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はなきん  作者: 睦月 巴
1/3

居酒屋

 どこにでもあるような居酒屋。

 大半が中高年の男性客で占める店内。タバコとアルコールの臭いが混ざる。

 そんな中にアラサーの私と四十代の男性上司が入店する。

「お二人ですか?」

 私たちに気付いて明るく店員が話しかけてくる。

「席は同じでいいんですけど、注文とかはバラバラに取ってもらいたいんですけどできますか?」

 店員は少し戸惑ったような顔をしたが、お会計だけ別ってことでいいですか?と聞いてきたので、それでお願いしますとだけ答えた。


 席にはすぐに通された。

 おしぼりとお冷を出され、私はメニューに目を落とす。

「今日は割とがっつり頼むつもりなんで、あんまり気にしないでくださいね」

 私はそれだけを言うとメニューの端から端まで目を通した。

「じゃあ、こっちはこっちで頼まさせてもらおうかな」

 垂れ下がった目をして、柔和な声を響かせ、目の前の男性は店員を呼んだ。

 そして、生ビールと枝豆、たこわさを頼んでいた。

 なかなかいいチョイスだ。

 いつもならそれでもいいけど、そんな軽いものじゃ満足できない。

 メニューを眺めていた私も頼むものを決めた。

「すみませーん!」

 割と大きめな声で呼ぶ。そうじゃないと案外店内は騒がしく、店員は来てくれない。

 お待たせしました。と言って店員が私の注文を取る体制に入る。

「生ビールと焼き鳥盛り合わせ、それから――」

 メニューを指さしながら数種類の品物の名前を挙げていく。

 店員は大慌てで注文を書き込んでいく。申し訳ないけど、今日はがっつり頼むよ。

 ひとしきり注文し終わると、店員は確認で繰り返し私の注文を挙げていく。

 うなずきながら聞き、すべてそろっていることを確認する。

「以上でお間違いないでしょうか?」

「はい。それでお願いします」

 私がそういうと厨房の方に店員は走っていく。

 ごめんよ。目の前の男性より、私の方がめちゃくちゃ注文してるもんね。

 申し訳ないと思う反面、割と早く出来上がるであろう料理に思いをはせる。

「今日はえらく頼むね~」

 ニコニコとしながら自分の手をおしぼりで拭くのは、私の上司にあたる羽鳥課長だ。

「もともと今日はがっつり頼むつもりだって言ったじゃないですか」

 そっけなく返すのは私、阿南由紀だ。もう三十を目前にしたただのOLだ。

 低めの位置でひとまとめにひた髪も疲れてクマのできた目元もきっと年齢より老けて見えるだろう。

 だからと言って、今更おしゃれをする気はない。


 ガサガサと自分のカバンをあさり、バレッタを取り出す。

 それを使って後ろに下がっている髪を上にあげて留める。

「阿南さんってたまに仕事の時もそうするよね。なんか気合入っているときは特に。女の人って仕事終わると髪下ろす人いるけど、下ろさないんだね」

「今からがっつり食事しようと思ったら髪なんて邪魔じゃないですか」

 そう答えてから私もおしぼりで手を拭いた。


 そんなに経たず課長が注文したものが来た。

 そして、少し遅れて私が頼んだビールと塩だれキャベツが来た。

 さすが居酒屋。簡単なメニューは割と早く来るわね。

「阿南さんの方はまだそろってないみたいだけど……」

「食べてたら来るでしょうから大丈夫です」

 というか、待っていられない。

 だって、目の前でビールが私を誘惑しているんだもん。

「じゃあ、今週もお疲れさまでした」

 そう言いながら課長がジョッキを持ち上げる。

 少し下に重なるよう私もジョッキを持ち上げる。

「お疲れ様です」

 真っ白な泡と琥珀色の液体が揺れる。

 もう辛抱できず、空きっ腹とか関係なく口をつける。

 ゴクゴクと音を立てながら喉越しを楽しむ。

「あ~、美味しい~!」

 もう至極としか言いようがない。

「美味しそうに飲むね~」

 そう言いながら課長はたこわさを突きながらビールを飲む。

「今週もしっかり働いたご褒美ですもん。美味しいに決まってるじゃないですか」

 上機嫌で答えながら私はキャベツをつまむ。このパリパリとした触感がたまらない。


 ちびちび食べていたら他に頼んだものも次々運ばれてきた。

「すいません。ビールお替りお願いします」

 少しペースが速いかもしれないけど、メインに手を付ける前にビールをお替りした。

 するとビールはほどなく運ばれてきた。

 早速メインの焼き鳥に手を伸ばす。

 串に刺さったままの鶏肉にかぶりつく。

 プリっとした歯ごたえ、じゅわりと口の中に広がる肉汁。アツアツの口の中に冷たいビールをクーっと流し込む。

「あ゛~、んま~」

 おっさん顔負けの低い声で言うと、くすくすと笑い声が聞こえてくる。

「本当に美味しそうに食べるね~」

 ニコニコしながら枝豆をつまむ課長はほんのり頬が赤くなっている。

「すみませんね。行儀が悪くて」

 焼き鳥も本当は串から外した方がいいんだろうけど、肉汁がもったいない。

「いやいや、いいと思うよ。美味しいものは美味しく食べないとね」

 少し酔ってきているのか課長は若干首が座っていないような感じで頭が動いている。

 貴方、まだそんなに飲んでないでしょうに……。

「……なんかありました?」

 無視して食べ続けてもよかったんだけど、この酔い方は何かあった時の酔い方だ。放っておくのは後が面倒だ。

「聞いてくれるかい?」

「聞きますよ」

 そう私が言うと勢いよく話し始めた。

 時々頷きながらも私は食べる手を止めない。

 やっぱり焼き鳥はたれも塩も美味しい。


 課長の話をまとめるとこうだ。

 昼に昨夜放送されていた音楽番組の話を若めの子たちとしていたそうだ。

 すると、最近の曲は全然わからず、昔の曲も流れていたよねと言ったら、「昔の曲って知らないからそこのところだけ聞いてないんです~」と言われて、ショックを受けたということだった。

 まあ、年齢差があるから仕方ないものね。

 私の場合、年齢の割に昔の曲をよく聞くせいで同年代からは年齢詐称しているとかよく言われる。

 ショックを受けるくらいならそんな話題しなきゃいいのにとは思うけど、コミュニケーション取ろうと思ったらいろんな話題振らないといけないもんね。

 役職がつくとほんと大変ね。


 課長の話を聞きながら私はビールを何回かお替りしていた。

 私が注文する時に課長もついでにと色々頼んでいた。さすがに最初に頼んだものだけじゃ、おなか膨れないものね。


「…別に若い子と話が合わなくてもいいんじゃないですか?

 年齢差によるずれなんて埋められないんですから」

 そう言いながら私はビールをあおった。

「でもねぇ~、色々話さないと社会に置いて行かれそうなんだよね~。

 流行なんてホントに分からないし」

 課長は眉を下げながら少し困ったように笑った。

「それでも、自分の好きなものは好きなものなんだから話の合う人と話せばいいでしょ? 昭和歌謡くらいなら私も話には付き合えますよ?」

 頬杖を突きながらそう言うと、課長は目を輝かした。

「阿南さんはそう言えば平成ポップスより昭和歌謡の方が詳しいんだっけ?」

「詳しいって程ではないですけど、聞きますよ?」

 別に平成の曲が嫌いなわけではないから聞くし、昭和の曲だって聞く。ただ、本当に最近の曲は分かんない。どれを聞いても似たように聞こえる時点で、興味がわかない。

 私がちびちびとビールを飲んでいると課長は楽しそうに昭和のあの曲は良くてといった話を始めた。

 昼に若い子に聞いてもらえなくて誰かと語りたかったんだろうな。


「やっぱり、あの人の××って曲は――」

「その人だったら、○○の方が私は好きですけどね」

「ああ、その曲もいいよね!」

 私が反応を返すと嬉々として話し出す課長は目が輝いていた。

 消化不良だったわけね。

 しばらく話に付き合うと課長は満足したようだった。

「阿南さんは愚痴とかないの?」

 課長のその言葉に片眉がピクリと上がる。

 持っていたジョッキをドンっと置くと、課長の肩が跳ねた。

「嫌なことなんかいくらでもありますよ。ええ、沢山ありますとも。新人の尻拭いしたり、上司から仕事押し付けられたり、同僚から嫌みのごとく色々言われたら愚痴なんていくらでもありますとも」

 にっこりと笑いながら言うが、きっと目の奥は笑っていなかっただろう。

「それでも、愚痴愚痴言うつもりはないですよ。金曜日はその週の嫌なことも何もかも忘れて好きなだけお酒飲んで、食べてってするって決めてるんです。お酒はやっぱりおいしい肴で飲む方がいいじゃないですか。グダグダ言っても過ぎたことは変わらないし、課長に愚痴ったところで、本人に言わないと改善はしないだろうし。そんなんで、文句垂れてもお酒がまずくなるだけじゃないですか。だったら私は楽しい話題でおいしいお酒が飲みたいです」

 そう言って、置いたジョッキを再び持ちグイっとビールを飲み干した。

「さあ、時間もそろそろいい時間ですし、お開きにしませんか?」

「ああ、もうこんな時間だったんだね。そうだね、今日はもうお開きにしようか」

 腕時計に目を落として課長はそう返した。

「帰る前にお手洗い行ってきます」

 私がそういって立ち上がろうとすると自分も…と課長が言った。

 居酒屋のトイレはそんなに数もない。それに二人いっぺんに行くと荷物番がいなくなる。

 私は大きくため息をつき、課長の方を向く。

「「最初はグー、じゃんけんポン!」」

 いい年の大人が何をしているんだと思いながらじゃんけんで順番を決める。もう、恒例行事のようになっている。

 今回は私の勝ち。

「じゃあ、先に行ってきますね」

 それだけを言うとさっさとトイレに向かった。


 トイレを済まして、手を洗うと鏡にほんのり赤くなった顔が映る。さすがに飲みすぎたようだ。

 手を拭きながら席に戻ると課長が背広を着るのに苦戦していた。

 脱ぐときは酔っていないから簡単だっただろうけど、酔うとこれほどまでに不器用になるのかというほど着れていない。

 後ろから近づき、背広を着せるのを手伝う。

 驚いて振り返る課長に「戻りましたので、お手洗いどうぞ」というと、酔いのまわった課長がふにゃりと笑い、行ってきますと告げた。

 トイレに向かう課長は完全に千鳥足だ。


 課長を見送った後、私はお冷を一杯飲みほし、ジャケットを羽織った。

 少し酔ったせいか少し熱く、ボタンを留める気になれない。みっともないかもしれないが勘弁してほしい。

 それほど経たず課長が戻ってきた。

「じゃあ、お会計して出ましょうか」

 私はそう言うと自分の分のお会計に向かった。

 今回は注文をそれぞれで聞いてもらっていたので、各自で払う。同じくらいの量の時やシェアするときは割り勘だ。

 課長の場合、それで文句を言う人ではないから楽だ。

 自分が払ってあげると上から目線の男や自分後輩なんで奢ってくれますよねっていうスタンスの奴は本当にイラっとする。

 私も課長も独身で一人暮らしだから自分の稼いだ金をどう使おうと文句を言う人はいない。


 こうして金曜日に自分の好きなように飲み食いができるのって本当に幸せ。

 二人それぞれ会計を済ませて外に出る。

 風が頬をなぜる。火照った頬が少し冷める。

「いや~、今日も長くまでごめんね。電車、大丈夫?」

「大丈夫です。終電までは余裕ですし、ここからなら三十分くらいで帰れるので」

 一年ほど前までは実家暮らしで、片道二時間くらいかかっていたが、今は会社まで三十分くらいで通えるところに住んでいる。

 まあ、母親にいい加減三十近いんだから出て行けと言われ、追い出されたも同然だったんだが……。

 今は自由気ままに過ごせているから一人暮らしも悪くはないんだけどね。

 課長も一人暮らしで、会社に程違いところに住んでいるらしい。

 課長もいい年だけど結婚していない。周りからはいろんな噂が流れて、同性愛者ではというのもあったが、私が思うに単純に『いい人』で終わるからだと思う。

 まあ、私が結婚できない理由は正確に難ありだから人のことは言えない。


 店から出て、各自家路につくのと同時に私は大きく伸びをした。

 ああ、今週も本当に頑張った私になかなかいい締めくくりの花金ね。

 軽い足取りで今日も私は帰路につく。

 ああ、もう次の花金が待ち遠しい!


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