第17話 同行二人
第17話
同行二人
説法士の言葉にしばらくの間うつむいて、ただただ涙を流していた深雪だった。
「あんた、もう”暖”は取れたか?」
説法の問いかけに”ハッ”として顔をあげた深雪は、そのあとに続いた言葉がまるで
判決を言い渡された死刑囚のように感じた。
「シュウさん、話は終わりや、門徒さんお帰りや、表通りまで送って差し上げなさい。」
「は?はい。」
俺はこの状況が今一つ呑み込めていなかったが、高僧である客僧の促しに深雪を振り向くと
深雪はゆっくりと立ち上がり、深々と一礼、玄関へと向かうのだった。
あまりにもつれない話の結末、悲惨な面持ちで立ち上がった女、苦しいだろう、惨めだろう。
可哀想に思えて仕方がなかった。
その深雪の背中にまた説法士の声が掛かった。
「あんた、夜道や気ーつけてな....それと...もう一人やないんやで、寂しい夜道も
あんたの隣にはな、あんたの手をしっかりと握ってくれている”阿弥陀さま”がおるんや、
2人して.....ゆっくりと歩いていくんやで。」
俺はこの人が措かれた現状を知ってしまったことに、漠然たる後悔の念が沸き起こってきていた。
知らなくて良い事は、知らない方が良い、人の不幸な境遇を知れば知るほど心が重くなる。
”知ってしまった”という”重み”を俺も背負わなくてはならなくなったということだろう。
この人が希望していた”家族義絶”という方法に説法士は賛成しなかった。
その”しなかった”側の人間として認識されている以上、同罪のような気がして後ろめたい。
深雪を先導する形で寺門を潜り、表通りとの境までたどり着いたとき、深雪はゆっくりと
振り返り、俺越しに寺に向かいまた深々と一礼をした。
その涙でひしゃげた薄笑いともつかぬ顔を見るのは辛く、そしてとても悲しかった。
「あ、あの、これ個人的なことですが貰って下さい。」
俺はトメさんからもらったキリークのペンダントを首から外し、深雪の手に渡した。
「寺には内緒にしておいて下さい、それ”キリーク”といいます、阿弥陀如来をあらわす
種字になっています、”お守り”として持っていましたが俺よりも、今のあなたに一番必
要なような気がします。」
「.....ありがとう。でも高価なものなんじゃないの?これ?」
「いえ、売り買いするのもではないですから、価値はわかりません、でも俺が持っている
よりも、今のあなたのちょっとでも心の救いになれば、幸いですから....。」
”キリーク”を渡しても謝辞以外は特に反応を示さなかった深雪は、再度一礼をして踵を
返した。
呆然と歩きだした深雪の背中に、俺は一心に合掌するしかなかった。
(阿弥陀様、もしいるなら、この人を救ってやってください。)
今、俺は心からそう思った、きっと俺にとって初めての宗教心と呼べるものなのかもしれない。
(トメさん、せっかく貰ったけど、今夜”キリーク”この人にあげたよ、いいだろう。)
夜道の電灯に照らされつつも遠ざかり、すでに小さくなりつつあるボロボロの女の背中。
なぜか、見えない阿弥陀如来がそばに寄り添っているようにも思えた。