13話「これまでとこれから」
俺は、暗い天井を見つめながらリシアの語る話を無言で聞いていた。
「私の母はサキュバスで、父……つまりアークベルクの皇帝の妾だった。私に皇位継承権なんてないが、第3皇女という地位は常についてまわっていた。皇宮では疎まれ、まだ幼いうちから男達からは欲望の眼差しを向けられていた」
よくある話、なのだろうな。リシアは妾の子でしかも違う種族の血が混じった……彼女の言葉を借りるなら——忌子。
「私は我慢した。というよりそれ以外の術はなかった。母は私が生まれてから露骨に皇后から攻撃されるようになり……死んだ。事故と言い張る皇后も皇宮仕えの者達も全員が敵に見えた。皇位継承権もない子供を……本当に彼女達は……危険視していたんだ」
……。平和な日本で生まれ育った俺には想像のできない世界だ。
「私はそれでも賢明に生きようと、努力した。座学も剣術も誰よりも上を目指して励んだ。だけど父が評価してくれたのは……私の見てくれだけだった。父が静かに狂う様は恐怖だった。そして——私は父に殺されかけ、皇后に殺されかけ、牢獄に幽閉された」
やはりあの森で見た記憶は……リシアの記憶か。
「牢獄は悪くなかった。だけど、いつまでここにいるのだろうかと考えると怖かった。そんな時に私を牢獄から出してくれたのが……コーン卿だ」
出たなトウモロコシ。
「コーン卿はアークベルク帝国の宰相で、父とは折り合いが悪かったものの、その有能さで地位を維持し続けてきた奴でな。あいつは私を父や母に内緒で連れ出すと、自領へと連れていくと言った。保護してくれると、そこで一人の人間として生活できるようにしてくれると。そう約束してくれた」
怪しさ極まりない話だ。そう言う奴に限って碌な奴じゃない。しかも宰相だ。大概こういうとき、宰相ってのは悪い奴なんだ。
「だけど、それは違った。奴は私を娶り、私を担ぎ上げ、帝国を乗っ取るつもりだったんだ。詳しい理由は分からないけど、それを知って私は逃げる決意をした。もう、あんな場所には戻りたくないから」
なるほど……そう繋がってくるのね。
「私は、母の遺言に従った。“赤いペンダントを持って魔霧の森の奥へと行け。そこに貴女の居場所がある”という言葉を信じ……私はコーン卿の領地に向かう途中で脱走して……あとはテンガの知っている通りだ」
「……大変だったな」
俺はそれだけを返した。同情は……いらないだろう。
「私のせいで、追っ手が森に侵入してきて、ここの住人が怪我を負った」
「まあ、夜にはピンピンしてて酒飲んでたけどな」
サキュバスはマジで化け物だと思ったね。あれか? フィールド補正が掛かってんのか?
「……私は今からここを出る。私がここにいる限り、奴等は兵を送り続けるだろう」
「だろうね」
やれやれだ。身の上話をした上に逃げ場もないのに逃げるとか言いだしてるよこの子。
この世界では成人なのか知らんが、まだ14歳やそこらの子がだ。
日本でいやあまだ中学生だぜ?
『で? テンガ様はどうされます? 色々と選択肢はありますけど』
「こういうのはガラじゃねえし、そもそも俺だってまだ何が何やらさっぱりなんだ。だけど、これだけは言えるぞリシア。君が、どれだけ辛い思いをしたかを身をもって知った以上、放っておけない。守るだなんて余計な世話かもしれないが……ここにいる限りは何度でも助けてやる」
銀髪赤目美少女(姫属性持ち)を捨て置くなどクールジャパン民としては到底許されざる行為よ。
「私は……居ていいのか?」
「俺が良いって言えばいいんだよ。ここの連中はなぜか俺の言葉には絶対だ」
「戦いが起きるぞ。この平和な村に」
「望むところ感があるんだよなあこの村……スイスかよって感じ」
「……」
あれ、スベったか? スイスって表現が分かりづらいか!? いやそもそもスイスを知らないか。
「テンガ……あんたは……やっぱり優しい男だな。優しく……悲しい男だ。省みる必要のない過去を抱えて……」
「……」
……過去の話はやめてくれ。
「テンガ……私の記憶を見たのだろ?」
「……そうだ」
「私も見た。異世界の……とある男の……悲しい過去だ」
なるほどね。深淵を覗くとき……ってやつだな。
「そうか。悪いが、それはもう思い出として仕舞っててくれ。俺もそうする。人の過去をお互い抱えられるほど、器用じゃないだろ?」
「ああ……ああ、その通りだ。その通りだとも」
「そろそろ眠いから寝るぞ。今後どうするかは明日メリッサたちを交えて決めよう。あと、大人ぶったその口調もやめとけ。普通に喋った方が可愛いぞ」
「っ!! 余計なお世話だ! 寝る!」
会話を終えて、俺とリシアは眠りについた。
夢は……見なかったと思う。
☆☆☆
「では、リシアの滞在を許可するという方向でよろしいですかテンガ様?」
朝。俺の部屋の真下にある会議所。
俺、リシア、メリッサ、ミーニャ、そして村人達の代表して昨日出会ったエルザさんが出席し、今後について話し合っていた。
「悪いなワガママ言って。俺が決める事ではないのは分かっているが、放ってはおけない」
「ミーニャもテンガ様に賛成! サキュバスはみんな仲間だよ!」
「そうね……しかもディシスの……始祖様の血を引いているとなれば……むげには出来ないわ……ねえメリッサ」
エルザさんがリシアの胸元で揺れるペンダントを見て、そう静かに言った。
あのペンダント、どうやらこの村にとってはかなり大事な物らしい。
「村を飛び出した大馬鹿者……ディシスの娘なら、村で保護するのは当然です」
メリッサがそう言い切った。どうやらリシアの母は元々ここの出身で、家出する形で出て行ったようだ。
「私がいれば、おそらく帝国の宰相……コーン卿が昨日のように兵を送りこんでくる可能性が高い。もっと苛烈な戦いになるかもしれない。それでもいいのか?」
リシアがそう言って全員を見渡した。
「この森が、リリス様のご加護がある限り負ける事はないわ。何より私達には——テンガ様がいらっしゃる」
「とりあえず魔蒸兵達は、全員この村の周辺を巡回させているよ。猫一匹通さないだろうな」
まあ動かしているのはリリスだが。何やら、自律パターン構築をやっているようであーでもないこーでもないと試行錯誤して楽しんでいるようだ。あいつそういうオタク気質あるんだよなあ……。
「ありがとうございます、流石は賢者様。というわけで、帝国だろうがなんだろうが、ここは大樹の如く揺るがない。安心しなさいリシア……そしておかえり」
「おかえりだよリシア!」
「おかえりなさいリシア」
メリッサとミーニャとエルザさんが、それぞれそう言って、優しい目線をリシアへと送った。
「……うん、ただいま」
少し泣きそうになりながらリシアがそう言って頷いた。
ふむ。さてと、とりあえず問題は解決したが……。
『テンガ様。森に侵入者がいますね。4人組の人間ですね」
ほら、どうせすぐになんか起こると思った。
『身なり、動きからして、熟練の冒険者って感じですね。魔蒸兵だけだと荷が重いかもですねえ。魔蒸機竜はまだ調整中ですし……どうします?』
「ふむ……俺が出て行って死ぬ確率は?」
『ゼロですね。私が付いている限り、苦戦はあれど、負けはしません』
何を根拠に言っているか分からんが……とりあえず様子を見てくるか。
「あー今魔蒸兵から報告があって、どうやら冒険者? が侵入してきたみたいだ」
「っ! すぐに【撃滅処女】を!」
「いや、いい。俺がまず魔蒸兵で様子を見て、適時戦力を投入する」
タワーディフェンスは結構得意なのよ俺。クリアしないと見られないエロ画像の為に死ぬほどやったからな!
「流石テンガ様……既にそこまで戦略を……」
「とりあえず万が一に備えて、戦士団は戦闘準備」
「私は!」
がたりと席を立つリシア。落ち着け。
「とりあえず待機だ。姫様にはどっしり後方で構えていてもらおう」
「……分かった」
お、素直に聞いた。
「では、私達は準備を行って参ります」
「ああ。俺はここで魔蒸兵を動かす」
メリッサ達が会議所から出て行く。
さって、それじゃあ一番近くの魔蒸兵でも動かして、冒険者とやらの実力、見せてもらいましょうか!
ここから物語が加速していきます!