■の妖精と“アーティファクト”
彼女が言うには、老魔法使いピッゲンが魔導院から追放されたのは早くても数十年前のことらしい。人間ならばとっくに死んでいる年数だ。
「そもそも、不死者はあくまでも人間種だ。魔化による影響で魔物寄りになるが、それでも体には人間としての魂と記憶が保存されている。生きたまま魔化するからな」
魔化とは高濃度の魔力に晒されて起こる現象だと付け加えて、今度はアンデッドとの相違を教える。
「対してアンデッドは、情報が抜けきった死体が魔化したものだ。生きていた頃の魂も記憶も持ち合わせていないから、こちらは魔物として分類される。上位種になって知性を得る個体もいるが、生前とは似ても似つかない魔物としての知性だ」
イリスは動かせないような大きめの瓦礫を魔法の鞄に仕舞い込むと、離れた場所に取り出してを繰り返す。リアムには魔法の鞄も、大きな瓦礫を持ち上げる腕力も無いため、魔法で浮かせて運んでいる。
便利だなと思いながら、イリスは手を休めない。
「……そして彼は、体が死んでから不死者となった。死者の体の一部を取り込んでいたから魔化が早まったのだろうし、魂が中途半端に残ったままなのだから不具合も起きただろうね」
「その不具合はもしかして……」
「そう、神秘だよ。人間種ではないから元々持っていた神秘を失い、しかし魔物では無いからそちら側の神秘を手にすることも出来ない。でなければ、あれほど卓越した魔法を簡単に相殺することなんて出来ないよ」
これは彼女なりの賞賛なのだろうとリアムは考える。決して褒められる行為では無いが、それでもあの領域に届いたのは間違いなく努力の証なのだから。そして同時に、彼に神秘があったとしても容易く蹴散らしたのだろうとも思う。
……リアムは魔法使いとしてまだまだ未熟だ。今の彼が逆立ちしてもあの老魔法使いには適わない。しかし、それでも理解は出来た。感じることも出来た。
イリス――“無尽卿”スフィア・ノルンの凄まじさを。
それから数時間は会話が無かった。本格的に学びたければ魔導院に行け、というのが魔導師の考えであり、リアムもそれ以上をイリスから学べるとは思っていない。そして何よりも、“アーティファクト”に囚われている妖精の安否が心配だからだ。
数時間の作業の末、崩れた遺跡の地中から“アーティファクト”が発掘される。
「……大きいな」
それは巨大な箱であった。リアム達が一度入った歯車だらけの空間は、この“アーティファクト”のほんの一部分に過ぎなかったのだ。
「幸い、もう動作は停止しているようだし、上から壊していけば安全に救出できるだろうね」
瓦礫によって潰されたらしく、防衛機構の殆どは壊れていた。無数にあった配管も、綺麗に噛み合っていた歯車も、ところどころ欠けている。そして、それらを動かしていた魔力はもう無い。
「リアムは風で浮かせてパーツを運んでくれ。崩すのは私がやる」
「分かった。二人も手伝ってくれるか?」
『「もちろんよ」』
『「手伝うよー」』
リギルとルーもこの“アーティファクト”には思うところがあるらしく、二つ返事で引き受けた。
イリスが使い損ねた宝石の魔導具で少しずつ壊し、リアム達がそれを落とさないよう地上に運ぶ。上層の大部分は瓦礫で潰れているため、そこまで時間の掛る作業にはならなかった。
日が暮れて暗くなれば夜営のため作業を中断し、朝になればまた作業を繰り返す。
「あとはあの鳥籠のようなものだが……リアムの魔法で何とか出来るかな?」
「……分からない。俺が使えるのは水と風の魔法だけだから、それで上手くいくかどうか……」
「ふむ……では少し物理について勉強だ。魔導院の酔狂な者の中には、わざわざ魔法ではなく物理的な現象を研究する魔法使いもいてね。彼によると、途轍もない圧力を掛けた水を細く絞り、それを高速で射出すれば金属を切断できるらしい」
呆れたように肩を竦めながら、なぜそれを試したのかは知らないがねとイリスは付け足した。
「そして、君には水と風への適性がある。今教えたことを再現してみるのはどうだ?」
つまり、彼女はアホみたいな研究をしている知人の研究結果を魔法で再現しろと言っているのだ。
魔法は確かな理論さえあればどんな無茶でも世界に通す。それが物理的に可能なことならば、どんな魔法よりも簡単に発動するだろう。
リアムは二人の妖精の力を借りて、言われたことを試してみようとする。
「水……圧力……細く……」
水に掛ける圧力は風で代用し、とにかく圧縮し続ける。幼い頃に妖精にされた悪戯で、勢いのある水を掛けられた記憶を頼りにイメージを固める。
「(そういえば、ルーに掛けられたんだっけ……結構痛かったなアレ……)――〈■■■〉」
そして、水の刃が放たれる。それは甲高い音を一瞬立てると、目論見通り“アーティファクト”の柱を切断した。
崩れる前にリギルが妖精を連れ出し、イリスが残りを完全に破壊するために残りの宝石を設置し始める。
「……生きているけど、ぐったりしてる」
『「神秘が薄まりすぎているわ。魔力も足りてないし、このままだと消えてしまうわよ」』
しかし、助け出した妖精は死の間際にある。神秘も魔力も足らず、消えてしまうのは時間の問題だろう。
寿命の無い妖精にとって、消えるというのは死ぬことより辛いことだ。生まれ変わることが無い……魂までもが魔力として霧散してしまうのだ。
「『■■■』、なんとか助ける方法は?」
『「……あるけど、リアムも辛いわよ」』
『「リアムが辛いのは嫌だー!」』
『「私だって嫌よ。……でも」』
「うん、俺はやるよ」
リギルの知っている方法をリアムは知らないが、この死にかけの妖精を助けられるのなら彼はどんなに辛くても耐えるだろう。
彼にとっての妖精は家族だ。愛すべき隣人だ。
「何をすればいい?」
『「………契約するの。私達の時みたいに、接物するの。接物して神秘を渡すのよ」』
確かに魔法使いには辛いなとリアムは思った。世界の在り方をねじ曲げる魔法に神秘は必要不可欠であり、それを一部とはいえ渡すというのは、魔法使いなら苦渋の決断となるだろう。
魔法使いでなくとも、魂に刻まれるほど深く結び付いた神秘を渡すのは、相当の苦痛をもたらす。
魔法使いではない普通の人間ならば少しズキッとするだけだが……神秘の多いリアムにとっては想像を絶する苦痛となる。リギルはそれを心配したのだ。
『「〜〜〜〜〜! リアムがキスしたー! やーだー!」』
『「煩いわよ……」』
リアムが横たわった妖精に接物すると、隣でルーが大騒ぎ。リギルは呆れるが、やはり心配ではある。自らに宿る神秘を譲り渡し、衰弱した妖精の存在を補強するのは、あまり前例がないからだ。
少しずつ、少しずつ移動する。点滴のようにゆっくりと。
血が抜けていく感覚がリアムを襲う。抜けていくのは血ではなく神秘だが、言葉に出来ないような不快感だ。まるで、命そのものが減っていくような……
……すると、不快感は次第に深い海へと潜る感覚に変化し、不快感よりも息苦しさが勝ってくる。何も見えない、暗い底に向かって行く気分だ。手探りで潜るのは言いようのない不安も覚えるが、それでも奥へ奥へと進み続ける。
進み続けて手を差し出し……肉体ではなく魂に近いナニカを掴み上げる。
「(――っ、痛くはないけど、思ったより辛い……)」
ビリビリと脳が痺れるのを我慢してリアムはソレを引き上げる。
現実では接物したままでも、その精神は彼と離れた別の場所へと繋がっていたのだ。呑み込まれないよう必死に、そしてそれ以上に助けようと懸命に、掴んだその手を引っ張った。
「………………ん」
『「起きた! 起きたわリアム!」』
妖精が身動いだ。リアムが身を退かすと、ゆっくりと瞼を開く。
くたびれた黒紫色の布を幾重にも重ねた衣服が特徴的な妖精だ。神秘的という表現が似合う容姿で、ほんの少し開いた口から小さな吐息が漏れた。
「…………ぁ」
上半身を起こして彼女が見つめるのは、ぎゅっと握られた右手。リアムが無意識に握っていたようだ。
「あ――っと」
しかし、離そうとすると彼女は逆に握り返した。じっとリアムの瞳を覗き込み、確かめるようにリアムの手をぎゅうぎゅうと握る。
「…………不思議な人。……妖精? ………………?」
「いや、人間だよ俺は……」
『「ねえ、何かおかしくない?」』
『「……あれ?」■■■■■?』
「…………?」
『「……もしかして、妖精なのに言葉が分からないのかしら。それとも忘れちゃった?」』
同時刻、《腐敗の扉》内部にて。
「この歯車は……刻まれている文字は古代のか」
イリスは〈爆発〉の魔法が込められた宝石を隙間に埋め込みながら、持ち帰っても問題なさそうなパーツを外して回収していた。
一つ一つのパーツは小さいが、精密に造られたそれらはどれも未知の物質で出来ている。刻まれている文字の解析と並行して素材の解析もする予定だ。
「――うぇ、ベトベトしてるなこれ……」
それ以外にも回収するものがある。ここで死んだであろう冒険者達の身分証だ。首から下げられた金属の殆どは銅等級と鉄等級ばかり。
死体に生えているナニカのせいでベトベトだ。粘性が強く、悪臭も酷い。
「…………布に包むか。部品も回収したし……妖精は助かっただろうか」
満遍なく宝石を設置し終えたイリスは歯車の隙間に手を掛け、ヒョイヒョイと身軽に登る。
そして地上に出ると、起爆用の宝石を取り出し、〈爆発〉と唱えて《腐敗の扉》へと放り投げる。
放り投げられた宝石はソナーのように魔力の波を放ち、数秒の後に爆発を引き起こす。一つ一つは小規模な爆発でも、何十何百もの連鎖的な爆発は周囲の地面が連続して揺れるほどの威力を誘引した。
古代からの遺物、“アーティファクト”である《腐敗の扉》は、今この時を持って完全に破壊されたのだ。




