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短編集

婚約者が前世の妹で逃げられない

作者: 緋色の雨

 幼い頃から自分ではない誰かの夢を見ることが多かった。それがただの夢ではなく、前世の記憶だと自覚したのは十歳の誕生日だった。


 不意にメレディスという男の記憶が一生分、濁流のように流れ込んでくる。あまりの情報量に耐えかねてふらつき、俺は思わず頭を押さえた。


「……レオンよ、どうかしたのか?」


 父に名前を呼ばれてハッと顔を上げる。

 不味い。いまは父上に呼び出されて話を聞いている途中だった。話を聞いていないなんて思われたら、なにを言われるか分からない。


「失礼いたしました。少し目眩がしただけで問題ありません」


 前世の記憶を活用してそつなく答えると、父上は少し目を見張った。


 ……急に大人びた対応をしすぎたか? だが、子供じみていると叱られるよりはマシなはずだ。いまから態度を変えるのも不自然だし、このまま貫こう。


「どうぞ、話を続けてください、父上」

「……うむ。では話を続ける。十歳になったおまえに、我がウィスタリア伯爵家のしきたりを教える。四年後、おまえには町を一つ統治してもらう」

「町を統治……ですか?」

「そうだ。その手腕を持って、おまえの当主としての才能を見定めるつもりだ」


 当主は兄が継ぐものだと漠然と思い込んでいたのだが、どうやらそうではないらしい。


 十四歳になったら相談役兼お目付役とともに町を一つ統治する。そうしてウィスタリア伯爵家の子供達を競わせて、もっとも優秀だった者を跡継ぎにするそうだ。


 とはいえ、俺は当主になりたいなんて思っていない。

 兄が当主を継ぐと思っていたし、夢の中の俺が仕事にしていた冒険者が楽しそうだったので、いつか家を出て冒険者になろうと思っていた。

 だから、跡目争いに参加するつもりはない――という言葉は寸前で飲み込んだ。先ほど流れ込んできた記憶が、その決断に警笛を鳴らしたのだ。


 そもそも、前世の俺が冒険者をしていたのは、屋敷を追い出されたからだ。


 前世の俺も同じように貴族の家の次男に生まれ、兄が当主の座についた。

 俺はそのことに不満を抱いておらず、兄を支えて生きていくつもりだったが、兄はそんな風に思わなかった。

 俺が当主の座を狙っていると疑心暗鬼になり、俺を屋敷から追放したのだ。


 そのうえ、俺が冒険者として名を上げると、家からの刺客が襲撃してくるようになった。前世の俺は、そんな刺客の一人に殺されたのだ。


 もちろん、前世はあくまで前世で、今世とはなんら関連ない。それは分かっているが、前世の兄と、いまの兄の性格はあまりに似ている。

 このまま兄が当主の座についたら、同じ結末になると思えるほどに。


 前世と同じように殺されるなんて絶対にごめんだ。


 兄に俺が当主の座に興味がないと信じ込ませることが出来れば良いのだが……たぶん、前世の兄同様、逆に疑心暗鬼になって疑ってくるだろう。

 だから、俺が当主になるしかない。


「父上にお願いがございます」

「ふむ。言ってみるが良い」


 発言の許可を得て、俺は相談役をすぐに用意して欲しいと願い出た。

 俺のライバルは兄と姉。

 兄は俺より二年早く、そして姉は俺より一年早く町を統治することになる。だから、出遅れる俺が少しでも追いつけるように、今のうちから色々学びたいと頼み込んだのだ。


「良いだろう。すぐにでも相談役をつけてやろう」

「ありがとうぞんじます」


 最大の敬意を持って頭を下げる。

 こうして、俺は最初の不利を跳ね返すことに成功した――と思ったのだが、俺に相談役がついてほどなく、兄や姉も相談役を側に置くようになった。


 父が「レオンは自分の不利を跳ね返すために相談役を望んだが、おまえ達は十四歳までのんびり過ごすつもりか? ずいぶんと差がつくだろうな」的なことを言って煽ったそうだ。


 せっかく最初の不利を跳ね返したと思ったのに、兄には敵愾心を抱かせる結果になったし、姉はなにかと俺の行動を真似するようになった。

 ハンデを埋めるどころか、ライバル達の成長を促す結果になったのだ。

 まったくもって酷い話である。


 父に不公平ではないかと苦情を申し立てると、ちょうど良いハンデであろうと返された。既にあったハンデを埋めようとしただけなのに、やっぱり酷い話である。




 俺が当主争いへの参加を決意してから六年が過ぎた。

 つまりは、実際に町の統治を任されてから二年である。


 俺が任されたのはウィスタリア伯爵領の北東にある、人口数千人の町――ジェニスだ。

 最初はただの田舎町でしかなかったが、十四歳までに学んだことと、冒険者として異国を旅した前世の経験を活用し、町の発展に尽力した。


 その甲斐あって、少しずつ経済が活性化していて、いまでは特産品も生まれつつある。中でも、俺はとくに力を入れているのが――


「旦那、お待ちしやしたっ!」


 町の中央にある食堂。

 俺が座るテーブルの上にドンとどんぶりが置かれた。

 金色に輝くトロトロの卵に、その下に見えるぷりっぷりの鶏肉やシャキシャキしたネギ。前世の記憶を取り戻した俺が、いつか必ず再現しようと力を入れていた親子丼である。


 前世の俺の大好物だったのだが、この国にどんぶりは存在しなかった。

 というか、米自体が扱われていなかった。


 そんなわけで、ジェニスの町を任された俺はまず、税収を注ぎ込んで水田を作り、異国から苗用の種子を取り寄せて米を栽培。

 それと同時に、町の片隅に養鶏場を作って、鶏肉と卵を供給できる環境を整えた。


 そうしておよそ二年。

 ようやく、親子丼の試作品が完成した。ちなみに、目の前にある親子丼は、俺の感想を元に、料理人のおやっさんがあらたな改良を加えた一品である。

 おやっさんは俺の感想を待って、期待と不安を入り交じらせた顔で固唾を呑んでいる。


 俺は恐る恐る、箸を使って親子丼を口に運ぶ。

 半熟の卵に、出汁の染みた濃厚な鳥の味。

 米の品種にはまだまだ改良の余地があるが、見事に俺の望む親子丼を再現している。


「……完璧だ。俺の曖昧な知識だけで、良くここまで再現してくれた!」

「おぉ……ありがとうございます。旦那が足繁く通って、意見をくれたおかげです」

「いやいや、おまえの腕だろう。ぜひこの親子丼を、メニューに加えてくれ」

「お任せください。既に準備は出来てます!」


 おやっさんが食堂の壁に、親子丼始めましたという木札を掛けた。俺達のやりとりを見ていた町の住人達が、俺にその親子丼をと、次々に注文していく。

 嬉しそうに注文を受けるおやっさんを横目に、俺は再び親子丼を口に運んだ。



「レオン様、やはりここでしたか」


 親子丼を食べていると、隣の席にレナードが座った。彼は六年前に父に預けてもらった、俺の相談役であり――お目付役である。


「レナードか、ついに親子丼が完成したのだが……おまえも食べてみるか?」

「ふむ。せっかくですから頂きましょう」


 レナードがおやっさんに親子丼を注文する。最初は貴族がそのような食べ物をと難色を示していたのにずいぶんと丸くなったモノだ。


「ところで、俺になにか用か?」

「実は、このジェニスの町を探っている者がいます」

「……ふむ?」


 俺には兄と姉がいて、その二人も当主争いの試験で他の町を治めている。ゆえに、俺の町を二人が探るのはいつものことで、俺だって二人の町の調査している。

 にもかかわらず、あらためて報告すると言うことは……


「いつもとは違う顔ぶれ、か?」

「はい。数ヶ月前から見かけるようになったそうです。お二人の密偵は変わらず活動しているので、メンバーが替わったというわけではないかと」

「ふむ……クリス姉さんならやりそうだけどな」


 同じ家の者同士、密偵は暗黙の了解になっている。排除される可能性がないため、兄や姉は同じ密偵をずっと送り込んできている。


 その方が土地に溶け込んで、知り得ることもあるだろう。だが、誰が密偵か分かっていれば、本当に隠したいことを隠すことも容易だ。


 ゆえに、俺は固定メンバーを隠れ蓑に、密偵と知られていない者も送り込んでいる。クリス姉さんなら、その事実と有用性に気付いて同じことをしてくる可能性がある。


「もちろん、その可能性は否定できませんが……」

「たしかに、決めつけは危険だな。しかし、別の領地の者か……」


 ちなみに、父上の手の者という可能性は限りなく低い。レナードが俺のお目付役である以上、情報は全て流れているからだ。


「どういたしますか?」

「いつも通りだ。食堂のおやっさんの安全を確保し、各種技術のノウハウは漏れないようにしろ。ただし、それ以外のことについては教えてやっても構わない」


 親子丼はやがて全国に広めるつもりだ。

 これは俺の好物だからと言うだけでなく、親子丼を広めることによって、この国では食されていない米を広め、それを最初に始めたジェニスの町の名を上げるためである。


 この領地のことを調べた奴が、自力で再現しようとして失敗すれば、俺の持つノウハウの価値が上がるし、知名度も上がる。相手が時間をかけて成功させたとしても、うちの宣伝になるし、その頃にはこちらはもっと成長している。


 理想を言えば、相手が提携を持ちかけてくることだが……どの結果に転んでも困らない。困るのは、すぐに再現できるレベルでノウハウを奪われることだけだ。

 ゆえに、技術の流出だけは阻止しろと、レナードにあらためて指示を出した。


「かしこまりました。それと……定期報告の時期が迫っています」

「そういえば、そんな時期だったな」


 普段から報告書の提出はおこなっているが、年に一回は現当主――つまりは父上に直接報告することが決まっている。

 その二回目となる定期報告の時期が来月に迫っている。


 よほどの失態がなければ失格を言い渡されることはないが、言い換えれば試験の途中で失格を言い渡される可能性もあると言うことだ。

 とくに俺は、短期的な成果よりも、長期的な成果を考えて動いている。父上に失望されないように、もう一度報告内容を整理しておこう。




 それから数週間が過ぎ、俺はウィスタリア伯爵家の実家に帰ってきた。

 もっとも、馬車で二日程度の距離で、定期報告意外にも何度か帰っているので、そこまで久しぶりという気はしない。

 俺とレナードは使用人に案内され、応接間へと案内された。


 応接間に待機していたのはロイドとクリス。俺の厄介な兄と姉だった。


「ふん、ようやくのご到着か。たいした成果も上げていないくせに、ずいぶんと余裕だな」


 ロイド兄さんが俺を見るなり悪態をつく。いわく、俺が代官の地位を与えられたときは、最初の一年でもっと成果を上げた、とのことだ。


「ロイド兄さん、久しぶりだな。そっちは順調なのか?」

「俺を誰だと思っている。今年は更に経済を成長させた」

「へえ……どんな方法を使ったんだ?」

「ふん。手の内を明かすわけがなかろう。だが……そうだな。あのウォルトが、たしかに短期で経済を伸ばすのなら有力な方法だとお墨付きをくれたと言っておこう」

「それはそれは……」


 ウォルトとはロイド兄さんのお目付役だ。

 彼のセリフは決して褒め言葉ではないと思ったが、指摘してもやっかみだと思われるのがオチなので胸の内に止めておく。

 そんな俺の内心には気付かず、ロイド兄さんは得意げに笑う。


「しかし、まったく成果を上げられていないとは不甲斐ない。やはり、おまえのような無能は、ウィスタリア伯爵家に相応しくない。俺が当主になったら追放してくれる」


 言いたい放題である。

 それを俺は右から左へと聞き流す。ほどなくロイド兄さんは使いの者に呼ばれて、ウォルトを伴って、父の待つ執務室へと向かった。


 その後ろ姿を見送った俺は思わずため息をつく。


「なぁ、レナード。ロイド兄さんの政策というと、税収を大きく下げたことだよな?」

「ええ、その通りです。税収を一時的に下げることで住民を富ませ、生活に余裕ができた者達に内職をさせて特産品を作る。更には、税収が安いために商人達も集まっているようです」


 住民の購買力を上げ、商人にとっても美味しい土地にする。それによって、ロイド兄さんの治める町の経済は大きく活性化しているそうだ。


「さすがロイド様、素晴らしい政策ですな。かたやレオン様の町の経済は停滞したまま。このままではピンチではありませんかな?」

「ぬかせ。税収を下げても後押しがなければろくな特産品は出来まい。税収が低いあいだはそれでも儲かるだろうが、それは他の町から利益を奪っているだけだ」


 ようは、税率が低いから商人達が集まっているだけ。

 強引な価格競争で他の領地から利益を奪っている。同じウィスタリア伯爵領での競争だけなら処理できるかもしれないが、俺達が統治する町はどこも隣の領地と隣接している。

 そして、ロイド兄さんの領地の隣には別の伯爵領がある。


「今頃、父上には苦言を言われているんじゃないか?」


 ウォルトが短期的な成果だと指摘したのはそういう意味だ。

 ウォルトが気付いている以上、伯爵領への根回しは済んでいるだろう。だが、それがロイド兄さん主導によるフォローでなければ、失策として減点は避けられない。


「そこまで至っているとは、さすがレオン様ですな」

「少し考えれば分かるだろうに」

「最初からレオン様のように考えられる者は滅多におりません。ロイド様の歳を考えれば、短期的な成果を上げる方法を見いだしただけで素晴らしいと思いますよ」

「ふむ。まぁ……そうかもな」


 なにしろ、俺には前世の記憶がある。精神年齢が跳ね上がったわけではないが、以前よりも合理的な考え方が出来るようになったのもまた事実だ。

 そう考えれば、ロイド兄さんも十分に優秀なんだろう。


 だが、ロイド兄さんを当主にするわけにはいかない。さっきのやりとりで分かるように、ロイド兄さんは俺を目の敵にしている。


 前世の兄同様、自分が当主になったら俺を追放して殺そうとする可能性は否定できない。

 ゆえに、この当主争いに負けるわけにはいかない。俺は前世の記憶をフル活用しても、ロイド兄さんには勝ってみせるつもりだ。


 卑怯だというなかれ。

 ロイド兄さんは現在十八歳で、俺よりも二年早く町の統治を始めている。生まれた年齢などなどで、そもそも最初から平等ではないのだ。

 だから、俺も前世の記憶を使うことに躊躇いはない。


 もっとも、いまのロイド兄さんは未熟で、そこまで警戒する必要はない。それよりも警戒するべきなのは……と視線を向けると、クリスはジッと無言で俺を見ていた。


「……なんだ?」

「なんだ、じゃないでしょ、弟くん。久しぶりにお姉ちゃんに会ったのに、挨拶の一言もないってどういうことかしら?」

「はは、そうだったな。久しぶり、クリス姉さん」

「ええ、本当に久しぶりね。少し見ないうちに大きくなって、生意気よ? あたしの許可なく、大きくなるのは許さないって言ったでしょ」

「無茶を言わないでくれ、成長期なんだ」

「ほんと、生意気ね」


 プラチナブロンドのツインテールを揺らし、ツンとそっぽを向く。

 これが俺の姉、クリスである。


「それより弟くん、さっきからロイド兄さんの話ばっかりしてるけど、あたしのことを忘れてるわけじゃないでしょうね? あたしは、弟くんの治めるジェニスの経済がそれほど変化してない理由にも当たりをつけて、自分の町にも取り入れているのよ?」

「知ってるよ。だから、ロイド兄さんよりも警戒してる」


 ロイド兄さんが十八歳で、クリス姉さんは十七歳。

 ロイド兄さんより一年遅れで町の統治を始めたクリス姉さんはまず、ロイド兄さんの統治を参考にして、俺が参加してからは俺の統治を参考にするようになった。

 クリス姉さんは、他人の良いところを取り入れる柔軟性がずば抜けている。


 将来一緒に領地を経営するのであれば頼もしいが、どちらが優れた跡継ぎかを証明するレースにおいてはもっとも油断ならない相手だ。

 でもって――


「あら、あたしはロイド兄さんみたいに、弟くんを追放するつもりはないから警戒する必要はないわよ。あたしが当主になったら、弟くんは下僕として一生側に置いて上げるから」


 これである。

 黙っていれば美人の姉だが、本性は弟を下僕にしようとする悪女なのだ。ロイド兄さんと違って命の保証だけはありそうだが、負けられないことに変わりはない。

 俺は絶対、この跡継ぎ争いに負けるわけにはいかない。


 そんな決心をあらたにしていると、そろそろ部屋の前でお待ちくださいと使用人に促され、クリス姉さんとそのお目付役が席を立った。


 クリス姉さんは去り際に「まだ話は終わってないんだから、勝手に帰っちゃダメよ!」と言い残して去って行った。


「くくっ。クリス様は相変わらず、素直ではありませんな」

「どこがだ。当主になる宣言に、俺を下僕にする宣言。むちゃくちゃ欲望に忠実じゃねぇか」

「ふむ。レオン様はそのように受け取っているのですか。深謀の持ち主とはいえ、その方面は見た目通りまだまだ子供のようですな」

「……はあ?」


 どういうことかと聞こうかと思ったが、俺はその疑問を飲み込んだ。

 レナードは相談役であると同時に、俺のお目付役でもある。相談したことには答えてくれるが、安易に答えを求めるような行為は減点されかねない。


 あらためてさきほどのやりとりを思い返してみるが、とくに別の意味を含ませるような発言はなかったはずだ。たぶん対したことではないだろう。そう思って頭の片隅に追いやった。


 それからほどなく、ロイド兄さんが少し憔悴した顔で戻ってきた。おそらくは自分の政策の問題点を突きつけられたのだろう。

 大丈夫だろうかと見ていると、不意に俺と目が合った。


「くっ、おまえには負けない! おまえにだけは絶対に負けないからなっ!」


 ロイド兄さんは啖呵を切って走り去っていった。


「ふむ。なんだかんだ言って、ロイド様もレオン様のことが好きなのかもしれませんな」

「……どこがだ」


 呆れながら後ろ姿を見送る。それからほどなく、呼ばれて執務室の前に行くと、部屋の中からクリス姉さんが出てきた。

 クリス姉さんは俺を見ると「弟くんをあたしの下僕にする日は近そうね」と嬉しそうに不穏なことを口にして立ち去っていった。

 なんで俺の兄姉はこんなに物騒なんだろうか。


 そんなことを考えながら、俺とレナードは部屋の中に入る。


 装飾は最小限で、実務を優先とした作りの内装で整えられた執務室。

 そのシステムデスクの向こう側に、現ウィスタリア伯爵家当主にして俺の父上、ハワードがゆったりとした椅子に座っていた。


「ご無沙汰しております、父上」

「うむ、前回の夜会以来か」


 俺はシステムデスクを挟んで父上の前に立ち、社交辞令は最小限にして報告を始める。内容は必要最小限に、この一年でおこなったことを端的に並べ立てた。

 それを聞き終えた父上が、ではいくつか質問しようと切り出す。


「メレディスという商会を立ち上げたそうだな?」

「ええ、ジェニスの町で作った特産品を他領に売り込むのに必要でした」

「その割には、結果が伴っていないようだが?」

「それは短期的な成果ではなく、長期的な成果を得るためです」


 目先の利益ではなく、将来の利益。今回は、ロイド兄さんが税収を下げたことで、被害を受けた他所の領地との取引を優先させた。


 それによって、目先の利益ではなく他領の信用を買ったのだ。

 しかも、ロイド兄さんの領地の税率が低いだけで、他領の税率が上がったわけではない。俺はいつも通りの金額で取引をして、そのうえで信頼を手に入れた。

 目先の利益よりも重要なモノを手に入れたと自信を持って言える。


「……なるほど。レナードの報告通りだ。よくよく考えて行動しているな」

「恐れ入ります」

「実のところ、おまえの領地が数値上ではそれほど発展していない理由は分かっている。おまえがそれを自覚しているのなら問題ない。ただ、一つ二つ、確認はさせてもらおう」


 兄が目先の利益だけを見て、自分の方が俺より結果を出していると豪語したように、父にも同じ判断を下される可能性があった。

 それが杞憂に終わったと知って安堵する。


「……考えが顔に出ているぞ。レオンよ、ウィスタリア伯爵家の当主であるわしが、その程度のことを考慮できないと思っていたのか?」

「――っ。失礼いたしました」


 慌てて頭を下げると、父上が小さく笑った。


「自分が聡い分、周囲が愚かに見えることもあるだろう。だが、現時点でおまえより聡い者は掃いて捨てるほどいる。それをゆめゆめ忘れぬことだ」

「……肝に銘じます」


 俺は別に自分が聡いとは思っていない。だが、前世の記憶を持つ自分が優位に立っているという考えを持っていたのは事実なので神妙に頷いた。



「ところで話は変わるが、おまえに見合いの話がある」

「見合い……ですか?」


 唐突に切り出された話題に、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 現状、俺達兄弟のうち誰が次期当主になるか決まっていない。にもかかわらず、俺のもとにお見合いの話が舞い込んできた理由。

 考えられるのは、俺が既に跡継ぎ争いから外されている可能性。


「ふっ。また顔に出ているぞ?」

「し、失礼いたしました」

「心配するな、婿入りの話ではない」

「それは……それで安心できません。俺が次期当主になるかも分からない現時点で、賭けをするほどの問題を抱えている相手と言うことですよね?」


 俺の問い掛けに、父上は否定はしないと笑った。そんな相手であれば、俺に話を通すまでもなく拒否するのが普通のはずだ。

 それなのに、俺にまで話が回ってきた。どう考えても厄介事の予感しかしない。


「一体どこの家なんですか?」

「アストリー侯爵家だ」

「……アストリー? 没落寸前と言われている、あのアストリー侯爵家、ですか?」

「そうだ。跡を継ぐのは長男ゆえに、娘をどうかと言ってきている」


 意味が分からない。

 相手の目的はウィスタリア伯爵家との縁を繋ぎ、資金援助を得ることだろう。それ自体は良くある話だが、没落寸前の侯爵家に手を差し伸べるほどの利点がこちらにあるとは思えない。


「そのアストリー家は、俺を見合いの相手に指名しているんですか?」

「そうだ。ロイドではなくそなたをご指名だ」

「そう、ですか……」


 よほど注意して調べていない限り、現時点では俺よりもロイド兄さんの方が、町を上手く治めているように見えるはずだ。

 もし現状で、俺の方が有力だと評価されているのなら悪い気はしない。


「父上は、アストリー侯爵家と婚姻関係を結ぶべきだとお考えですか?」

「あの領地が赤字になったのは不運にも災害が重なったため。決して当主が無能なわけではない。相手として悪くはないと思っている。ゆえにおまえ次第だ」


 恩を売っておくだけの将来性はあると言いたいらしい。

 父上の思惑が良く分からないが、実際に会ってから俺が決めれば良いとのことだ。そこまで言われて、会わずに断るという選択は出来ない。

 俺は父上の仰せのままにと頭を下げた。




 それからしばらくして、ジェニスの町にアストリー侯爵家の娘がやって来た。

 お見合いの第一回目としての顔合わせである。


 正直、二回目はないと思っている。

 あれからアストリー侯爵家について色々と調べたのだが、調べれば調べるほどにヤバイ。


 当主が無能だとか、ヤバイ連中との付き合いがあるとか、そう言った様子はない。

 基本的に善政を敷いていて、他領とも無難に付き合っている。父上も古くからの付き合いがあり、以前は世話になったこともあるのだという。


 にもかかわらず、アストリー領は赤字経営で、侯爵家が没落寸前なのだ。魔術にその手の類いのものがないことは知っているが、呪われてるんじゃないだろうかと疑うレベルである。


 よほどの利点があれば話は別だが、そうじゃなければお近づきになりたくない。そんなことを考えながらアストリー侯爵家の娘が待つ応接間へと向かった俺は息を呑んだ。


 応接間で俺を出迎えたのは、夜色の髪の少女。ソファの横で静かにたたずんで、アメジストの瞳で穏やかに俺の視線を受け止めている。


 たしか俺より二つ年下で十四歳という話だったが、同い年に思える程度に発育が良く、既に大人の色香を漂わせている。

 なにより、そのたたずまいが美しい。決して付け焼き刃ではなく、既に侯爵家の娘として相応しい気品を兼ね揃えている。

 身に着けるドレスは質素だが、端的に見て美しい少女だった。


「お初にお目に掛かります。わたくしはアストリー侯爵の娘、フィオナと申します。お会いできて光栄ですわ、レオン様」

「ウィスタリア伯爵家の次男、レオンだ」


 柔らかな声に聞き惚れながら、フィオナ嬢に座るように促す。それから俺はテーブルを挟んで向かいの席に着いた。


 なお、俺達のほかには誰もいない。俺もフィオナ嬢も家族を伴っておらず、側仕えすら廃している。フィオナ嬢から申し出を受け、俺がそれを了承した結果だ。


 政略結婚にはお見合いすらないことの方が多いので、親を伴っていないのはそれほど珍しくないが、側仕えすら廃しているのは珍しい。

 この時点で、ただのお見合いではないと俺はなんとなく予想している。そんなわけで、俺はさっそく本題を切り出すべく口を開いた。


「……さて、せっかくきてくれて申し訳ないが、俺はこの縁談を断るつもりでいる」


 淡い期待を抱かせるよりはと、きっぱりと拒絶する。フィオナ嬢が美しい少女だったことは驚きだが、政略結婚は容姿で選ぶわけではない。


 むろん、俺だって余裕があれば自分好みの相手と結婚したい。だが、油断したらロイド兄さんに当主の座を奪われて、追放から暗殺まで待ったなしだ。

 せめて俺が当主の座についてからなら考える余地はあるが、いまはそんな余裕がない。


 ゆえにきっぱりと断ったのだが、フィオナ嬢は動揺を見せなかった。豊かな胸を張り、堂々とした面持ちで俺の視線を受け止めた。


「そうだと思っていました。ですが、会ってくださったと言うことは、わたくしの話くらいは聞いてくださるのでしょう?」

「……まぁ、な。俺が断るつもりなのは、アストリー侯爵家と婚姻関係を得るメリットが、デメリットに見合わないと思っているからだ。だから、フィオナ嬢が俺の思っている以上の理を示せるのなら、考え直すのもやぶさかじゃない」


 むしろ、フィオナ嬢ほど美しく、豊かな胸を持つ女性が、俺が当主の座を得るために必要な人材であるのなら断る理由はない。喜んで受け入れるつもりだ。

 むろん、そこまでぶっちゃけた内情を打ち明けるつもりはないが。


「では、少し売り込みをさせていただきますわ」

「売り込み、か。面白い、聞かせてもらおう」

「はい。ですが、その前にお尋ねさせてください。レオン様は将来、どこかの領地と、経営的な意味で手を組むつもりではありませんか?」


 俺は少し驚いた。将来的な構想としては考えていたが、まだ構想段階で誰にも話したことはなかったからだ。


「……どうして分かった?」

「メレディス商会で取り扱っている商品を見ました」

「……なるほど」


 メレディス商会で取り扱っている商品は、前世の記憶を生かした商品が多い。自分の領地で手に入らない資材を他領から入手して、製品化して輸出しているのだ。


 だが、製品が価値を持てば持つほど、資材を輸入している相手に足下を見られる可能性は高くなるし、安定した供給も得られない。

 ゆえに、俺がどこかと手を組もうと考えている、とフィオナ嬢は推論して見せたのだ。


「どこかと手を組むつもりであれば、アストリー侯爵領がオススメですわ。まず、アストリー侯爵領は水に恵まれた肥沃な大地と、動植物が豊かな山があり、鉱脈もございます。そして労働力を持て余した民達がおりますもの」

「……モノは言い様だな」


 水に恵まれた肥沃な大地は水害が多く、豊かな山には危険な魔物が住み着いている。つまり、労働力を持て余した民は、水害や獣害で仕事が出来ずにいるだけだ。


「レオン様のご指摘はごもっともですが、治水工事と魔獣の討伐、その二点さえクリアすることが出来れば、魅力的な地であるとは思いませんか?」

「……それは否定しないが、治水工事と魔獣の討伐をするのは負担が大きすぎる」


 そこまでして得られるのは、信頼できる取引相手だけ。であれば、そこまでの苦労を買わずとも、婚姻を結べば手を組める領地は他にもある。


「ですが、互いの位置関係を考えれば、その価値はあると思いませんか? 領地間の街道を整備していただければ、交通の便もかなり良くなりますわ」

「……街道の整備までうちにさせるつもりか?」


 思わず呆れてしまう。

 それらを全てアストリー侯爵家がしてくれたら――とは言わないが、せめて半分でも受け持ってくれるのなら魅力的な話だが、全部こちらが引き受けるのはありえない。


「残念だが、プレゼンが以上だというのなら話は終わりだ」

「……いえ、まだあります」

「話をただ引き延ばすつもりなら――」


 聞くつもりはないと俺が口にするよりも早く、フィオナ嬢は「わたくしですわ」と胸を張った。その意味を図りかねて、俺は困惑しつつフィオナ嬢の胸元に視線を向ける。


「フィオナ嬢はたしかに美しいが……政略結婚には関係のない話だ」

「ありがとうございます。ですが、そういう意味ではございませんわ」


 フィオナ嬢は少し頬を染めて、「提供するのは、わたくしの持つ知識という意味ですわ」と言い直した。


「知識……だと? たしかに、俺が他領と提携を考えていることに気付いたのは驚いたが、それに気付いたのがフィオナ嬢だという証拠はあるのか?」


 家の者が調べただけという可能性が高い。

 そして、その者が輿入れでついてくるとは限らない。


「たしかに、そうですわね。そうなると、ここで知識をひけらかしたとしても、家で覚えたことをただ口にしているだけであると疑われるわけですね」

「否定はしない」


 アストリー侯爵家の事情を考えれば、それくらいはやってしかるべきだ。

 もっとも、これまでのやりとりで十分、フィオナ嬢が頭の切れる相手であることは分かる。

 だから、政略結婚の相手としてかなりの優良物件だとは思うのだが、いかんせん彼女の家につきまとうデメリットが大きすぎる。


 やはり断るべきだと、俺がそんな結論に至った直後、フィオナ嬢が「仕方ないわね」とさっきまでとは違う口調で言い放ち、青みを帯びた黒髪を指で掻き上げた。


「この手だけは使いたくなかったんだけど、奥の手を使わせてもらうわ」


 奥の手ってなんだとか、その口調はなんだとか聞くことは出来なかった。それより早く、フィオナ嬢が驚くべき言葉を発したからだ。


「相変わらず、胸の大きな女の子が好きなのね」

「――はっ!?」

「視線、気付いてないとでも思った?」


 ちょっぴり胸元をかくし、上目遣いで睨みつけてくる。視線に気付かれていたという事実にも驚いたし、さっきまでとまるで別人になっていることにも驚く。

 ――が、なにより驚いたのはまったく別の理由だ


「相変わらずって……どういうことだ?」

「メレディス商会、そして親子丼。この二つでもしかしてって思ったけど、確信まではなかったの。だけど、今日話してみて確信を持ったわ。あなた……メレディス兄さんでしょ?」


 メレディスと言うのは、前世の俺の名前。

 その名前を告げたフィオナ嬢の瞳が、部屋の灯りを受けて輝いている。

 俺は、その瞳を知っている。


「まさか……エイミー、なのか?」

「やっぱり、メレディス兄さんだった」


 フィオナ嬢が肯定とばかりに微笑んだ。どうやら勘違いでもなんでもなく、目の前の少女は前世の妹としての記憶を宿しているらしい。


「……驚いた。まさかフィオナ嬢がエイミーだったなんてな」

「私も驚いたわよ。まさか、兄さんまで転生してるなんて思ってなかったもの」

「兄さんまで? もしかして、他にも転生してる奴がいるのか?」

「うぅん、私と兄さんって意味よ。他にもいるかもしれないけど、私は見つけてないわ」

「なるほど……」


 まあ、前世とか転生なんて、そうそうあるモノじゃないと思う。俺とエイミーが転生してるだけでも、信じられないくらいの奇跡だ。


「……しかし、そうか。なんでいきなりお見合いなんて言ってきたのかと思ったけど、俺と話すための口実だったんだな」


 そう考えれば、親どころか側仕えすら廃 している理由が分かった。ほかの者がいるところでこんな話、絶対に出来ない。


「え、口実なんかじゃないわよ。私は、本気で兄さんに求婚してるつもりよ」

「……は?」


 意味が分からなかった。


「だーかーらー、私が兄さんに求婚してるんだってば」

「いやいやいや、なにを言ってるんだ。おまえはエイミー、なんだろ?」

「そうだけど、結婚して欲しいのよ!」

「意味が分からない!」


 俺は思いっきり混乱する。

 前世の妹は、政略結婚で父親と同じくらいの歳のエロ親父の元に嫁がされそうになり、追放された俺と一緒に家出して冒険者になった。

 それから死ぬまでの数年一緒に冒険者をしていたので仲は良かったが、それは兄妹の関係であって、決して男女の関係ではなかった。

 なのに、結婚して欲しいだなんて本気で意味が分からない。


「兄さんは私の家の事情知ってるでしょ?」

「知ってるが断る」

「なんでよ!?」

「なんでもなにも、兄妹だぞ!?」

「大丈夫、前世では兄妹でも、今世では他人だもの」

「そういう問題じゃねぇ!」

「政略結婚で考えればかなりマシなはずよ。それに私、兄さんがもらってくれなきゃ、どこかのエロ爺に嫁がなきゃならないんだってば!」

「それは……」


 たしかに、祖父くらいの年齢の相手と結婚させられるのと比べたら、前世の兄の方がマシという気持ちは分からなくもない……って、分かっちゃダメだ!


「他にマシな相手を探してやる。それなら良いだろ?」

「それじゃ遅いのよ。家は本当にヤバくて、今回のお見合いが上手くいかなかったら、速攻でどこかの豪商かなんかのエロ爺に嫁がされる予定なの!」

「マジかよ……」


 俺がここで首を横に振れば即、エイミーがエロ爺の慰み者になると言うこと。それを知ってなお、知ったことかとは……さすがに言えない。

 さすがに言えないが、仕方ないから結婚してやるとも言えるはずがない。


「前世みたいに家出をしたらどうだ? 多少の手助けはしてやるぞ?」

「それは……ダメ」

「なぜだ?」

「前世の家族と違って、いまの家族は凄く優しいの。だから……」


 自分が逃げたら、家族が路頭に迷う。

 エロ爺の慰み者になるのは嫌だが、見捨てて逃げるのも容認できないらしい。

 つまり、俺に婚約を迫っているのは、自分のためではなく家族のため。文字通りの政略結婚を果たそうとしていると言うことだ。


「ねぇお願いよ、兄さん。妹を助けると思って結婚して!」

「そんな無茶なお願いがあるか!」

「ホントに困ってるんだって。政略結婚と割り切って、ちゃんと子供も産んで上げるから!」

「ばっ! 妹とそんなこと出来るはずないだろ!?」


 俺が拒絶すると、エイミーは「どうしてもダメ?」と悲しげな顔をした。

 そんな顔を見せられると辛い。


 俺だって、自分の祖母と同じくらいの年齢で、愛情もなにもない相手と子作りさせられるくらいなら、見た目は美少女な前世の妹の方がマシだと思う。

 エイミーがせめてもの救いを求めて縋ってくる気持ちは分からなくはない。


「だが断る!」


 俺はやっぱり拒絶した。

 エイミーの気持ちは分かるが、だからといって同情で妹と結婚してたまるか!


「酷いっ、兄さんの悪魔! 私がエロ爺の慰み者になっても良いって言うの!?」

「良いとは言わないが、俺が妹と子作りする事態になるよりはマシだと思ってる」

「あんまりよ!」


 可哀想だと思うが、ここで同情したら妹と子作りするハメになる。俺は心を鬼にして恨みがましい視線を受け流した。


「うーうーうーっ。じゃあじゃあ、取り敢えず、取り敢えずで良いから!」

「……取り敢えず?」

「そう。取り敢えず婚約して時間稼ぎ」


 ひとまず俺と婚約して両親を納得させ、そのあいだになんとかするという作戦らしい。たしかに、それなら実質子作りする必要はなく、エイミーも助かるだろう。

 ただし――


「稼いだ時間でなんとも出来なかったら、結局は結婚するハメになるよな?」

「そのときは責任とって子供を産んであげるわよ」

「それで解決ね、みたいに言ってるんじゃねぇよ!」

「じゃあ、なにが問題なのよ?」

「たとえ破棄が前提でも、婚約中はうちがアストリー侯爵家に資金援助する必要があるだろ」


 エイミーが良くても、俺はかなりの確実で父上に失望される。そんなことになったら、次期当主の座が遠のいてしまう。


「そうだけど、私にも前世の記憶があるわ。兄さんと同じ考え方が出来るし、手を貸してくれたら領地を立て直せる。それに、婚約を破棄したとしても、兄妹の絆は残るじゃない」

「……なる、ほど?」


 エイミーが時間稼ぎしているあいだに、二人で領地を大きくする。そのうえで、婚約者ではなく、前世の兄妹として手を組むと言うこと。

 それなら、ギリギリ許容範囲内……か?


「ねぇお願いよ! 子供を産むだけでダメなら、私の胸も触らせてあげるから!」

「はぁっ!?」

「あとは……そう、メイドの格好をしてご奉仕して上げるから!」

「おおおっおまえはなにを言ってるんださっきから!」

「あら、隠しても無駄よ。前世の兄さんが胸の大きなメイドを口説いて振られたの知ってるんだからね?」

「なっ、なななっ!?」


 前世の黒歴史、誰にも知られてなかったはずなのにと俺は声にならない悲鳴を上げる。


「ほーかーにーもー、たとえばイヌミミ族の――」

「分かったっ、婚約。時間稼ぎに婚約してやる! だからその口を閉じろおおおおっ」


 結局、仮で婚約することになった。だが、妹がエロ爺の毒牙に掛かるのを見過ごせなかっただけだ。断じて妹の脅迫に屈したわけではない。

 絶対、結婚するまでにアストリー侯爵家の領地をなんとかして、婚約を破棄してやる!

 

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