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第7話 神通力

 第7話



 神通力



 携帯電話を実家に送り返した。

2、3日して親父から手紙が届いた。

内容は住職との携帯電話の顛末に対する感想みたいなものを含め、葛飾

の今の風情を伝えた簡素なものだった。

最後の一行に書かれていた文章が気になっていた。


「シュウ、せっかく住職がお前の”眼”と”耳”を下らぬものから開放してくれ

たんだから、見るべきものを発見し、聴くべきものを聴きなさい。 父」


(携帯電話を使わなくなっただけで、そんな色々な発見があるのだろうか?)

単純な疑問が頭を擡げた。

 翌朝の勤行から住職の横に座らされた。

なにか指導を頂けるものかと期待はしたがハズレた、別段何を教えてくれるわけ

でもない。

住職の横、修行僧にとっては上座に座ることは緊張を高めていた。

極度の緊張の所為か、今日の勤行は止め処も無く続くようで苦しかった。


「シュウ、声明(しょうみょうの最後に回向となる、合図の磬子(けいす)を入れ

なさい、3鈴です、そのあと回向文の後に2鈴です、お願いします。」


住職が突如そしてゆっくりと俺に向け言い放った。

シュウ君から”君”が消え”シュウ”と呼ばれた、はじめて弟子と認められた様な

気がした。

落ち着き払った住職からの伝達には抵抗のすべなどなく、磬子(けいし)の前へと移

動した。


何とか今までの勤行でタイミングは覚えていた、都合5鈴の打鐘は上手くいったと

思った。

合図で先輩修行僧たちは本堂を退出したが、住職はそのまま祭壇の阿弥陀如来を見

つめていた。


「シュウ、磬子(けいす)の音は聞こえたんか?」


「はい、勿論聞こえました。5回とも上手く入ったと思いますが、いけませんでし

たか?」


「わしが言っとるのはそういうことではない。」


「???・・・」


「ただ打っただけやあかん、お前はなにも聴かなんだのか?」


「いつも通りの良い音がしたと思いますが・・・・・。」


「ちゃう!、磬子(けいす)は唯の鐘やないんや。」

そう言って住職はおもむろに一打を叩いた。」


「●♪カーーーン」


俺が叩いたのより遥かに良い音がした、上手く表現などできようも無いのだが、誰

が聞いても音色の違いはわかるはずだ。


磬子(けいし)の音には基本的に三音あるんや、"(こう)" "(おつ) " " (もん) "

というてな、最初の打鐘音が " 甲 "、伸び音が " 乙 "、余韻の残音が" 聞 "という。」


「今のお前には聴き取れないかもしれないが、この三音はいつも同じ音で鳴っては

くれへん、様々な要因が音色を変えるんや、気候、湿度、温度ばかりでなく、勤行に

座っている人間がそのとき持ち合わせとる ” 気 ”なども見事に共鳴させとるんや、

そればかりか、すでに浄土に旅立たれた向こう側の人がおいでてな、鳴った” 音 ”

に同調して、長引かせたり、遮ったりすることさえあるんや、せやから、嬉しい音も

あり、" はえがしい音 " も " あいそんない音 "もある。」


「音は聞くのではなく、" 聴け "いうこと。物は見るのではなく、" 観る "ことや。」


住職の” 教え "には、なにも言えずただ頭を下げるしかなかった。


「いらぬものを持ちすぎると、聴こえない、観えない、ということになる、日頃から

無心になり心を高めてゆけば " スー "と聴こえるようになる、人間は本来それなりの

霊能力みたいなものを持っていたんや、それを” 神通力 "と言う人もいる、それがつま

らぬ欲望や、怠惰で、使えなくなっているんや、なにも神通力といっても特別な能力や

あれへん、至極当たり前の能力、きれいな花をきれいだと感じる心、人をみて悲しんで

いるのか、喜んでいるのかを感じ取る心とて同じ事なんやで、シュウ。」


「は、はい。」


「せやから、辛いとは思たが、色々捨てなさいと言ったんや、長年いろいろな機械に取

り囲まれて、君は本来の持ち合わせた能力、気力、が、ぼやけてしまっていたんのとち

ゃうか?そんな行い続けておると" ダラ坊主 "になるんやで、いらんもん使わんよう

になったら徐々にと、戻ってくるんとちゃうやろか?」


まるで全てを見透かされているみたいだった、初老の住職の言葉には気取りも奢りも無く

、心にしみてゆく、親に同じ事を言われてもこうも素直には聞けなかっただろう。

でも聞いているのが精一杯だった、愕然とした、自信もプライドも音を発てて崩れてゆ

くようだった。


「少し、わかってほしいんや、ここでの意味合いを。」


「は、はい。」


「わかったら下がりなさい、それと午後、門徒を少し回らんならん用事があります、先輩

の” 唯善 "に運転させます、シュウは荷物持ちとして着いて来なさい。」


携帯を捨てたことだけではないが、少しづつ住職は教えてくれるようになった見たいだった。


季節は師走を目前としていた。



















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