第13話 行けど野山の屍の如く その2
第13話
行けど野山の屍の如く その2
夏から秋への収穫期、本来農家としては一番楽しみな季節でなければならない。
しかし今の深雪にとっては熾烈極まりない季節だった。
自然は片時も待ってはくれない、収穫が遅れれば”実”りは通り過ぎ、腐ってしまう。
米とて同じである、出荷するに耐えない稲は破棄する以外に無い。
この極限の窮地に至ったのを知り富山から父親が手伝いに来ていた。
久しぶりの父だった、黙々と朝から手伝う男手、農家のプロであり今も現職の農夫。
実家の収穫さえおろそかにしても嫁ぎ先の窮状を見かねて来てくれた。
非常に助かった、有難かった。
痒いところによく気がついて、無駄が無い、手弁当で早朝から軽トラで駆けつけ夕方
には去って行く。
夕飯を奨めても絶対に受け付けない、娘に手を掛けさせたくないのだ。
少しでも楽をさせたいと、父親ながらの気遣いなのだろう。
彼も義父の義一と同様に、体力も年齢を重ね落ちているはずだ。
ただただ寡黙に手伝い続ける、無駄口は一切利かずその日の作業が終わると黙って帰
ってゆく。
慰めの言葉など不器用な口からは出ることも無い。
不用意な慰めなど、反って受ける者には辛く哀しいことを重々承知しているのだろう。
早朝から夕方までの過酷な作業で相当疲れているにも関らず一言も語らず帰って行く。
その背中に深雪はひたすら頭を下げるしかなかった。
その曲がってしまった小さな背中は、かつては深雪が幼い時おぶわれた大きくて、そし
て温かい背中だった、故郷そのものだった。
2週間で一通りの収穫がようやく終わろうとしていた。
親の手伝いがなければ到底やりきれなかっただろう。
手伝いの最後の日も寡黙に片付け作業をすませ、いつもどおり帰り支度をしている。
無償の”愛”なのだろう、親が娘にしてやれる精一杯のことなのだ、礼などされたくも
ない。
畔に停めた軽トラへ、疲れた体を隠すように小さく引きずる足、そのトボトボと歩き
去ろうとする背中に思わず深雪は声をかけた。
「お父ちゃん、ありがとう。こんなにしてもらっても、私なにも出来なくて・・・。」
「......」
「ありがとう、お父ちゃん。」
「......」
父親は立ち止まったが振り返る事はなかった。
しばらくその場で立ち止まると、小さく頷き、また軽トラへと歩み出した。
もちろん父親は深雪の顔を見たかったのだが、不覚にも流れた涙、その夕陽に染まった
男の泣顔を、今この場で娘に見せたくなかった。
父親は嗚咽しながら歩いていたのだ、それを娘に悟らせまいとしていた。
「お、俺が世話した縁談の所為で、娘はこんな目に逢っている、こんなむごい思いをさ
せた原因はすべて俺から始まっているんじゃないか?」
心の中の反芻はこの男を責め続けていた。声に出せない謝罪の言葉。気持ちが一杯だっ
た。
「深雪、ごめんよ、父さんは良かれと思ってこの縁談を・・・・ごめん・・・許して。」
夕焼けの中、父親が運転する軽トラは軽いエンジン音を立てて深雪の田から去っていった。
空には”赤トンボ”が暢気にも飛んでいた。