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第16話 ニ河白道

 第16話


 二河白道


 「深雪さんと申したな、・・・・ええかよう聞きや。」

「ふー・・・。」

説法士は一度大きく溜息をついたかと思うと(おもむろ)に話し出した。


「あんた、その制度に任せるのはもう少し待って、とりあえず阿弥陀さんに

すべておまかせしたらええのちゃうか?」

「南無阿弥陀仏・・・南無はお任せします、”帰依”しますゆー意味や、

この寺どころかこの地に多く根付いている”教え”が”ナンマンダブ”や、

そ、これだけや・・・ナンマンダブ。」


深雪は訝しげに説法士に聞いた。

「阿弥陀様が私を救って下さるとでも言うのですか?」


「あんたの苦しみはわしかてわかる・・・せやけどな、現世に産み落とされた

以上、あんただけや無い、誰かて色んな苦しみ抱えて生きとるんや、生きる

言う事はそういう現世の”行”を積んでる思わなあかん、この宗派はもともと

厳しい戒律も無ければ修行も無いんや、写経かてせんし、経の読誦かて門徒には

求めん、生きてること自体が厳しい”修行”をしてると同じことやからや、

だから精一杯生きてる人、時間が無い人でもただの一言”ナンマンダブ”と唱え

れば阿弥陀様が救ってくださる。」


深雪は泣きながらも半分苦笑気味に

「この私を?こんな状態の私を、見えもしない阿弥陀様がどうやって?・・・・。」


「あんな~見えへんからこそ信じられるん違うか?

目に見えるものなど皆移ろってしまうんやで、

人、物、金、ひと時として同じ状態にとどまれてるものあるか?

万物の必滅は宇宙の絶対原則やろ、阿弥陀さん、お釈迦様、神様かて目の前にいつ

もいてみーや、いずれ思っていたものと違うもんになったりするかも知れん、

またそれを見る人のその時の心のあり方、見る角度によっても全然違うものにも

なったりする、見えるものを絶対的に信じられるほど人間は強くできてへん。

だからや、だから人間は見えないものにしか信心できひんのや、アッラーさん、

キリストさん、シバ神、お釈迦さん、アマテラスさんかてわしはこの目で見たこと

あれへん、でもどんな宗教でもその信仰を深めた人には、心の中にしっかりと

観えとるんちゃうか?」


「・・・・・」


「動けんでも家族なんとちゃうんか?、旦那にしろ義父、義母ともそりゃ突詰めれば

他人かもしれん、でも考えてみーや、もしやで、もしあんたに子供が出来とったら、

同じことでけるか?子供かてあんたの体から生まれてきたかも知れんけど、魂そのも

のは他人やで、最後まであんたと同舟と言うわけにはいかへんやろ。

タラレバの話でいまいち納得でけんかもしれんけど、もしあんたに今、三つ子が出来

たとしたら”大変や”といって放り出して逃げるんか?

逃げんやろな、そりゃ、自分の腹痛めた子たちやからな。

でもな、赤ん坊かて、今のあんたの家族かて同じとちゃうんかい?

しゃべれん、自分で食べれん、動けん、垂れ流し、いずれもほって置いたら死ぬわな。

どこがちゃうんや?

将来成長して手が掛からなくなるものは育てて、このまま変わりそうも無い者からは

逃げる。

その可愛い子供かていつ死んでしまうかもしれんのやで。

人間、誰も明日の保証なんかないんやで。

そんなことも解らんのが人間の愚かなところや。

人間生まれて、そして死んで行く、あたりまえの事なんやけどその死ぬまでの間に苦

しいことが多いんや、現に苦しんどるんやろ。

さっきも言ったけどな、生きていること自体が”行”と言えるんや。

死んだ人の死亡年月日を没年いうけど、死亡年齢は”行年”というんや。

浄土からこの世に”行”を積みにきて何年か”行”をしてまた浄土へ反って行くんやで。

生まれたての魂、赤ん坊が一番生命力としては高見にあると思うてみーや、

その高いところから年取るたびに坂を下り続けるのが人間や。

坂の終点は”死”や。

坂の文字をよう見てみ、”土”に”反る”という意味なんやで。」


 深雪は説法士の話を聞きながら、小さく何度も頷いていたがその顔には涙が流れ出し

てきていた。

半分心を決めて寺に来て手放しで制度のことを”賛成”してくれると思っていた。

こんなに苦労してきたんやから、”偉かったな”、”よく辛抱したな”と、高僧の口

から褒めてくれる言葉を期待していた。

噛み締める唇は震え、(うーうーっ)とうめきが漏れている。

なかなか納得ができないのだろう。


説法士は今度は少し厳しい口調で

「深雪さん、わしの言う事にはなんの拘束力もない、当たり前のことだが、法律では

ないんや・・・でも今あんたは人間いうものを再認識せないかん、今あんたはまさに

細く白い道をトボトボ歩いているんやで、道の右側には激流の河が、左側には炎の河

が押し寄せてる、その激流と炎とががぶつかり合って出来た細い細い白い道、

”二河白道”という”道”、誰しもが歩かなあかん道を歩いてんねん、

激流は”欲望””貪愛”、炎の河は”怒り””そねみ”を表してるんや、それらがぶつ

かり合って蒸発した僅かな善なる道を、バランスを取りながらどっちにも落ちんように

歩いてきたんや、戻ることなどでけへん、時間は戻せんからの・・・。」


「わたし、どうすればいいのですか・・・。」

深雪の眼差しは説法士に向け一瞬だか強い眼光を放ったかと思ったがすぐ、

失意を色濃く顔に反映させた。


「すぐ、家に戻りなさい、そうせなあかん、私からはそうとしか答えられん。」

「・・・・・・・・」

「でもな、あくまで従う、従えないはあんたの自由やで・・・。」










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