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マスカルテ

作者: なつ
掲載日:2020/06/05

 婚約破棄の、その後。

 ティールームに1組の男女。

 テーブルの紅茶に手はつけられていない。



「好き、かもしれない」


 彼はそう言った。


「あの(ひと)はどうされたの?」


 彼女の問いに


「……棄てられた」


 彼はそう答えた。


 その瞬間、彼女はこころの底から怒りがこみ上げるのを感じた。


  あんなことをしでかしておいて。


  運命の恋じゃなかったの?

  婚約しているふたりの間に仕事にかこつけて割って入ってきた。

  あげく「結婚すると思ったら、もう想いを告げずにいられなかったの」

  だったかしら。


  大方、プライベートでの彼の姿に幻滅でもしたのだろう。



「私、好きなひとがいるの」


「……そう」


 そう言うと紅茶に口もつけず、彼は去っていった。


 その後ろ姿を眺めながら彼女は思った。


  馬鹿なひと。

  私は「好きなひとがいる」と言ったのに。


  本当に、馬鹿。


  そして、貴方を好きだった私は、もっと馬鹿だったのだろう。


  変われると思ったの。

  変わろうと願う貴方の力になりたいと思ったの。


  でも、いつしか貴方はその重荷を私に背負わせるようになった。


  貴方は私とではしあわせになれない。



  いつか貴方は気付くのかしら。


  別れ際に私が言った言葉の本当の意味を。

  そして、私がどれだけ貴方を愛していたのかを。



  何が正解だったのだろう。

  何を間違えたのだろう。


  ずっと考えていた。


  でもそのすべてが徒労だったことに思い至る。



 紅茶もあと一口という頃、ひとりの男性がテーブルに近づいてきた。



「気はすまれましたか」


「ええ、ありがとうございます」



 彼女はにっこりとほほえんだ。


  とても優しく、残酷な方。

  少しの未練も残さぬよう、私の古い恋情を打ち砕く。


  甘く、おさない、ひと時の夢。


  それでいい。

  それでこそ、()()()()()()()()


 そっと残りの紅茶とともにその想いを飲み下す。

 うっとりとする甘やかな香り、舌に残る渋みは爽やかでここちいい。



「では、参りましょうか」


「ええ」



 季節が変わる。


 数日後に婚約者となるひとの手を取り、彼女は店を後にした。

 マスカルテはインドのダージリン地方の紅茶、特に夏摘みを形容する時によく使われる単語です。


 花の香りを思わせる若々しく爽やかな春摘み。

 芳醇な香りと円熟した深い味わいの秋摘み。


 そのどちらとも違う夏摘みは、渋みを特徴とする独特な魅力があるように感じます。

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