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第4話 キリーク

 第4話



 キリーク



 あの日もトメさんはいつもの公園で法螺話をしていた。

近頃気付いたことに、聴衆の中にお母さん達の姿が増えていた。

子供達は、またいつもの法螺か?と半分飽き飽きして遊具での遊びや携帯ゲーム機に興味

を移す子が多くなっていたが、井戸端会議よろしく子供をほったらかして駄弁りに夢中の

母親たちが不思議と”トメさん”の法螺話にひきつけられている。


「おばあちゃんの家に昔泥棒が入ってね、そんなに遅い夜ではなかったから、

まだ起きてたおばあちゃんは、家の中でその泥棒と出くわしちまった。」


「それでどうしたの、何か取られたの?」

小さな女の子が興味を示した。


「その泥棒はびっくりして大きなサーベルみたいな刀を抜いたのさ、

おばあちゃんもそりゃービックリしたけど咄嗟に手で掴んだ缶カラを

投げつけてやったのさ、」


「泥棒は斬りかかって来なかったの?」


「おばあちゃんの投げた缶カラの中にペンキが入っていたんだよ、

頭に”ゴチーン”と当たった缶から黒いペンキが出て、泥棒の頭から顔から、

全身真っ黒になってね、まさしく黒いお化けに変身さ、」


「それでどうなったの?」


「泥棒もペンキの逆襲を受けて慌ててね、取るものも取らずに

一目散に入ってきた窓から逃げ出したのさ、おばあちゃんは”待て〜”

って追っかけた、

泥棒は逃げる逃げる、立石の街中を縦横無尽に全力疾走するんだ、

でもおばあちゃんもその時は若かった、中川を越えて高砂駅でようやく

追いついたんだ、すると階段を上がりホームまで逃げ込んだ泥棒は

”急行成田行き”に飛び乗った、おばあちゃんも負けじと違う車両に

滑り込みさ、」


「車内で捕まえたの?おばあちゃん?」


「いや、車内で泥棒が暴れると他のお客さんに迷惑だろう、

だからどこかの駅で降りたら捕まえて、警察に引き渡して

やろうと思ったんだ、だからその黒い泥棒を見失わないように

見つめていたのさ、幸い遅い時間だからそんなにお客さんも

乗ってはいなかった、でもその泥棒を見ていたらだんだんと

黒さが増してきてね、とうとう全身真っ黒けの土人さ。」


「どこまで行ったの?その泥棒。」


「泥棒とおばあちゃんを乗せた電車はとうとう終点の京成成田駅

まで着いたんだ。車内で体力を回復した泥棒はドアが開いた瞬間

飛び出して、また一目散に走り出した。おばあちゃんも、また追っかけた。

夜も遅かったし、暗くてね、とうとうお寺の境内まで追っかけたところで

見失っちまった。」


「なんだよ、せっかくそこまで追っかけて駄目じゃん。」

小学3年生くらいの男の子が反応している。


「しょうがないから、本堂にお参りして帰ろうかと思った時、発見したのさ

そいつを・・・」


「いたの!!どこに?」


「本堂の真ん中にその刀を持ったまま、怒った顔で座ってたんだよ、真っ黒な顔で。」


母親の一人と見られる若い女が声を掛けた。

「アハハッ、おばあちゃん、それ、成田のお不動さんのことでしょう?」

一同から、どっと笑いが出た。


「大人はおだまり!」(なんだトメさん、読まれちまったぜ、今日の”オチ”)


そのあと少しシラケ気味な空気が流れた。

意味合いを理解できない小さな女の子は訝しい顔で云った。


「おばあちゃん、そのあとどうなったの?。」


「おじょうちゃん、だからね成田のお不動さんはおばあちゃんが黒くしてあげたのさ。」


「おばあちゃんが黒くしたのはわかったけど、あのね、そのあと泥棒さんはどうしたの?」


「おばあちゃんは、そいつに言ってやったのさ

(不動明王のくせに泥棒はいけないよ)ってね、

そしたらそいつが言うのさ、

(俺は何も取っていないぞ、泥棒とは言えないだろう)

ってね、たしかに取られたものは無かったんだけど、

(じゃあ、夜に人の家に勝手に上がりこんでどういった了見だい?)

って聞いたのさ、そしたらそいつは怒った顔で、

(戸締りが悪い家、家のみならず心に隙あり、いつのまにか”魔物”入り

家は崩壊せん、だらしなき習慣は身をほろぼす元とならん。)って言うのさ、」


「おばあちゃん、むずかしい言葉で、何言ってるのかわかんないよ。」


「みんなの家も戸締りや片付けはちゃんと出来ているかい?ってことさ、

いつも同じ時間、かならず留守にしている家を、泥棒や空き巣はちゃん

と知ってるよ、少しの時間だから大丈夫、なんて思って井戸端会議して

いる間に空き巣に入られた家が、今月葛飾区でも40軒はくだらないんだよ。

先月、図書館となりの鈴木さんちに空き巣が入って600万円金庫ごと持って

行かれちゃたんだよ、知ってるかい?。」


「えー、本当?おばあちゃんまた嘘じゃないだろうね?。」


ここまでのトメさんの話を聞いて、そそくさと公園から帰路につく主婦が数名いた。

空き巣狙いの事実を知っている大人は頷いていた。

なんだ、今日はちゃんと説教になってやがる。

でも、なんでこうも人を惹きつけられるんだろう?

話術?かなと思ってみたが、話力はそうでもないし、内容を思い出してみても

さして魅力を感じない程度の与太だ。

そうか、”間合い”だな、噺家と同じような独特の”間合い”がトメさんにはある。

なーるほど、と思った矢先


「シュウ、300円持ってきたか、あれからかなり経っちまったぞ、利息つけて

500円払え!秀道は何て言っていた?払えって言っただろう。」


「チエッ!!ほらよ、」

親父から言われていたこともあり、素直に五百円玉をトメさんに渡してみた、

小銭の価値よりも、払えばどうなるのか興味のほうが勝っていた。


「人間、素直が一番さ、ありがとよ、ま、礼を言う程の金額でもあるめーが。」


「なんだよ、トメさん、払ったんだからそりゃねーだろう、その言い草はよ。」


「ホー、言い草と来たかい?」


「あー、僅かな日数で金利70%近くってのは戴けないぜ、”釣り”くれよ。」


「”釣り”なんかねーよ、シュウ、領収書変わりに”これ”やる。」

トメさんは懐からドデカイ”がま口”を掴み出しパチンと口をあけた。

”がま口”の留め金部分は純金と思われ、凝った”G”マークが二つ重な

るように作られており、なんともへんてこりんなデザインだった。


「シュウ、この”がま口”ブランドメーカーで特別に誂えさせたんだ、

”ガマグッチ”っていうのさ、ハハハッ・・・・・・。」

いったいどこまで本気なのか冗談なのか判らない、得体の知れないババアだ。


「ほれ、これやる。でーじにしろ!。」

”ガマグッチ”からつまみ出した小さなペンダントトップ

楕円形の外観に真ん中に奇妙な文字が刻まれていた。

訝しい顔で見つめていると


「オメー読めっか?それ、その顔じゃ読めねーんだろ、梵字さ、梵字。

ま、読めるようだったら、大学さ行けるわな、」


「何だよ!こんな文字読めるわけねーだろう、小、中、高とこんな文字の

勉強は無かったぜ、」


「あのな、おめー、学校だけが勉強じゃねーさ、17年間も何生きてきたんだ、

自分に必要なもの知識は、自分で学ぶのさ、グータラに学校で時間つぶして

からに(どういう学校に入ったか?)かじゃねーぞ、

(どういう人間になったか。)が大切なんじゃねーのか?馬鹿シュウ!」


「ば、馬鹿はよけいだろう、ババア!」


「オッ、怒ったのかい?、じゃ、その読み方教えてやらねー、帰って秀道

にでも聞け!ヒヒヒッ〜。」


「な、何だよいったい。」

その後トメさんは俺に興味を失ったかのように一切口を聞かず公園から

帰っていった。


「親父、トメさんが領収書代わりだって、こんなもん寄越したぜ、お陰で

五百円ふんだくられてよ。」

親父はトメさんがくれたペンダントトップを俺の手から掴み一瞥すると


「キリーク」

といった。


「何それ、親父〜(キリーク)って言うの?」


「ああ、シュウ、この梵字はキリークと読む、サンスクリット発音であれば

キリハー、なんて言う人もいる、仏教では如来や菩薩を表す”種字”となっ

ているんだ、うちの宗派ではほとんど使わないが、確か十三仏の種字で

”キリーク”は阿弥陀如来や千手観音菩薩を表すと思う、きっとうちの本尊

が阿弥陀如来だから、それに併せてくれたんじゃないか?」


「ケッ、そんなのもどうでもいいけどな、俺には。」


「シュウ、おまえ大変なもの貰ったんだぞ、流石”トメさん”だな。」


「なんでだよ、親父、そんな大変なのか?これが?」


「あのな、シュウ、阿弥陀如来を表した”キリーク”だぞ〜、これ、

おまえこれから出家得度して、阿弥陀様の教えに帰依しようとする人間が、

阿弥陀様の分身キリークを粗末にできるのか?

それに、純金だぞこれ、重さからして10万じゃ買えないぞ。

とんでもないもの貰ったもんだ、きっとトメさんはお前の先行き読んで、

心配したんだろうよ、仏様に首輪掛けられた孫悟空のようなもんだよ。アハハッ」


「アハハッじゃねーよ、親父、これどうしよう?とんだ五百円だった。」


「貰っとけよ、トメさんと阿弥陀様がお前を守ってくれる、それが必要なくなれば

自然と、”僧”になれるのかもな〜?」

意味深な言い方であったが、親父はそれ以上俺と、とり合わなかった。


「キリーク」

心の中で反芻していた。

トメさんの不敵な笑顔が、頭に浮かんだ。















































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