表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

第5話 初 冬

 第5話



初 冬 



 こっちに来てすでに数ヶ月、暦は師走になろうとしていた。

いまだ寺とアパートの往復のほか、あまり外出らしい外出はしたことがない。

たまの休日は、備え付けの洗濯機で溜まった汚れ物を洗うことに忙殺され、洗濯が

少ない休日は掃除や、布団干、保存用の食材の確認、仕込みなどに費やされ、

余暇などを楽しむ余裕はなかった。

不在中に届いた東京からの荷物を、運送会社に引取りに行くことが、唯一町へと

出かける外出だった。


北陸、冬の訪れは早い、東京ではまだ長袖のポロシャツ程度で済んでいるのだろうが

こっちはすでに真冬の様相を呈している。

未明に張りかけたベランダに置いてあるバケツの水面も、寺へと向かう頃には

完全に氷が張ってしまう。

指先がちぎれるような冷たい水で雑巾を絞り、本堂伽藍の清掃。

早朝の作務はつらい、いまだ慣れていない、ただひたすら眠い。

ひび割れた指の痛さが、かろうじて眠さを打ち消す材料となっているのが現実だった。

ともすると体の動きが止まってしまう。

考えるからいけないのだ、苦しい、辛い、など思考の中で存在している。

考えなければ、苦しくない、辛くないのだ。

皮膚は裂け、血が滲み出そうと、息も絶え絶えに板の間を往復しようと、考えてはいけない。

無心で体を動かせばそのうち時間は過ぎ去り、作業も終わる。


 俺は進学できる立場にはあった、親が大学を反対したわけではない。

でも勉強が嫌いだから進学を避けるような道を選んだのだ。

誰に強制されたわけではない、自分で選択したのだ。

坊主の方がまだ楽だと思っていた。

だからこの境遇、誰も恨めない、ひたすら自分の無知を呪うしかなかった。

同級生は今頃大学で楽しくやっているんだろう、恨めしさを掻き消すほどの

悔しさがこみ上げてきている。

このままで良いのだろうか?世間から隔離され、やりたいことも出来ず、恋愛さえ

出来るわけなどない。

今浦島太郎になってしまったのだろうか。

修行を積み得度し、そして実家で僧となれたとしても、青年期のわずかな楽しい時間を

世間も知らぬまま、職業僧となりひらすら年を重ね老化して行ってしまうんだろうか?


他の道もあった筈だ。

バイトに明け暮れるフリーター?

専門学校?

立石のコンビニで一緒だったフリーターの谷塚さん、確か” 自分探し ”の旅

を続けるため、定職には就かないようなことを言っていた。

最初は格好良く思った、少し年上のチョイ悪な兄貴分、とても輝いて見えた。


親父に憧れの” 谷塚さん ”の話をした。


「いつから孤独な馬鹿男は旅をして自分を捜さなければ、ならなくなったんだよ?

シュウ!よくよく考えろ、30才前にまでなって” 自分 ”さえ見つけられない男には、

何も見つからないだろう、お前にはモテても女の人にはモテないだろう、お前は嫁さん

いらないのか?女は現実的だぞ、稼げない” 夢追い人 ”なんかには着いて行かないぞ、

自分の足元も見ないで、遠い先の成功ばかり夢見ているヤツにお前が憧れるのがわからん。」

「仕事で基礎力、財力をつけて夢に挑戦するヤツはいい、下働きも嫌がって実力も経験

も養成できない人間が成功するわけないだろう、それが格好いいのか?」


親父は” 谷塚さん ”を斬って捨てた。


親父の斬り捨てた言い方をよくよく考えてみた。

おおよそ" 谷塚さん ”と同じようなことを言っているバイトの先輩達の

言動を、注意深く記憶するようにした。


本当に旅をすると自分が見つかるのだろうか?

世間はそんな人間のために動いてはない、そんな自分だけに都合のいい職なんて

あるわけない。

世間に自分を合わせて行かなければならないのに、ニートといわれる人の大半は

(自分に合った職が見つからない)と言っていた。

経営者ではないのだ、雇われる意味合いも判らずに仕事を探す幼稚な労働力、

(それぞれ好き勝手に働かれたら、どんな会社だって潰れちまうぞ。)

谷塚さんを含めほとんどのこの手の人は同じだった。

下働きをしたくないヤツ、なるべく辛い事は人に押し付けるやつ、権限ばかり

欲しがり、同じバイト仲間でも上から顎で使おうとばかり考えているヤツ。

楽して金を稼げる仕事に就くことが” 自分探し ”と言っている様にしか

聞こえなくなった。


ニートに職がないのではなくて、働きたくない人の言い訳にしか思えなくなった。


去年までまさしく俺は高校生だった。

親に喰わせて貰っている極楽トンボそのものだったのだ。

ニートやフリーターの彼等と同じ考えだった。

いわゆる精神的ニートだったのだ。

でも寺へ来てひとつ解かりかけたことがある。

自分は、自分の中にしかいないのだ、外にはいない、まして旅先に有るわけがない。

どこかへ出掛けて自分を見つめ直す〜??。

そんな事云っている人間がチャンチャラ可笑しく見えてきた。

旅をして浪費して、綺麗な景色を見なければ?、色々な体験をしなければ?、

自分が見つからない?自分の能力不足、労働意欲から逃げているだけだろう。

そんなヤツは見つからないまま歳をとって棺桶の中さ、

やっと見つかるのは地獄か極楽浄土ぐらいだろう。


自分のために働くのは当たり前の無償行為であり、自分以外の誰かのために

働くから初めてお金がもらえる、人のために働くから人から金がもらえる

その金がはじめて自分のものになる。

自分のものになった金が自分のために使える。

こんな基本的なことさえ17年間わかっていなかった。


「本当の自分を見つけたければ、日頃の自分の生活態度から見直せ!」


兄弟子から最初に言われた一言だった。


掃除、洗濯、作務、勤行と、どれをとっても億劫がる自分がいた。

洗濯などは家で母親がやるものだと思っていた。

親も人間なのだ、俺も同じ人間だ、もし成人して人間でありたければ

平等に同じ事をしなくてはならない、それが大人なのだ、

こんな至極当たり前のことさえ知らなかった。

自分の身の回りの事を親にしてもらって犠牲の上に与えてもらった貴重な時間、

その時間や金を浪費した趣味さえ、没頭していなかった自分を認識した。

要するにだらしなさがマンネリ化して怠惰な生活を続けていたのだ。

生き方を奢っていた、甘えの極致が学生服を羽織っていた。


寺に来て時間配分さえろくに出来ない人間を、あらためて自覚させられた。

決め事を疎かにするから、引きづられて予定の計画が成り立っていなかった。


「ひとつひとつ、片付けてケジメをつけなさい、本当にやりたいこと、

しなければならないこと、” 心 ”整頓すれば自然と見えよう、それが己といふもの。」


住職からもそう言われた。


結局、本物の専門学校に通っていることに薄々気がついてきた。

でも坊主でいいのかな〜?




















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ