮る人種はそういない。侮るのは実力差を理解出来ない阿呆と、己の力を過信する愚者のみ。彼らにとって幸いなのは、この場にそのような者がいなかったことか。


 次いで、リアムへと注目が集まる。あの男の隣にいる少年は誰だ? と。


「……確認を」

「……はい、達成報告書を確認しました。真偽の魔導具で精査するため、結果は後ほどお伝えします」

「ん」


 ヴォールはリチャードから預かった達成報告書――受けた依頼を完了した証を提出し、やるべきことは済んだと帰っていく。

 必然、残ったリアムに更なる注目が集まる。身分はなんだ、ここに来た用事は? 依頼人か、貴族のボンボンか。


「冒険者登録をお願いします」


 果たして、リアムが冒険者志望だと考えたのは何人いたのだろう。


「――ぷっ」


 小さな声は、しかし静かな場ではよく響く。最初に吹き出したガラの悪い男を皮切りに、組合内が下品な笑いで満たされる。

 受付嬢は呆気に取られた。まさか冒険者志望とは思わなかったからだ。庶民には手が出せない上等な服を着ている少年は、とても命を懸けて戦うのが得意には見えない。それどころか、成人すらしていないのでは。


「おいおい、ここは餓鬼が遊びに来ていい場所じゃねぇんだぜ?」

「おとなしくママのおっぱいでも吸いに帰るんだな! ギャハハハハ!」

「坊や、ちゃんと親御さんの許可は――」

「人の世界では十五歳は成人だと教わったのですが……法の改正でもあったのですか?」


 ……しかし、周囲からの嘲笑を意に介さず、少年は堂々としている。確かに肝が据わってると受付嬢はかんがえる。普通の子供ならまず怖気付くか、喧嘩を買ってしまうからだ。

 その点で言えば、目の前の少年は子供とは呼べないだろう。しかし、冒険者志望というからには何かしら武器を扱えるのが前提なのだが、全くもってそのような気配が無い。


「おい無視してんじゃ――」


 すると、嘲笑をスルーされたガラの悪い男が立ち上がり、少年の肩に手をかけようとする。反対の手には抜き身のナイフが握られており、どう見ても痛めつける気でいる。

 しかしそれは叶わない。突如突風が巻き起こり、男を空間の端へと飛ばし、ナイフを絡めとった水がそれを鋭く投擲した。


 さすがにそれはマズいだろと男を止めようとした者も、注意しようとした受付嬢も、何が起きたのか分からない。今のは一体……? と思考するので精一杯だからだ。


『「私のリアムに手をだすなんて、何様のつもりなのよ」』

『「汚い手、野蛮な鉄、触りたくなーい!」』


 リアムの傍に姿を現したのは二人の少女。リアムの目には常に映っているが、その他の人間にも見えるように纏う神秘を薄めたのだ。

 高名な魔法使いや物語の英雄が契約し、冒険心に満ち溢れる愛すべき馬鹿どもが憧れる存在――妖精がそこにいた。


『「腕の一本切り刻むわよ」』

『「じゃあもう一本は折り畳むね!」』


 無邪気に怒る妖精は、可愛らしい姿からは想像できないことをする。リギルは風を操って彼の右腕をズタズタに切り刻み、ルーは左腕を水の圧力でバキバキにへし折った。

 リアムはそれらの行為を止めようとしない。ただ傍観しているだけだ。そしてなぜ止めないと憤る者も、いない。


 ――妖精を怒らせてはいけない。ある程度知識がある者からしたら常識の範疇だ。善悪の価値観が無い妖精は気に入らなければ頓着せず、気に入ったものに手を出されれば荒れすさぶ。

 伝承を思い出せば誰でも理解出来ることだ。

 闇多きルプテンツェンの戒めも、恐ろしきハイデルシュスタインの伝説も、彼らを怒らせた人間達の自業自得とも言える。

 むしろ、両腕で済んだだけマシな部類だろう。


「……『■■■(リギル)■■(ルー)』、終わったかい?」

『「ええ終わったわ。もう二度と同じことが出来ないようにしてやったわ」』

『「ねえリアム、物足りなかったらもっと潰せるよ?」』

「いや、そこまでしなくてもいいよ。人の常識では、人を殺すのは罪になるらしいから」


 少年と妖精の会話でおしおきは済んだらしいと判断した者達が、被害に遭った男を治療室に連れていく。

 そして少年は二人の妖精を労い、受付に視線を戻す。


「登録をお願いします」


 さて、先程の光景を目の当たりにしたうえで、少年の後ろから放たれる威圧を無視出来るものだけが受付嬢を叱るがよい。


「……はい、銅等級(ブロンズ)の証です」


 若干震える声で新米冒険者の証を取り出し、妖精を恐れながら少年に手渡す。そして彼がありがとうございますと頭を下げてから組合から外へ出ると、受付嬢はその場でぺたんと座り込んだ。


「(怖かったぁぁぁ!!! あの妖精達怖かったぁぁぁ!!!)」

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