切羽詰まった状況
『「どうするの? リアムだけじゃ手が足りないわ」』
しかし、リアム一人では分が悪いのも事実。妖精である彼女達がどれだけ力を貸そうと、その力を行使できるのは一人しかいない。
一人で無双が可能な、最強を名乗れる究極の個人は魔導師ぐらいしかおらず、そしてその魔導師は並大抵のことでは力を振るわない。だが、リアムの力量では到底届かない域であっても、そのほんの一部分を垣間見る機会はあった。
《腐敗の扉》でのことだ。スフィア・ノルンという魔導師の戦い方をリアムは直接目にしている。彼女は柔軟な戦いをしていたとリアムは覚えている。
なにも彼女の戦い方を模倣しようとする訳では無い。そも、力量差があり過ぎる。
「……少し考え方を変えようと思う。魔法を、今までとは違う使い方をするんだ」
『「どういうことかしら?」』
疑問に思うリギルに、リアムは実践して見せてやる。
右手で〈着火〉を発動し、左手で水の球を出現させる。
「リギル達から教えてもらった魔法は妖精語を使うけど、リギルやルーみたいにもっと自由に使えないかなって」
もう一度〈着火〉を発動し、今度はその大きさを倍にするリアム。それを見てリギル達は、人の使う魔法の考えを幻想魔法にも応用できないか考えているのだと理解した。
……しかし、それは妖精達に止められる。
『「無理よ。リアムは幻想魔法を使えるけど、それは私達と繋がりがあるから。リアムは家族で友人で愛しい人だけど、妖精じゃないのよ」』
「……私はリアムの神秘を受け取ったから気持ちは分かるよ。……でも、幻想魔法は人に使えないから幻想魔法なんだよ?」
彼女達の言葉は尤もである。妖精が自由に魔法を振るえるのは、存在そのものが魔法であるからだ。そして、リアムが彼女達の魔法を扱えるのは、彼女達の神秘を受け取っているから。魂の奥底で深く繋がっているからこそ、彼は幻想魔法の一端を振るえるのだ。
『「だから――私達のやり方で使えば良いのよ!」』
だが、直後にリギルがそう言うと、彼女は自然体のまま空中を舞う。そよ風のように優しい風が彼女の後ろを抜ける。
嗚呼、その光景こそは正しく妖精の神秘である。
『「人間の考えは人間の魔法に使えばいいのよ」』
『「魔法は自由なんだよー?」』
「二人とも……」
『「難しく考えなくて良いの。私達は自由な妖精で、リアムも自由な冒険者。もっともっと、当たり前に振る舞えば良いの」』
『「ルーみたいにもっと気楽にー」』
『「私みたいに優雅に……」』
舞う。舞う。妖精が舞う。当然のように妖精が舞う。
そこに人間の知恵が介在する余地は無く、人の用いる理論なぞ存在しない。
――ああ、そうだ、とリアムは思う。妖精は気楽なのだ。魔法を使うときに、これをこうして……などと一々考えない。ただこうすると、こうやりたいと感情のままに振るっているのだから。
人間であるリアムはそこまで気楽に生きていくことは出来ない。しかし、その事実を改めて理解したことで、リアムは自分の中で魔法に対する認識が変化した気がした。
それから数日、リアムは依頼を受けずに黙々と魔法のトレーニングを続けた。
「…………変わったね」
風と水を纏い漂うリアムを見て、メルディが呟く。特訓した成果だ。リアムは今、何も考えずに魔法を維持している。
空に浮かび、風を纏い、水を周囲に集める。人の理論を必要としない妖精の魔法だ。
「……………………〈着火〉」
そして、それらの魔法と人間の魔法を両立することも可能となった。
「(思考するのは人間の魔法だけでいい……飛ぶのも水を集めるのも全部、出来て当然のことなんだから……)」
『「凄いわリアム。数日でここまで上達するなんて」』
『「凄い凄い!」』
この練度に至る速度は妖精であるリギルも驚くほどであるらしい。人より多いとはいえ、リアムの持つ神秘は妖精より少なく、メルディに渡したのを除けば更に半分以下だ。だのに、彼は妖精達と何ら遜色ないレベルで魔法を扱った。
妖精語すら不要とする真の幻想魔法を、今このときになってリアムは修得したのだ。
「――わっ、と」
『「大丈夫?」』
「うん、大丈夫だよルー」
が、魔力が無限にあるわけでもなく、長時間維持し続けた反動で魔法が制御できなくなり、リアムは地面に落っこちた。
さすがに魔力が尽きれば動くこともままならず、この日は彼女達に支えられて宿へと一日を過ごした。
――――――
憂鬱だった。賊が城塞都市の近くに居座り、物流が途絶えかけているせいで活気が減っている。普段は騒がしい冒険者連中が大人しくなるほど、街の中は見た目に反して寂れていった。
「……はあ」
もう何度目か分からない……
ストレスで白髪が増えた男は、これならまだ現役の方が楽だったなと零す。
「……領主様は以前動かねえし、銀等級がやられたせいで冒険者共も足が竦んでいやがる」
「頭、どうしやす?」
「どうするもこうするも、この街は俺らにとっても生命線だ。裏家業のヤクザもんとはいえ、表向きには情報屋で通ってるからな……」
数少ない嗜好品の一つである煙草に火を付け、男はチラリと窓の外を見やる。
「いざとなれば俺らが賊の相手をするってのもありだが……大金を払ってくれる上客は軒並み籠もってやがる」
「……頭、そこまでに」
「…………ああ、分かってるよ。チッ、新品の煙草も手に入らねえんじゃ、やる気も失せるってもんだ」
二本目に手を着けようとして、部下がそれを止めたことに内心ホッとしながらも苛つきを隠せない男。
彼は城塞都市で情報屋をしており、ならず者共を纏め上げているグループの頭でもある。犯罪集団ではあるが、主の請け負う仕事は用心棒であり、過去には商会や貴族に雇われたこともあるため黙認されている面がある。
しかし、そんな組織を纏めている男も今回ばかりは意気消沈していた。
金が無いのだ。冒険者の身分を持たせた部下もいるが、そちらからの収入だけでは足りず、かといって城に籠もっている領主から報酬を貰おうにも、既に賞金が掛けられているからダメだと言い張られる。
「にしても、なんで“首狩りバンデッド”なんて悪名高い賊がこっちまで来たんですかね?」
「ああ? んなもん元いた場所に居られなくなったからに決まってんだろ。帝国は騎士団を強化してるからな、盗賊狩りから逃げてきたんだろ」
苛つきながらも地図を取り出すと、口調とは裏腹に懇切丁寧な説明を始めた。
「いいか? この大陸は中央の巨大な山脈で東西に分断されてる。竜峰山脈だな。で、その西側には西方三大国と呼ばれる大国の同盟がある。俺らのいる一番左上のリンフォード王国、その東隣のアルヴァスク帝国、南のサンドーラ皇国だ」
「なるほど……いやまあ、このくらいなら知ってるんですがね?」
「黙って聞けよ…………で、この三つの大国はお互いに必要なモノを輸出し合って均衡を保っている。王国は魔法、帝国は騎士、皇国は魔導工学だな」
「あ、魔導工学なら聞いたことありますぜ!」
「黙って聞けっつってんだろ!?」
「へい」
言われたことを守る気が無いのか、部下は途中で何度も話を遮りながら説明を受けた。男は怒鳴りながらも、どこか呆れたように笑っている。
それから一時間以上、細かい説明まで部下に叩き込んだ男は、改めて“首狩りバンデット”が城塞都市付近までやってきた理由を語る。
「――つまりだな、最近になって帝国が始めた騎士団制度のせいで、帝国領土内にのさばっていた盗賊が一斉に討伐された。それを恐れた奴らは帝国を離れて隣国であるリンフォード王国に来て、帝国から逃げるように西へ西へと移動してきたわけだ。はた迷惑な話だよほんとに」
「はえー、勉強になりやしたぜ……あれ?」
しかし、部下はふと当たり前の事実に気が付いた。
「じゃあ、誰が“首狩りバンデッド”を討伐するんです?」
「……チッ、一番の問題はそこなんだよ。俺らは金が無いから物資が調達できない、冒険者共は戦力が足りない。無い無い尽くしで手が打てねえんだよ……せめて他の街から救援が来れば」
「あっ、救援呼びに行った衛兵は軒並み狩られてますぜ」
「だろうなクソがッ! ――はあ、マジでこの街滅ぶぞ……どうすんだ領主様はよ……?」
窓の外から見える城を睨みながら、自分達が何も出来ないことを悔やみ男は忌々しげに小さく呟いた。
男の言う通り、このまま救援が呼べないまま盗賊にのさばられたら、この城塞都市クロフォードは滅びに向かうだろう。男達の組織は動けないわけでは無いが、金が無い以上は無理に動けない。そして動けない以上、事態の進展は望めない。
「せめて……誰でも良いから金等級相当のやつがいれば……」
最後に呟いた希望は、果たして叶うのか。




