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妖精に育てられた魔法使い  作者: こ~りん
一章:西の辺境の魔法使い
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可能性を突き詰めた者VS可能性を諦めきれなかった者

 切り替わる。人間が、ただ世界の中に在るだけだった人間が、壁を越えて切り替わる。

 ――否。それは上書きである。存在の上書きだ。


 イリスと名乗り、銀等級の冒険としてそこに立っていた彼女は、この瞬間に別人へと変じたのだ。

 先程までとは違う装いの彼女は、間違ってもイリスという女性ではなかった。


「リアムは“アーティファクト”が奪われないよう注意してくれ。奴が取るに足らぬ魔法使いだとしても、“アーティファクト”を利用されるのだけは避けなければならないからね」


 豪奢なローブを翻し、ヒールの踵を鳴らし、軽鎧ではなく男装のような衣服に身を包む彼女。素早く魔法陣を敷いてリアムと“アーティファクト”を守ると、今度は傲岸不遜な態度で挑発する。

 掌を上に向け、来いよと示すのだ。


「ぐ、ぬぬ……」

「おや、もしや相手が同じ土俵では逃げ出すような鼠だったか? となると、見下せる相手にしか威張ることの出来ない愚人だとなるがいかに?」


 安っぽい挑発だ。しかし、どれだけ安っぽくても言葉には魔力が宿る。

 明確な侮蔑の意を持って向けられた言葉は暗に語る。「この程度で態度を変えるお前は汚い小動物と同じだぞ」と。

 実際にその意味を込めて彼女は言い放ったのだが、老魔法使いは沸点を越え過ぎて逆に冷静になったらしい。


 ふーっふーっと荒い息を整え、佇まいを直し、その杖先で地面を強く叩く。

 そして神妙な面持ちで彼女を見据える。


「……逆効果だったか」

「然り。過ぎた怒りは短慮を招くのでな。私とて自身の感情をコントロールする術を持つわ。それに、この地が露見し、貴様のような者が解決に来たのなら既に手遅れというものよ」


 鼻息を鳴らし、杖を構える老魔法使い。

 ここまで来たなら語る言葉は不要。魔法で決着をつけようという姿勢だ。

 その姿勢に返答するように彼女も杖を構え、そしてお互いに名乗りを上げる。


「――私の名はピッゲン・モーア。魔導院を追放され、独自のアプローチで魔導師を目指す者なり」

「私の名はスフィア・ノルン。類稀なる“無尽卿”の二つ名を戴いた魔導師にして、ノルン伯爵家当主である」

「そうか、貴様があの……しかし、殺し合いの場に在って噂など必要無し。磨き上げた魔法によって雌雄を決するのみよ」


 束の間の静謐が訪れる。守護のために敷いた魔法陣は無駄だったなと考えを改めるスフィアだが、その思考は一秒にも満たない。

 魔導師として、魔法使いと相対しているからだ。後進を育成するのが魔導師であれば、道を踏み外したであろう魔法使いであっても敬意を保つ。

 どのような外道であれ、〈アルス・マグナ〉を求める姿勢は魔法使いに共通するものだから。


「――〈土の矢(サギッタ・フムス)〉」

「――〈氷魔法(グラキエース)〉」


 魔法を使ったのは同時だった。

 既にあるものを利用した魔法は魔力の消耗を抑え、より強大な威力を発揮する。魔法使いにとって常識の一つだ。

 老魔法使いピッゲンが開幕に用いたのは〈土の矢(サギッタ・フムス)〉。地面を利用することで複数の矢を形成、射出する魔法だった。しかし、スフィアは氷魔法の基礎である〈氷魔法(グラキエース)〉で強化されたそれを迎撃する。


「すでに言ったと思うが、神秘の無い魔法は単純な動作で無効化できる。どれだけ強化しようと貴方の魔法では私に適わない」

「……で、あろうな。しかし相殺は出来る――〈土の矢(サギッタ・フムス)〉」

「〈氷魔法(グラキエース)〉」

「〈爆発(フラルゴ)〉!」

「〈風魔法(ウェントゥス)〉」


 次々と放たれる老魔法使いピッゲンの魔法を、スフィアは全て基礎の魔法で相殺した。土の矢は氷に阻まれ、爆発の熱風は風で散らされる。


「――〈雷魔法(トニトルス)〉」


 そして視界が晴れる前に起動させた魔法が、老魔法使いピッゲンの胸を貫いた。


「ぐっ……」

「……普通なら死ぬのだがな。すでに不死者化していたか」

「ぐ、ぐふっ……その通り。私は死を扱う魔法使い故にな、己と死者の融合なぞとっくにしておるわ。〈強化魔法(フォルティス・アゴー)〉、〈風の短剣(シーカ・ウェントゥス)〉……!」


 老魔法使いピッゲンは駆ける。先程までとは比べものにならない速度で、老人とは思えない脚力で。そして、己の杖の先に魔法で生み出した短剣を固定すると、拙い槍技で接近戦をスフィアに仕掛けた。


「……“無尽卿”は接近戦が不得意でね、生憎だが交代させてもらったよ」


 しかし、槍を受けたのは“無尽卿”ではなかった。ミスリル合金製の軽鎧に身を包み、夏の空を思わせる片手剣で攻撃を受け止めていた。

 イリスではない。だが“無尽卿”でもない彼女は、神銀等級の冒険者としての姿で接近戦に応えたのだ。


「強めに殴るぞ」


 地面が陥没する踏み込みで老魔法使いピッゲンの懐に入り込むと、彼女は片手剣を手放した拳で彼の鳩尾を殴り、木々を薙ぎ倒すほどの勢いで吹っ飛ばした。

 人の膂力では有り得ない力だ。


『「……ねえ、リアム。あの人間怖いわ」』

『「ぐるぐるーってなってたのが見えないよー」』

『「魔力がとても濃いわ。神秘もたくさん。でも恐ろしい」』

「――魔力隠蔽を覚えろって、こうゆうことだったのか」


 リアム達の視線の先では、壮絶な戦闘が繰り広げられている。魔法が飛び交い、遺跡が壊れることも厭わずに振るわれる。

 “無尽卿”スフィア・ノルンの力はとてつもないものだ。膨大な魔力を凝縮し、流れに敏感な妖精でなければ分からないほどの隠蔽術を会得している。

 そしてあの姿では、その魔力の全てを身体強化に回している。


「……これが人……魔法使い」


 彼女が敷いた魔法陣は戦闘の余波を遮断している。そうでなければ今頃リアムは流れ弾で負傷していただろう。


「〈爆発(フラルゴ)〉!」

「〈風魔法(ウェントゥス)〉――はっ!」


 スフィアの鋭い一撃が老魔法使いピッゲンの片腕を斬り飛ばした。不死者といえど切り離せば元通りにはならないと踏んだからだ。


「これで魔法は十全に扱えまい」

「ぐぅ、ここまでの強さとは……だが! 私とて魔法の極みを追い求める魔法使いの端くれ! ぬぅううわぁ!」


 しかし、彼はローブをはだけさせ、その内側を顕にした。枯れた枝のような体躯だが、その体を包むように二対の副腕を隠していたのだ。

 無理に結合しているのだろう。無理やりに魔力を通したソレはお世辞にも腕とは程遠い動きしか出来なかった。


「ふむ、聖職者ならば容易く屠れるのだが……私は不得手だからな。仕方あるまい」


 それに対し、特に驚く様子を見せないスフィアは、碌に振るうことをしなかった片手剣を利き手に構え、口頭で幾つもの魔法を重ねがけしていく。

 掛けられた魔法は〈(ラーミナ・)(アクートゥス)〉を代表とする、戦士職向けの補助魔法だ。


「粉微塵に斬り刻むまで」

「ぬぅん!」

「――! 魔法名すら唱えぬか、その技量見事! しかし甘い!」


 斬ッ!


 残された右腕と副腕で発動した五つの属性魔法を、しかしスフィアは一刀両断する。その剣撃は地面に切れ込みが入るほど。

 老魔法使いピッゲンは続けて〈爆発(フラルゴ)〉や〈土の矢(サギッタ・フムス)〉など、手軽な部類の魔法による手数で押そうとする。


「進む道さえ異なれば秀才にはなれただろうに……まあ、妄執に取り憑かれた死者に言っても意味は無いか」


「――死者?」


 ふと零した呟きがリアムの耳に届く。爆音の中での偶然だったが、それが意味するものはすぐに明らかとなる。


「さらばだご老人」

「ぁああぁあぁあぁああぁぁああぁあぁあっ!!!」


 ――断末魔が轟く。

 老いた体を幾つにも分断され、しかし鮮血が舞うことは無い。

 首を撥ねられながら、生者ならば発せぬはずの言葉を滑々(つらつら)と老魔法使いピッゲンは捲し立てる。

 何故だ、どうしてだ、何が間違っていた、救助は、おかしい、有り得ない、順当な結果だ、断じて認めぬ、報告せねば、助けを……


 そして、燃え尽きた練炭の様に崩れて風に飛ばされた。後に残るのは彼が身に着けていた衣服のみ。それも長い年月の影響か草臥れている。


「さ、脅威は去った。あとは“アーティファクト”の破壊と……囚われた妖精の救出だな」


 不思議な結末に呆けていると、出会った頃の姿に戻ったスフィア――イリスがそう告げる。

 リアムの頭をポンポンと軽く叩き、魔法陣を消すとすぐさま瓦礫の撤去を始めた。


「……最後の方に言ってた、死者ってのは何だ?」

「……ん、聞こえていたか」


 ほんの少し考えてから、イリスは答えをリアムに教えることにした。

 この少年なら堕ちる前に妖精が正すだろう、と。


「アレは、死んだことにすら気付かなかった魔法使いの、そうだな成れの果てだということさ。死者を取り込んだのも原因の一つだろうが、少なくともここ数年の話では無いだろう。記録に残っている追放された魔法使いだって、数十年は昔のことだしな」

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