「ば、化け物!?」
――フリューにとって、特別というのは自分のためにある言葉だった。物語の英雄に憧れた彼は、いつか自分も英雄になるのだと確信していた。
村の子どもで一番の力持ちであり、大人相手に引けを取らない勇気があり、迷い込んできたゴブリンを倒したことだってある。
ああ、世界の全てが村であった少年にとってそれは、まさに英雄のような出来事だったのだろう。冒険者をしていたという祖父の剣を持ち出し、フリューはゴブリンの頭を叩き斬ったのだ。
ゴブリンに怯える村人の焦燥も、ゴブリンから垂れた鮮血も、それを為した感触も、思い出そうとすれば何時でも美化して思い出せるほどに、フリューは英雄という勘違いに酔っていた。
それだけならばまだ、村の中の世間知らずなガキとしてまあまあ普通の人生を送っていただろう。しかし、フリューは村の中では満足できず、真の英雄になるのだと息巻いて村を飛び出してしまったのだ。
「(クソッ! 体がデカいだけのくせに、なんでこんなパッとしないやつがオレより等級が上なんだよ……!)」
……考えれば分かることではある。少し頭を捻って考えれば、常識という現実はすぐに出てくるはずだった。それを理解せず、考えることを放棄すれば……どう扱われるかはお察しというもの。
当然と言えば当然だが、彼は冒険者になってからしばらく、銅等級で燻っていた。誰しも、高圧的に接してくる若造に「ありがとうございます!」などと言うはずが無いのに、自分は英雄になれる――いや英雄なのだと勘違いする田舎生まれの少年は、その扱いに納得いかず、不貞腐れて反省しようとしない。
そしてようやく鉄等級に上がったと思えば、「まだ懲りないのかコイツは」と冷ややかな視線を浴びせられ、やはり理想と異なる毎日だった。
その折に受けたのがこの依頼だ。この町から離れれば、もっと都会へ行けば、きっと自分は英雄になれるのだと。
「薪になりそうな枝を集めてきました。これだけあれば今夜は持つと思います」
「ああ、ありがとうございますリアムさん。すみません一人にしてしまって……」
「この子達がいるので大丈夫ですよ」
――しかしそうはならなかった。
同じ依頼を受けた見ず知らずの他人が、フリューよりも依頼主から好意的に受け止められている。同じ村から付いてきたマヤも、フリューを諌める側にいる。
「――おい! たかが枝を集めたぐらいで何いい気になってんだ! そんなもん誰だって出来るだろ!」
「……では貴方がやればいいじゃないですか」
「うるせえ! 口答えすんなよガキのくせに!」
「成人してますけど」
「黙れ!」
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
英雄になる彼を見ようとしない大人が、冷ややかな視線を浴びせる大人が、彼よりも依頼主に良い印象を持たれてる他人が気に入らない。
「男のくせに剣すら持ってない、何も出来ないひ弱なガキがオレに逆らうんじゃねえよ!」
だから思ったのだ。殴ればオレの方が強いのだと証明できる。証明すれば他の奴らもオレを贔屓するはずだと。
『「リアムを傷つけるなー!」』
「あつぅ!?」
ドパンッと水の塊がフリューの顔面を殴り飛ばす。ルーが操作した水だ。
暴言は我慢できても暴力は我慢できなかったらしく、彼女が操作した水は熱湯のように熱く煮えていた。
「わっ、妖精……?」
しかし、その場に居合わせた全員が驚いたのは、フリューが水で殴り飛ばされたことではなく……リアムを守るように各々の姿を現した妖精にである。
フリューを諫めようとしていたマヤは、もはや彼のことなどどうでもいいと言わんばかりに目を輝かせている。魔法の心得がある者が妖精と契約を結びたいと思うのは、至極当然の心境だからだ。
だが、殴り飛ばされたフリューは何も分かっていないらしく、とうとう腰の剣を抜いて言ってしまった。
「ば、化け物!?」
『「…………殺していいかしら?」』
「……そうだね」
これはリアムの逆鱗にも触れたようで、すうっと表情が消えた彼は十手を抜いてその先端をフリューへと向ける。
一方、フリューは完全に妖精を化け物だと勘違いして既に剣を振りかぶっている。その顔には恐怖以外の感情は浮かんでおらず、受けた依頼も何もかもが頭から抜けていることだろう。
「『〈■■■■〉』」
「うわああああああ!?」
『「吹っ飛んで舞えばいいわ!」』
リアムが短く唱えると、突風がフリューを突き飛ばす。更にリギルの魔法で上空へと高く飛ばされ、彼は剣を手放して泣き喚き始めた。
上昇するだけならまだ恐怖感は少ないが、本当の恐怖は落下時にある。
まともに発音できないほどの風圧と、徐々に近づいてくる大地。飛ぶ方法を持たない人間なら容易く染みになるだろう高度からの自由落下は、もはや死の宣告である。
……さて、冒険者の生死は全て自己責任という言葉がある。どこでどんな死に方をしようと、それはその冒険者が失敗したからだという風潮から生まれた言葉だ。
こんな言葉が生まれるほど、世間的に見ると冒険者の命は安い。そして、依頼中であろうと、冒険者同士のいざこざであろうとも、死んだ場合は自己責任で片付けられることが多い。
「や、やめ、助け――」
ゴシャッと肉が潰れ、しかしギリギリ生還することが出来たフリューは、見るも無残な姿となった。
「ヴォールさん、見張りの時間を増やして貰ってもいいですか?」
「……ああ、構わない」
両足が潰れて骨が砕けて露出していても、それをやり過ぎと思う者はいない。殺そうとして返り討ちに遭ったのだから、生きているのだから「それで済んで良かったなお前」で終わる。
「なんで……なんでオレだけこんな目に…………」
「妖精は自然の隣人だから仲良くしろって、村のお爺ちゃんも言ってたでしょ……」
それからリアムとヴォールがそれぞれ時間を増やして見張り番をこなし、その晩は何事もなく朝を迎える。
ヴォール曰く、かなり遠くの方で馬の足音が複数聞こえたそうだ。
「……では警戒を密にして進みましょうか」
町から離れた場所で馬を駆るのは商人や貴族の馬車、街道上の警邏、少し裕福な冒険者などがいるが……大体の場合それらではなく盗賊だったりする。奪った馬に乗って獲物を探しているのだ。
「しかし盗賊ですか……オーサスではそんな情報得られなかったのですが、城塞都市方面で何かあったのですかね?」
「かもしれませんね。狂風に頼みますか?」
「ああ、機嫌が良ければお願いします」
「分かりました。『■■■』、お願いしていいかい?」
『「任せて。どんあ小さな生き物でも探してみせるわ」』
妖精らしく、可愛らしく微笑んだリギルは風に乗って空を飛ぶ。
一行が進む街道の右手には山があり、反対の左手には森と平原が。平原には林もあるが、そうでない場所でも身を隠そうと思えば隠せる。魔法使いが姿隠しの魔法を掛けていることだってあるだろう。
しかし、それらの小細工は妖精に通じない。地上のいかなる種よりも上位である幻想生命にとって、人々が使う薄っぺらい魔法は無いも同然だからだ。
――妖精の眼は真実を見抜く。人間がどれだけ巧妙に偽りを重ねようと、その眼は世界の真実を見ることが出来る。そんな彼らに、世界が真か偽りかを判別できない者の魔法が通じるだろうか。いや、出来ない。
だからこそ、妖精との契約を一般の魔法使いは望むのだ。より強靭な魔法を、より上位の力を得たいがために。
『「近くにはいないっぽいわね。でも、遠くの街に近い林に怪しいのがいたわ」』
「分かった、ありがとう。……城塞都市付近に怪しい集団がいるようです」
「……? ああ、声送りの魔法ですか……分かりました。移動してくる可能性があるので、やはり警戒は密のままが良さそうですね」
ほんの少しの時間で一日掛かる距離を移動したリギルからの情報は、警戒するうえで大いに役に立つ。声送りという魔法は人間も使えるが、妖精が使う方は一言一句違わずに伝えられるからだ。
城塞都市は一行が目指している街だが、その付近に怪しい集団がいると知らなければ、街が見えたと安心して警戒を緩めていただろう。
無論、城塞都市から離れる可能性が高いため、この日に襲われる可能性だってあるのだが。
「――何もありませんでしたね。今日はこの辺りで野営しましょうか」
二回目の野営をし、夜明けを待つ一行。
ちなみに、フリューは縛られて荷台にいる。痛みで気絶したため、マヤが最低限の処置だけして荷台に放り込んだのだ。
焚き火は前回の余りを利用しているがあまり量はなく、魔法を併用して暖かさを保っている。




