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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
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行商人の好意











『良い商機は誠実な者のもとにしか訪れない』


 辺境の町の小さな商家から出奔し、多数の苦難を経た後に王国で一、二位を争う大商会に成り上がったヘンリーという商売人が残した言葉を信じ、一人の行商人が街道を往く。

 行商人の名はリチャード。なけなしの貯金を叩いて購入した荷馬車を走らせ、辺境の町から町へと商品を運ぶ彼は行商人だ。リスクを抱えることを嫌い、確実な利益と取引相手を求めて日夜働いている。


 ここは西の果て。一〇〇〇年近く続くリンフォード王国の辺境であり、近くには港街と中継地点の小さな町が幾つかあるだけだ。海鮮や交易品を王都まで運ぶ商売人もいるが、彼は野盗や盗賊に襲われるリスクを考えてこの辺境で活動している。

 王都や大きな街に続く街道には野盗や盗賊が出やすいからである。もちろん辺境だって危険は多いが、実入りが少ない場所に陣取る追い剥ぎは少ない。代わりに辺境では魔物の脅威があるが、それは主に冒険者が討伐するためそれほどでもない。


「……暇ですねぇ」


 一言漏らすと、護衛として雇っている大男が同意するように頷く。金銭に余裕がないため一人しか雇えず少し不安だったが、獅子の獣人である大男は等級に見合わない実力を有していた。寡黙だが信頼できる相手だとリチャードは感じる。

 大男が背負っているバトルアックスも、彼に寄せる信頼感の一つだ。よく見れば何度も手入れされてきたのが分かる。冒険者の前は傭兵団に属していたのだろうか。


「ん?」


 大男が獲物に手をかける。リチャードは荷馬車を止めた。後ろは見渡しがいい平原であるため、前方で何かあったのだろうと彼は考える。

 耳を動かし、大男はゆっくりと前へ歩き出す。周囲を警戒しているのだ。すると突然、景色の一部が歪み始めた。


■■■■■■(本当に大丈夫)?』

「うん、大丈夫だよ。またいつか会いに行くから心配しないで」

■■(でも)……■■■■(少し心配)

■■■■■■■■■■(私がいるから大丈夫よ)!』


 歪んだ景色の中には誰もが神秘的と答えるような美しい森が広がっており、様々な色の小さな光と大きな光が一人の少年を囲っている。まるで物語のワンシーンのようだ。

 光に囲まれている少年は成人を迎える前か、もしくは迎えたばかりに見える。無論、成人していたのならばそれは大人なのだが、纏う雰囲気が大人と感じさせないのだ。


 やがて歪みが消え、少年と二つの光のみが残った。少年は長杖を握り直し、街道を往こうとする。


「……君は?」


 何か訊くべきかと感じた大男が問い掛ける。彼の後ろでリチャードが驚いた顔をしているが、喋れないわけではない以上寡黙な男だって口を開く。

 少年は半歩振り返り、初めて獣人と遭遇する人間のように少し驚いてから礼儀正しく言葉を返した。


「……俺はリアムと言います。こっちは幼なじみの妖精で、狂風と水を冠しています」

『「私は狂風の妖精よ。リアムに手を出したら許さないんだから!」』

『「そーだそーだ!」』

「……!」


 二つの光が言葉を話す。それらは間違いなく妖精であった。ならば、共にいる少年も妖精かと勘繰るが、魔力に乏しい獣人が姿を認識できているのなら人間かと思い直す。


「――えっと、リアム君? でいいんですよね。私はリチャード、しがない行商人です。彼は私の護衛で……あー、寡黙だけど許してほしいですね」


 少年――リアムが名乗り返さない大男に訝しげな視線を向けると、すかさずリチャードが間に入った。リチャードの説明で納得いったのだろう、少年は警戒を解いて視線を戻した。


「行商人ということは、どこかの街へ?」

「すぐ先のオーサスという町ですよ。反対にあるハルーフェオンから商品を運んでいるんです」

「…………オーサス……ハルーフェオン」

「って、聞いたこと無いなら分からないですよね……。どちらも普通で、これといった特産品もない町ですよ」


 リチャードは会話をしながら考える。どうにか同行してもらえないだろうかと。

 いくら野盗や盗賊、追い剥ぎの危険が少ないからと言っても、いないわけではない。少数で活動するグループならむしろ中心地より辺境の方が多いぐらいだ。獣人が一人でもいればそれらは追い払えるが、少年一人だとそうはいかない。

 利があるとやつらが感じれば、実際の実力差はどうあれ襲いかかってくる。


 襲われる面倒と行商人に同行するのを天秤にかければ、後者を選ぶはずだ。リチャードだってそう考えるし、普通は襲われないようにするのが常識だから。

 ……だから、予想外だった。


「ではこれで」


 常識を知らないのか、話に区切りが付くとリアムはスタスタと歩き始めた。

 リチャードと大男は一瞬呆け、「いやいや待ってくれ!」と声を荒げる。


「常識を知らないんですか!? 街道を一人で歩くなんて不注意が過ぎますよ!」

「いや、妖精達がいるので……」

「普通の人間には見えません! いや、獣人なら辛うじて見えますが、追い剥ぎをするようなやつらにそんな技能は無いんですよ! それなのにあなた……いやほんと馬鹿なんですか!?」


 あまりにも常識知らずのリアムに、つい商人ではなくリチャードの素が出てしまう。大男は少年に驚いた次は素が出ているリチャードに驚く。

 リチャードは続ける。辺境の危険、一人でいることのリスク、複数人で動くことの安全性を。常識が通じない魔導師じゃあるまいにと!


「……魔法使いですけど」

「ええそうですね魔法使いですね! 魔導師も魔法使いの範疇ですよ!」

「えぇ…………」


 そして、リアムはリアムで呆れていた。少し常識を知らなかっただけで人はこうも怒るのかと。




「……はあ、はあ。……どうにか恩を売って縁を作っておきたいと考えていた私が馬鹿みたいじゃないですか。魔法使いなのに魔導師も、それどころか常識のじの字さえ知らないなんて……」


 一時間も大きな声で話し続ければ疲労がたまる。リチャードは御者台に座り込み、後ろの荷馬車を指さした。大男はすでに離れて周囲の警戒に移っている。


「乗っていってください。少なくとも、あなたと妖精達だけでいるよりは安全です」

「ありがとうございます。でもなんで……?」

「……ただの親切心ですよ。たまたま出会っただけとはいえ、少年を危険のまっただ中に放置するのは信条に反しますから」

「そうゆうことですか……『■■■■■■■(リギルとルーも)■■■■■■■(それでいいよね)?』」


 妖精語で二人に確認を取ったリアムは、リチャードの言葉に甘えて乗り込んだ。

 荷馬車は様々な商品が丁寧に梱包された木箱が詰め込まれていたが、リアムの背丈ではそれでも十分広さをとって座れるスペースがあった。

 積み卸しをスムーズに行えるよう、敢えて大人一人が入れるようにしてあるのだ。


 乗ったのを確認すると、リチャードは馬を走らせる。歩いても夕刻に着けるよう余裕を持って出立していたのだが、一時間もリアムの説得に使ったので急がなければ門が閉まってしまうからだ。

 大男は獣人のため、少し速い荷馬車と併走しても町までは平気だろう。窮屈になるが、いざとなれば彼を荷馬車に乗せる手もある。

 門が閉まるまでに間に合わせると、行商人リチャードは内心焦りながら街道を駆けさせるのだった。

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