2話「リリン村」
「ようこそ! リリン村へ!」
先を行くミーニャがくるりとターンをしてこちらを向くと、両手を広げて眩しいぐらいの笑顔を俺に向けた。
先ほどの岩の台座から、彼女達の住む村まで案内されたのだが……。うん、やっぱりここは地球じゃないな。ミーニャの向こう側、門の形になっている2本の木によるアーチの先には——ファンタジックな光景が広がっていた。
太い幹の木をくりぬいて作った家がそこかしこに建っている。そしてその木々を繋ぐ橋が縦横無尽に繋がっており、何かのゲームで見たエルフの村のようだ。この世界ではエルフ=サキュバスなのか? 随分とイメージは違うが……。
まああれだな……これを燃やしたくなる気持ちは少しわかるな。凄く良く燃えそう。
『馬鹿な事は考えないでくださいテンガ様』
「こら、脳内を読むな」
『これは失礼いたしました』
俺は右手に持つ杖——リリスと会話しながら彼女達に先導されサキュバス達の村、リリン村へと足を踏み入れた。
見れば、結構住人はいそうだ。目の見える範囲全てが居住区っぽいし、何よりめちゃくちゃ人というかサキュバスが多い。
右見ても左見てもサキュバス。全員が微妙に違うパーツ(獣耳とか角とか尻尾とか)を持っているが基本的に腰の黒い翼と細長い尖った耳は共通するようだ。
その全員が静かに俺を凝視している。いや、うん、ぶっちゃけちょっと怖い。
妖艶という言葉がぴったりな女性がメリッサに近付いて、声を掛けた。
「メリッサ様……その方は? メリッサ様に言うまでもないですが……ここは男子禁制ですよ?」
「……降臨された賢者——テンガ様よ」
「……! まさか賢者降臨の儀式が成功したのですか?」
次の瞬間にどよめきが起きた。
え、何?
「賢者様!」
「テンガ様!」
「伝承は本当だったのね!」
「素晴らしいわ! 布一つ纏っていないのに堂々とした姿……」
「私……何を教えて貰おうかしら……」
さっきまで黙っていたのにわーわー皆が喋り始めた。
視線をめちゃくちゃ浴びる。さっきは怖かったけど慣れてくるとこれ結構快感かも。
「じゃなくてだ。そろそろ状況を説明してくれ。俺はさっぱり何がどうなってるか分からん」
「それは、賢者の館で……というわけでエルザ、私はテンガ様に伝承通りご奉仕するのでその間に村の皆に説明を頼むわ」
「ええ、分かったわ」
メリッサが、その妖艶な女性——エルザさんにそう言うと、着いてきてくださいとばかりにスタスタと歩いていく。待ってくれ、ご奉仕だと?
サキュバスのしてくれるご奉仕?
と妄想しかけた瞬間、それをリリスに吸い取られる感覚。あー思考がクリアになるー。
『んーやはり歴代でも煩悩力がダンチですね。魔力量が半端ないです』
「変な日本語知っているな。というかこれ自動的に俺の妄想というか煩悩を吸っちゃうの?」
『異世界事情には詳しいのです。テンガ様の仰る通りで、少し程度の性欲ならスルーしますがそれ以上は問答無用で魔力に変えますよ?』
「強制賢者タイムにされるのか……いやある意味便利か?」
ぶっちゃけ、ここやばい。頭悪い男子中学生の妄想みたいな場所だ。半裸でスタイルの良い美人がうようよいてしかも全員が好意的な視線をこちらに向けている。
全裸の謎の男に対してだ。
俺でなくても性欲で頭が沸いてしまうだろここ。リリスがあって良かった。
「つーかさっきのロボットとか宇宙戦艦とかがぶっぱしそうなビームはもう出ないのか?」
毎回あれ撃ってたら大変なんだが、今回は出てないので聞いてみた。
『あれは……あまりに多い性欲を吸収したのでびっくりしてついうっかり撃っちゃっただけです。今はいざと言うときに魔力が使えるように充電モードなので大丈夫ですよ。いただいた魔力はちゃーんと残っているのでご安心を』
いやうっかりあんなやべーの撃つなよ。ドラゴンワンパンだぞ? こえーよ。
「充電モードって……いや意味分かるけど」
『2000年代前半の若者に分かりやすいように言っているのです。ふふーん私ってば偉い』
こいつ結構いい加減というかキャラ濃いな……杖のくせに。
『私も五賢者の一人ですからね! ん? つまり私は賢者の先輩? 師匠?』
「あーそろそろ着くから黙ってくれ」
村の中央にある一際大きい木が丸ごと建物になっている。そこにさっさと入っていくメリッサ。
「ここはね、村の会議所兼メリッサのお家なんだよ、お兄ちゃん」
そう言って、扉を開けてくれたミーニャがニコニコしながら俺を招き入れてくれた。
「でかい家だな。ん? お兄ちゃん?」
「そうだよ? 賢者様が降臨されたらあたしは妹になりたいなあって思っていたの!……ダメ?」
「もちろん良いとも妹ミーニャよ」
「やったー」
俺は——ノリで生きている男だが、馬鹿ではない。全く理解できない状況だが、彼女達の機嫌を損ねたらいけない事ぐらいは分かる。
「ミーニャ、“属性決め”を行うのはまだ早いわ。自重しなさい」
「ちぇー。でも呼び名ぐらい良いじゃん! ねー? お兄ちゃん!」
「もちろんだともミーニャ」
会議所らしき部屋を抜け、木の螺旋階段を上がりながら会話する二人に俺はなるべく神妙に頷いてみたが、全裸なので全く様になっていない。
というか、なんで俺が全裸である事について誰もツッコまないんだ?
「あと、ここは私の家ではないわ。ここは——【賢者の館】。賢者様の住まう場所を管理する為に私は仮で住んでいるだけ」
「賢者の館?」
「はい——基本的にはこちらにいていただきます……着きました」
大きな木の扉が開かれた先には——部屋があった。
なんというか、めちゃくちゃ広くて壁を全て取っ払ったホテルの一室のようだ。
左側の窓際にはベッドがあり、その横には机と椅子。右側にはお風呂とシャワーらしきものに洗面台。
トイレっぽい場所だけが唯一壁で囲まれている。
部屋の一番奥も窓になっており、見ればバルコニーになっているようだ。
扉の正面、部屋の中央には木で出来たまるで王座のような椅子があり、存在感をありありと見せつけている。
多分そのうちあそこに座るんだろうなあ……流れ的に……。
「こちらが賢者の間……テンガ様にはこちらに住んでいただきます」
なんか住むの確定してるんだよなあ。いやいや待ってくれ。こんなエロい姉ちゃんにご奉仕されそうな部屋に住めと? しかもエロい姉ちゃんしかいなさそうなこの村で?
ご褒美かよ……。
『流石テンガ様。異世界に召喚されてすぐにも関わらず、混乱する事なく冷静に見ていますね。ちなみにここの正式名称はちょんの間で』
「うっしそれ以上は聞かなかった事にする」
この杖、自分の事を賢者とか言ってたがもしかしてあれか? エロ知識的な意味で賢者なのか?
「っ! 何か失礼が!?」
俺の言葉を勘違いしてメリッサが慌てふためく。
「あー違う違う。快適そうな部屋でいいね。杖と話してたんだ。変な言動があればそのせいだと思ってくれ」
「なるほど。かしこまりました——では、ミーニャも」
「はーい」
そう言って、二人が服というか布を——脱ぎ始めた。
この世界では男の長い尖り耳で翼のない者がエルフ、女の長い尖り耳で腰に翼がある者がサキュバスと分類されているらしいです。
色々けしからんな!