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はなきん  作者: 睦月 巴
2/3

バーとシメパフェ

 今日は課長が行きたい店があるんだと言って私をその店に案内してくれた。

「ここだよ」

 にこやかに指さす先にはおしゃれなバーがあった。

 バーにはあまり来たことがない。何故って高いイメージがあるから。

 お酒は好きだけど、そんなに詳しくもないし、安いお酒で満足できる。

 だからわざわざ高いお酒を飲もうとは思わない。

 まあ、今日はお誘いいただいたのだから文句は言わない。

 高いのならその分、味に期待しよう。


 少し重そうな扉を課長が開き、私に先に入るよう促してきた。

 私は会釈してから中に入った。

 そこは落ち着いた雰囲気でカウンター席とテーブル席があった。

 バーといっても少し気軽に入れるようなところらしく、若めの人も多かった。というより、若い女性が客層の大半を占めていた。

 ああ、これは課長一人では来にくかったんでしょうね。

「テーブル席は全部埋まっているみたいだね。カウンターでも大丈夫?」

 確認してくる課長に大丈夫と答えると二人でカウンター席に向かった。

 カウンターの中にはバーテンダーがいてシェイカーを振っている。

 私たちに気付いたようで「いらっしゃいませ」と微笑みながら迎えられた。

 カクテルを作り終わると私たちにメニューを渡してくれた。

 ずらりとお酒の名前が並ぶ。さすがに詳しくないから何を頼んだらいいのか分からない。

 ちらりと横目で課長を見ると課長は私の目線に気付いたようだった。

「会社の子たちがね、ここのお店がおすすめって言っていてね。是非とも食べてみたいものがあったんだよ」

「そうなんですか? じゃあ、今日は食べるのがメインですか?」

「もちろんお酒も美味しいって聞いているから飲むよ。ただ、おすすめって言われたらやっぱり食べてみたいからね」

 にっこりと微笑んでから課長は再びメニューに目を落とす。

 私もメニューに目を通すが、お酒がなかなか決まらない。

 う~んと悩んでいると、バーテンダーが声をかけてきた。

「お悩みですか?」

「ええ、お酒は飲むんですが、あまり詳しくなくて、どういったものがいいのかと思いまして」

「でしたら、お好みを教えていただきましたら、それに沿ったものをお作り致します」

「じゃあ、すっきりした飲み味のものをお願いしていいですか?」

 私の曖昧過ぎる注文にバーテンダーは「かしこまりました」とだけ言って、カクテルを作り始めた。

 さて、料理は何にしようとメニューに再び目を落とすと良さげなものを見つけた。

 私が食べたいものを決めたあたりに、課長はすでに決めていたのか注文し始めていた。

 ついでにと言わんばかりに私も注文した。

 しばらく経って、目の前に出されたのは最初に頼んだカクテルだった。

 淡いブルーが綺麗な一杯だ。

 課長もカクテルを頼んでいたようで、オレンジ色の鮮やかなカクテルが運ばれていた。

「綺麗な色ですね」

「本当にカクテルって綺麗だよね」

 課長は私に同意するように、にこやかに返してきた。

 料理は運ばれていないが先に乾杯してからカクテルに口をつける。

 注文した通り、すっきりしていて飲みやすい。

 これなら食事にも合っていただろうが、私は食べ物以外にも白ワインをグラスで頼んでいた。

 少しずつ飲みながらカクテルを楽しんでいると、ほどなくして料理が運ばれてきた。

 ぐつぐつと音を立てる油の中にエビやイモ、野菜がごろごろと入っている。

 スキレットに入れられて運ばれてきたアヒージョにはカットされたバケットも添えられている。

 オリーブオイルの香りと熱せられた油の音、見るからに美味しそうな見た目。

全てが私の食欲を刺激する。

食べたいが、さすがに課長の料理が運ばれていないのなら手を付けるのは気が引ける。

ちらりと横目で課長を見ると、私のところに運ばれてきた大きさと同じ大きさのスキレットにいろんな具材が入れられている。

その近くには店員が大きなチーズの塊を持って立っており、チーズの切り口は熱せられていてグツグツといっている。

店員がそのチーズを傾け、表面を削ぐ。するとたっぷりのチーズがとろりとスキレットの中に落ちていく。

チーズの焦げる匂いが鼻をくすぐる。思わずゴクリと喉が鳴る。

「課長はラクレットチーズにしたんですね」

「うん、阿南さんはアヒージョ? そっちも美味しそうだね」

「ええ、メニューを見て美味しそうだと思ったので……。課長も一口いりますか?」

「いいの? 阿南さんもこっちのもいる?」

「頂けるのでしたらもらいます」

 そりゃ、いるか聞かれたらそんな美味しそうなもの断るわけがない。

 そんな話をしていたら店員が取り皿を持ってきてくれた。

 お礼を言うと、それぞれ取り皿に入れてお互いに渡した。

 スキレットの中はなかなか冷めないが、取り皿だとすぐに冷めてしまう。

 冷めないうちに私はチーズのたっぷりかかったジャガイモを口に放り込む。

 アツアツのチーズにホクホクのジャガイモは最高の組み合わせだ。

 熱くなった口の中を冷ますように白ワインを口に含む。

 最高すぎる。チーズとワインの風味が口の中いっぱいに広がる。

「ん~。美味しい~」

「それは良かった。でも熱くない? よく食べれるね」

 課長は食べるにも悪戦苦闘しているようで苦笑いをしていた。

「熱いものは熱いうちに食べないともったいないじゃないですか。世の中には食べる前に写真を撮って、せっかくの出来立てを逃してから食べている人もいますけど、私は出来立てアツアツを楽しみたいんです」

 私は取り皿についたチーズを器用にフォークで取り、綺麗に平らげた。

「中には写真だけ取って満足って人もいるからねぇ。さすがにあれはどうかと思うね。ただ、食べたくてもこれはなかなか……」

 ふうふうと息を吹きかけてから少し口を近づけるが、ビクリとしてすぐに離す。課長はそれを何回も繰り返して、少しチーズが固くなってきたあたりにようやく一口目にありつけた。

「ああ、美味しいね」

 だいぶと冷めたであろうそれでも、課長には熱かったようで、少し目の端に涙が浮かんでいた。

 私は自分の分が冷めるのが嫌だったので、アヒージョに手を付け始めた。

 アヒージョはまだグツグツと音を立てていた。

 オリーブオイルに浸かっていたエビをフォークで刺し、口に運ぶ。

 熱くてハフハフいいながらも、弾力のあるエビに歯を立てる。じゅわりとオリーブオイルとエビの風味が口いっぱいに広がる。

 ぷりぷりのエビがなんとも触感がいい。

 口の中からエビがいなくなるとすかさずまた次を口に運ぶ。

 ああ、アツアツを頬張れるなんてすごく贅沢だ。そんな横では冷めつつあるラクレットチーズと課長が格闘していた。


 私の方は後はバケットを残すところとなった頃に、課長はやっと美味しそうにラクレットチーズを美味しそうに頬張れるようになっていた。

「本当に熱いのだめなんですね」

 バケットを残ったオリーブオイルに浸しながら言うと、課長は気恥ずかしげな顔で笑った。

「いや~、どうしても猫舌でね。阿南さんは熱いの平気なんだね」

「ええ、平気というより好きですね。たこ焼きとかラーメンとかもアツアツで食べますよ。冷めたのなんて許せないです」

「あはは、自分には到底食べられないや」

 まあ、猫舌にとっちゃ苦行か罰ゲームでしかないわよね。

「なんか、こうも違うのに一緒に飲みに行ってるのってなんか不思議だよね」

 課長はしみじみと言う。確かに性格も年齢も違う、同じところなんて同じ部署で働いているということくらいだ。取り合わせとしてはかなり不思議だろう。

「…課長とこうして一緒に飲むようになった最初の日も私、こういう女性客の多いおしゃれな店で最初飲んでたんですよ」

「えっ、そうなの? じゃあ、あの時は二軒目だったんだ」

「ええ、一軒目は何というか私には合わなかったんです。お客さんは大半が女性だから入りやすいだろうと思って入ったんですけどね。殆どが食べ物とかの写真を撮って食べずに結局残してる人が多くて、見てて嫌だったんです。美味しいもののはずなのに見栄えの為だけの料理になって、それを店のお客さんのほとんどがしているのが本当に嫌で。だから、一杯だけ飲んでそのお店を出て二軒目に行ったんです」

 冷めきった料理も撮り終わってずっとおしゃべりしている人も見ていて食欲を失わせた。

 店を出てどこに行こうと思って悩んでいたら、店内は男の人ばかりだけどすごく暖かそうな雰囲気の店でふらりと入っていった。

 女一人でなんて気まずいと思っていたらどこかで見たことのある人を見つけた。それが課長だった。

 そこで一緒に飲むことになって、そしたらそれから予定が合えば金曜は一緒に飲みに行くようになった。

 一緒に飲みに行くようになってからはもう一年近く経つ。早いものだ。

「あの時、すでに飲んでたのに僕とも結構飲んでなかったっけ?」

 思い出してしみじみとしていたら課長がそう聞いてきた。

「まあ、私の場合ザルなんで」

 ザルを通り越してワクなんじゃないかってくらいに飲んでいる気はするけど……。

「じゃあ、今日もまだまだ飲めそうなんだ?」

「ええ、飲めますよ」

 何を当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりにそう返すと課長はにっこりと笑った。一体何なんだ?

 課長はいつの間にか自分が注文していた物を完食していたが、何か注文するような雰囲気ではなかった。

「じゃあ、もう一軒行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「ええ、いいですけど……」

 私も食べ終わっていたし、お酒も飲み切っていたから次のお店だろうが、ここのお店で引き続き頼もうが構わなかった。

 行きたい店があるというなら付き合おう。

 今日は割り勘らしく、課長がいつの間にか先に支払ってくれていた。

「私の分、いつ渡しましょう?」

「もう一軒行ってからでいいよ。まとめての方が楽だし」

 課長のその言葉に私はおとなしく従った。


 店を出て、しばらく歩いていると目的地に着いたようだった。

 これまたおしゃれな外観の店に着いた。

「ここだよ。ここもね、会社の子におすすめって聞いたんだ」

 ニコニコしながら課長は店の中に入っていく。

 店の中には案外男性客もいた。だが、課長の年齢層の人は少ないようだ。

 店内に入ると店員が席まで案内してくれた。

 メニューを見るとおしゃれで色鮮やかなパフェの写真が載っていた。

「……甘いものですか?」

「甘いものだけじゃないよ。ほら見て」

 課長の指の示す方を見るとお酒のパフェがあった。

 確かに甘いだけではなさそうだが、パフェには違いなかった。

「……もしかして、甘いのとか嫌いだった?」

 配慮不足だっただろうかと顔に書いている課長に対し、私は首を横に振った。

「嫌いではないんですけど、あまり食べないので……。パフェなんて最後に食べたのはいつだったんだろうと思いまして」

 もう何年というか十何年は前じゃないだろうか。

「それは僕もだよ。なんか大人になると余計に食べる機会が減った気がするよ。子供のころだって滅多なことじゃ食べさせてもらえなかったのに、大人になると周りの目が気になってね……」

 課長は最後の方少し寂しそうな顔をした。

「今日は食べられるんですし、いいんじゃないですか? 好きなものは年齢に関係なく好きなんですし」

「阿南さんは何が好き?」

 何が好きと問われてすぐに出てくるのはお酒くらいだ。他に何かあるのだろうか?

「お酒以外すぐには思いつかないです」

 私がそう答えると、阿南さんらしいやと返された。

「そういう課長は甘いものがお好きなんですか?」

 お酒は一緒に飲みに行くが、考えてみたらお互いの食の好みはあまり知らない。

「実は甘いものは大好きなんだ。でも、こんなおじさんだからなかなか言えなくてね」

 課長は少し困ったような照れたような顔をした。

「先ほども言いましたけど、好きなものに年齢は関係ないですよ。まあ、まあ、私の好きなお酒は二十歳以上限定ですけどね」

「確かにね。で、どれを食べる?」

 ずらりと並ぶメニューから私はお酒のパフェのところを見る。

 そこで私の目を引いたのがワインのパフェだった。小さな説明書きにはワインのゼリーとソルベのパフェと書いてある。載っている写真の彩りも綺麗だ。

「私はこのワインのパフェにしようと思います」

 指さしながら伝えると課長が店員を呼んだ。

 店員が来ると課長が注文した。

「何を頼むか教えていただいたら私が注文しましたよ?」

「ふふ、ここは会社でもないし、仕事の一環でもないから気を使わなくて大丈夫だよ」

 私は課長より年が断然若い。そのうえ課長は上司だ。会社での行事だったら年下が自ら動くのが当たり前の感覚になっている私には少し居心地が悪かった。

 それが表情に出ていたのか課長は小さく笑った。

「女性の手を煩わせるのは男として不甲斐なさを感じるからね。だからこういう時くらいはね」

 課長はたまにこうして紳士的になる。というか、こっちの方が素のようだ。

 女性には基本的に優しい。なのに、結婚もせず、誰かに気のある素振りもない。つくづくおかしな人だ。

 私の視線をどう思ったのか、課長は苦笑いだった。

 注文の品が来るまではまったりとだべっていた。

 しばらくするとパフェが運ばれてきた。

 ワインのパフェと言われ、私は小さく手を挙げ、返事をした。

 すると想像したより少し大きめのパフェが目の前に置かれた。

 ちらりと課長の方を見ると私のより断然大きなパフェが置かれた。

「……課長のは何パフェですか?」

 イチゴとベリーが載っているのは分かる。ソースもベリーだろうか? 赤いソースが白いクリームの上にたっぷりかかっている。

「季節のフルーツのパフェだよ。美味しそうだね。早速いただこうか」

 早くしないと溶けてしまうよと言われ、私も食べ始めた。

 ワインのソルベが乗っていると書いてあったが、色は白く、ぱっと見は普通のソルベだ。

 それを口に運ぶとワインの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。後味はすっきりしていて食べやすい。それでいて、アルコールはしっかりと感じられる。

 ひんやりとしていて、さっきまで熱いものを食べていたせいか、つい食べ過ぎてしまいそうだ。

 下の方にあるまさにワイン色のゼリーを掬うと柔らかいのか少しスプーンから零れてしまった。

 少し慌てながら口に運ぶとつるっとしていながら、少しジュレのような感覚に近く、面白い食感だ。

 ゼリーはソルベよりワインを強く感じた。ワインの香りが強く、アルコール感もしっかりある。

 お酒を飲んでいないのに、お酒を飲んでいるような感覚になる。

 癖になりそうなパフェを味わいながらも完食した。

 ふと顔を上げると課長の方が先に完食していたようでこちらを見ていた。

 あんなに大きなパフェをぺろりと平らげるとは……。

「阿南さんはどうだった? 僕はシメパフェというのは初めてだったけど、満足いくものだったよ」

「そうですね、私も満足しましたよ。ワインのパフェは初めて食べましたから」

「それは良かった。いくら男性客もいる店とはいえ一人では入りにくかったから、付き合わせてしまったけど、気に入るものではなかったら申し訳なかったからね」

 私の回答に満足そうに頷きながら課長はそう言った。

「別に甘いものも嫌いではないので、おっしゃっていただければいつでも付き合いますよ」

「本当かい? それはありがたいねぇ」

 にこやかな課長は本当に甘いものが好きなんだと思った。

「まあ、今日はこのくらいでお開きにしようか」

 課長のその言葉で今日は解散となった。もちろん今日は割り勘なので、その分はきっちりと支払った。

 普段一人だと食べないようなものでも、他の人と一緒だとこうして食べられる。

 新地開拓と言えばいいのか、これはこれでなかなか楽しいものがある。

 ああ、また次の花金が待ち遠しい!

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