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リニカルリリカ  作者: 柚須 佳
第一章 ヒーレンヴィルナの人工精霊
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2.学内にあることが違和感なのです

「ところで、ハル君、図書館って、あの噴水広場の左側の建物でしたっけ?」

 私は、春のそよ風に小さな虹を作る、大学のシンボルの方を指差して尋ねました。

 実は大学へ入学したのが先月の半ばで、本格的な授業が始まったのが、今月の頭からなので、図書館には、まだ一度も行ったことがありませんでした。

「図書館? そうだね。じゃあ、僕も用事があるから一緒に行こうか」

「そうなのですか? それでは、お言葉に甘えて」

 私たちは、キャンパスのメインストリートを噴水広場へと向かい歩いて行きました。

 右手には講義棟が二棟並んでおり、ここは主に座学で使用するもので、私も既に何回かは利用しています。そして、左手には正門側から実験棟、幻子力研究所と続き、この幻子力研究所は立入禁止となっているようです。ええ、入り口の扉に大きく『関係者以外は立ち入りを禁ず』と書いてあるのですから、間違いありません。


「ねえ、ハル君、そういえば、なんで幻子力研究所が大学の敷地内にあるのでしょうか? 入学したときから気になっていたんですよね? あっ! というより、これはオークにあった、あの幻子力研究所と同じものでしょうか?」

 並んで歩くハル君に問いかけてみました。

「違和感があります。なんでですかね?」

「おっ! なんだか久しぶりだね! ルリちゃんのその仕草」

 どうやら私は違和感を覚えると人差し指を口元に当てる癖があるみたいです。

「えっ、そうですか?」

 ハル君は、首だけをこちらに向けています。

「そうだねぇ、最後に見たのは、村での『クネニのジャム事件』のときだっけ?」

「わあっ、それは懐かしいですね!」

 私は、思わず、一昨年の『クネニのジャム事件』の事を思い出していました。

 あの時は、私の空間風景幻象術の特技が役立ちまして、それは誇らしかったと記憶しています。ああ、本当に懐かしい……。


「いやいや、そうじゃなくてですね……、あの……、ハル君、聞いてますか? 幻子力研究所、なんで、ここにあるのですか?」

「ああ、これかい、元々はここも大学の第二実験棟だったんだけどねぇ、昨年、ソリンダム・ブーケメリク主任が、オークの研究所で、ホロエンジンじゃなくて、幻導力機関って言った方が分かり易いかな? 蒸気機関の幻導力版みたいなやつ、その再実験を行ったらしくてさ。それの追加研究と実証実験のために、この大学の施設を借り上げたらしい」

 ハル君はそう言うと、レンガ作りの実験棟の二階の窓を追っていました。

「そうなのですね。では、やはりオークの……」

 私もつられて、二階の窓を見てしまいました。

「そうなるねぇ。オークが半島を統一してまだ間もないというのに、なかなか手の早いこったぁ」

 確かにそうですね。まだ一年ちょっとなのです。

 我が? と言って良いのか分かりませんが……、北方のオーク王国が半島を統一したのはちょうど一年前なのです。

 世間では、一応のところ『統一』と言っていますが、私から見れば、いや誰の目から見てもですが……、それは偶然の産物に過ぎません。成り行きというか……、簡単に言ってしまえば、漁夫の利ですね。

 ヴォーアム王国の王子が、ユガレス王国のフッカ王を暗殺、いえ爆破テロで市庁舎もろとも吹き飛ばした事がきっかけで、半島の情勢が一変してしまいました。

 ユガレス王国は指導者たる王を失った事により、内政が悪化し、その助力をオーク王国に求めたようです。そして、ヴォーアム王国は、王子がテロ事件の首謀者だったため、その権威は一夜にして失墜してしまいました。さらに、時を同じくして流行り病が発生し、ヴォーアム王国は殆ど自滅という形で終焉を迎え、オーク王国に吸収されてしまいました。

 ユガレス王国、ヴォーアム王国の名は、今でも残っていますが、それは、オークのクリニカ王の慈悲であり、また敬意の現れとも言われています。

 とは言うものの、ユガレス王国、ヴォーアム王国には既に王の存在はなく、今は市民から選出された王長、即ち王国の長としての実務権限を与えられた者による自治が行われているのが実情です。

 これは、民主的と言われれば、聞こえは良いのですが……、その実は放置であり、オーク王国としては、このオボステム市を中心に、新都の建設を行う事に力を入れているようです。


「ほら、そこが図書館ね。うーん……、ルリちゃん、聞いているかい?」

 あれ? ハル君の声が聞こえます。

「相変わらずだねぇ、そのボーっと歩く癖も直した方が良いと思うよぉ」

 前を行くハル君が人差し指を立てて振り向いています。

「あっ、ごめんなさい。なんでしたっけ?」

 あれ? 本当にごめんなさい……、ハル君も少し呆れ顔ですね。

「図書館のこと? それとも、幻子力研究所のことかな?」

 そうでした。図書館に行くのでした……、いや、でも……、幻子力研究所に違和感があったのも事実なのです。ううん……、でも今は我慢ですね。授業を優先することの方が学生としては正しいはずですから。

「では、まずは図書館ですね。一限目で使う『イソダムの所業』に目を通しておかないとです」

「そうかい、じゃあ、僕はもう行くよ」

 ハル君は図書館を横目に歩き出しました。

「えっ? ハル君も図書館じゃないのですか?」

「いや、違うよ」

「だって、さっき、用事があるって?」

「ああ、僕はこっち、大講堂でソリン主任の発表を手伝わないとねぇ」

 ハル君は、そう言うと、噴水の脇をすり抜けて、大講堂の中へ消えていきました。


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