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第一話 落し物

特徴がないことが特徴という、のどかな街アスター。

 ちょうど午後の間延びする時間帯、行き交う馬車の速度も遅い通りを、三人の若者が歩いていた。揃いの黒い隊服に輝く、獅子のレリーフのついた金ボタン。街の治安を守るストレングス部隊の面々だ。

「ねえねえ! こんなの拾った」

 声をあげたのは三人のうちで一番年下のサイラスだった。男の割りにほっそりした手に、小さな紫の宝石が散りばめられた幅広の指輪が乗っている。

 唯一の女性隊員、ファーラがおもしろそうに覗き込んでくる。その拍子に腰まである赤い髪がサラリと揺れた。

「あら、結構高価そうな物ですわね。女性の親指用ですわ」

「へえ。あ、ほら、僕の中指にぴったり~」

 サイラスがふざける。

「とりあえず、隊で預かっとくか」

 言ったのは隊長のアシェルだ。

 ストレングス部隊では拾得物の管理もしている。この指輪、結構高価そうだ。すぐ落とし主が現われるだろう。

「「え、売らないの?」」

 サイラスとファーラ、二人の応えが重なった。

「……。おい、お前ら自分達の職業、自覚してるか?」

「え? 街の便利屋さん」

「たまに命張ってる割には安月給の割りに合わない損な役回り、ですわ」

「当たらずしも遠からずな所が悲しいな。しかし、売るとしたら、こいつと話し合いをしないと」

 アシェルはサイラスの頭の上を指差した。

 ファーラがその方向を見上げ、「あら」と呟く。

 そこには、半透明の女性が浮かんでいた。

「憑いてますわ。その指輪」

 サイラスが必死に指輪を抜こうとする。

「ああ! 取れない! 取れないい!」

 古風な服を着た、長い金髪の美女は、サイラスを見下ろした。

「あら。おかしいと思ったら、誰か、私の指輪をはめたのね」

「なんで? なんで僕ばっかり運が悪いのぉ!」

 サイラスの悲鳴は、とり憑いた幽霊自身が気の毒に思うほど感情がこもっていた。


「私、サシクといいます。生前は無名の画家でした」

 アシェルは隊の詰所でイスに腰かけ、女の訴えを聞いていた。

「画力はあったと思うんですけど…… 世間に認められなかったのが悔しくて悔しくて」

「なるほど。それで化けて出たのか。で、俺達にどうして欲しいんだ? まさか、自分の絵を有名にして欲しいとか?」

 アシェルは顔をしかめる。それは色々な面でむずかしそうだ。宣伝をしても肝心の絵に魅力がなければ意味がない。

「ねえ、アシェル。そんな難しいことする必要ありませんわ。サイラス、指をおつめなさいな」

 ファーラはふんわりと微笑んだ。

「い、いやあっ! 冗談だってわかってても怖いよファーラさん!」

「安心しろ、サイラス。いざとなったら俺がその指輪を斬ってやるよ」

「ちょ、隊長何取り出して…… トンカチとノミ、でかっ!」

「いやあ、それだけは!」

 サイラスと指輪の霊は仲良く悲鳴をあげた。

「あら、二人とも我がままですわね。それが嫌ならサシクさん、絵が売れるまでサイラスに体を貸してもらったらいかが? 月々そうね……」

「僕の体、賃貸物件?!」

 なんだか、つっこんでばかりのサイラスだった。

 結局、幽霊の願い事は二つ。「絵で有名になりたい」と「自分がなぜ死んだのか知りたい」。

 とりあえず簡単そうな最後の問題の手がかりを探しに、ストレングス隊の面々は町に戻っていった。

 どうやら、サシクは指輪の持ち主と関係のある人物にしか見えないらしく、他の通行人に騒がれるようなことはなかった。

「でも、なんで指輪なんだろうな?」

 アシェルがふと呟いた。

「画家だとしたら、もっと何か他の物…… 例えば絵筆とか、自分の描いた絵に取り憑くと思うんだが」

「う~ん、確かに」

 サイラスが相槌を打つ。

「それが、よくわからないんです。気づいたら指輪の中にいて。記憶がすごく混乱してて」

「まあ、それはしかたありませんわ。何せ、死んでるんですから」

「でも、この指輪がとっても大事な物だって言うのは覚えているわ」

「そういえば、話を聴いただけで肝心の指輪に関してはノーマークだったな」

 サイラスがアシェルに手を突き出した。

「これは、何か紋章が彫り込まれているな? この辺りの教会の聖印だなこりゃ。聖職者の身につける物だぞ」

「でも、見た感じ絵が趣味の聖職者って感じじゃないけれど?」

「おばかですわね、サイラス。聖画かなんか描いてたんでしょ? よかったよかった。行く先が決まりましたわね」


 教会の中は静まりかえっていた。どこかに出かけているのか、神父の姿までない。

「あら。これじゃあお話が聴けませんわ。仕方ありませんね。誰か詳しい者が来るまで……」

「その必要、なくなったかも」

 ぽつりとサシクが呟いた。

「思い出した。この教会」

「え。なんで? もう?」

 慌てるサイラスに、サシクは右の壁を指差した。そこにあるのは、大きな壁画。

「ああ。聖人の絵か」

 壁画に近付くアシェルの足音が響く。

 それは太陽に腰掛ける神様の絵だった。その周りを、聖人達がそれぞれのシンボルを持って取り囲んでいる。

「確か、ここの壁画はラクルスという画家が描いた物だったはずだが」

「ラクルス! 聞いたことがある」

 つまり絵に詳しくないサイラスでも知っているぐらい有名ということだ。

「もしかして、ラクルスってサシクさんのペンネーム?」

「違うぞ。たしかラクルスは男だ」

「これ、これ! 私が描いたの」

 ヒソヒソ話をするサイラスとアシェルを置いてけぼりに、サシクは必死で聖人の一人を指差した。

「ああ。あんたはラクルスの弟子だったのか」

 教会のドでかい壁画は、誰々作となっていても重要でない部分は弟子が描いているのだ。その聖人の一人だけ、サシクが描いたというのも納得できる。

「思い出したわ。この指輪。この壁画を描いた人に、依頼料として教会がくれたものなの」

 すりすりとサシクは指輪に頬ずりをした。もちろんサイラスに感触はない。

「じゃあ、もう自分がなんで死んだのかも思い出したかしら」

 ファーラの言葉に、サシクは胸の辺りで両手を強く組んだ。

「ええ。私、この絵を描いた後、病気で。私、この絵でようやく実力が認められ始めて、これからって所で……」

「サイラス。賃貸決定ですわね。彼女の夢が叶うまでがんばりなさいな」

 ファーラがポンとサイラスの肩を叩いた。

「ええ、本気ですかファーラさん?!」

「ストレングス隊兼画家業か。大変だな」

「隊長まで! そりゃないですよ!」  

 アシェルにすがりつくサイラスに、ファーラは形のいい眉をしかめた。

「あら。夢半ばで倒れたかわいそうな女の子に同情いたしませんの?」

「イヤイヤイヤ、幽霊に取り憑かれた仲間の方にまず同情しましょうよ!?」

「冗談だよ、冗談。サシク、無念なのは分かるが、大人しく昇天してくれないか?」

「で、でもぉ」

 サシクは明らかに納得していない様子だった。

「今ならもうちょっとうまく描けると思うしぃ」

 自分の作品を見たサシクは、ふと動きを止めた。

「ねえ。あれ、なんで足の部分が消えてるの?」

 サシクの描いた聖人は、足の部分の絵具が剥がれ、幽霊のようになっていた。その聖人だけではない。そこに描かれている聖人すべて、足元が薄くなっている。

「ああ、これ? お祈りの跡でしょ」

 言ったのは、サイラスだった。

「ほら、願掛けをする時とか、お願いが叶ったときに、皆絵にキスしていくんだよ。顔や手は畏れ多くて、皆足にするんだ。見たことない?」

「いや、知ってるけど」

 なんとなく、普通の人間である自分が描いた絵が、祈りの対象になっているのが不思議な感じがしたのだ。もちろん、皆絵そのものに祈っているのではなく、聖人に祈っているのだが。

「すごいですわねえ。ここまでになるのに、のべ何人かかったのでしょう」

 ファーラが呆れたように、感慨深そうに言う。

「もう、有名になるなんてどうでもいいじゃありませんか。名前は知られていなくても、貴女の絵はありがたがられているのですから」

「う~ん。なんだか丸め込まれたって感じ」

 それでも納得はしたらしく、サシクの姿はより薄くなっていった。

「まあ、本当に人の体を借りているわけにはいかないしね」

 サシクは一際高く浮かび上がった。

「教会で昇天ってのもなんかうまくできてるわ。じゃあ、ね」

 サシクの体が光に包まれる。全身の輪郭がぼやけ、細かな光の粒になる。

 金の粉の塊は、煙のようにふわりと空へ溶けていった。

「はー いっちゃった」

 サイラスの指からころんと指輪が抜け落ちた。


「しかし、幽霊って本当にいるんだな~」

 酒場で度の低い酒をすすりながら、サイラスは呟いた。

「だけど、ただ働きでしたわね」

 こちらはきつい酒を飲みながら、ファーラが肴のサラダをつついた。

「結局、あの指輪取られてしまいましたわ。あのお年よりに」

 あの後、三人の前に指輪の持ち主だという老人が現われた。

 その老人いわく、買った帰りに指輪を落としてしまったとの事。宝石店の店長に確かめてみたら間違いないようだったので、ストレングス隊の義務としてタダで返してあげたのだった。

「なんというお名前でしたっけ、あのご老人。フォーズさん?」

「確かそんなだったな」とうなずいたアシェルはクスクスと笑う。

「三文小説だと、大抵このあたりで……」

「お前さん達、誰の話をしているんだい?」

 話を聴いていたのか、マスターが声をかけてきた。

「フォーズ爺さんなら死んだよ。事故で三日前にな」

 酒を吹くまいとしたのだろう。サイラスが思い切り咳き込んだ。

「ちょ、待っ、じゃあ、僕達があったあのお爺さんは誰……」

「やっぱりな。こういうオチか」

 半眼で呟き、アシェルは残った酒をあおった。

「この町って、結構多いんですのね、幽霊の人工密度」

 ファーラが、「まあ、どうでもいいことですわ」とでも言いたげに口を押さえて小さなあくびをした。


第一話 落し物完

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