駅のゲームセンター
俺は夢を見ていた。それが夢だと分かったのは、それが現実離れしているからだ。
電車に乗った俺がたどり着いた場所はゲームセンター型の駅だった。改札口はコイン販売。プラットホームにはたくさんのアーケードゲームが並んでいた。それはおびただしい数にわたり、目に見える範囲を超えてはるか遠くまで存在している。現在まで発売されたすべての機種が完備されているのではないかと勘ぐりたくなるぐらいである。
駅名もまたふるっていた。アーケードゲーム駅だというから、いやはやである。こんな駅を造ったのは、よほどのゲームマニアではないだろうか。
とても国や企業がやる物だとは思えない。こんな辺鄙な終着駅に訪れるような客はいない。なにしろここは、駅の案内板にも載っていない、ありえない駅なのだから。誰もがここにこんな物があると知らない。数限られた、選ばれた人間しか知っていない。ここはそういう場所なのだ。
俺もまたその一人だった。それが意味することは、幸運なことなのか、誇るべきことなのかは定かではない。何故なら、それはそういうものだという事実でしかないのだから。実につまらない物である。
というような事を夢の中の俺は知っていた。所詮これは現実ではなく、もしかしたら俺の願望が現れた物に過ぎないのかもしれない。そうしたことが頭に浮かびながらも、理性のほうでは違うと警鐘がなっていた――ここは現実だと。だが、それもまた定かではない。現実と夢の差はどこにあるというのだろうか?
俺にとってそんなことはどうでも良かった。それよりも、ここにはどんなゲームがあるのかに興味がそそられていた。
こんな夢を見るぐらいである。俺はゲームが好きだった。
酒もタバコも仕事も女も好きではない。現実という言葉が嫌いだった。俺が夢見ていたのは、いつもしていることは、虚構の世界を作り上げることだった。本とゲーム、アニメをこよなく愛しており、それ以外の物にはわき目も降らなかった。かといって、そういった業界につくという現実を得ることはしたくない。ただそれを眺め、妄想することだけが俺の数少ない楽しみだった。
そんな俺にとって、ここは夢のような場所。文字通り夢なのだが、歓喜していた。
嬉々として一つ一つのディスプレイを眺めていた俺は首を傾げ始めた。画面に映し出される映像に現れる男に見覚えがあるのだ。中世の黒甲冑を着込んだ髭面の男性。船に乗った船長。仏頂面の鍛冶屋の店主。そのどれもが微妙に造詣を異ならせながらも、一人の男性に思える。
そこまでしてようやく気付いた。画面に映し出される各世界にいる主人公が、皆同一人物だという事に。そして、他ならぬ自分の顔がそこにある事を。
「それは当然ですよ」
どこかで聞いたことがあるような声がした。
「これは別の次元に住む貴方という人間がとっている行動なのですから。性格や顔立ちなど細かいところは環境が違いますから異なりますが、概ね貴方と同じです」
振り向いた俺の前にいたのは、駅の車掌だった。その顔は俺と同じ物だった。どこかで聞いた事がある声は、自分の声だったのだ。
「ようこそ次元をつなぐ回廊にいらっしゃいました。ここは、様々な次元に住む貴方と繋がっています。ここにいる貴方も、どこかの次元から迷い込んできたのです」
「どうしてだ?」
俺の目の前に自分と同じ顔をした者がいる。気味が悪いなどという感情は俺には浮かんでこなかった。違和感があるとしたら、丁寧な話し方だけである。それだけだ。
感情など些末なことに過ぎなかった、ここにいる自分という存在のほうが重要だった。何故、どのような理由でここにいるのかが。
目の前にいる車掌に感じるのは、その情報を知っている人物かもしれないという不確かな推測でしかない。
「さて、そのような理由は分かりかねますな。意味など、この次元の回廊では意味を成しません。然るべき理由があるのかもしれませんし、ないのかもしれません。なんにしろ貴方がいた次元の話ですから、解りかねますね」
「そうか」
俺は答えが返ってこなかったことに落胆はしなかった。さほど期待してはいなかったのである。なんといっても、目の前の俺は自分なのだから。信じられるはずも、まともな思考回路も期待できるはずがなかった。
「……ここにあるのはゲーム機の形を取っているが、操作することは出来るのか?」
「出来るとも言えますし、出来ないとも言えますね」
「? それはどういう意味だ」
「因果、運命、神、悪魔。そういった要因を操って導くことは出来ますが、それを決めるのは結局のとこ
ろ、その次元に住む貴方次第なのです。傀儡子にはなれませんよ」
「なるほどな」
もしかしたら、そういった人の手に届かない次元の話は、本当にこの場所で行われているのかもしれないな。そのとき誰かが、この回廊で別の次元に介入していないとはいえないのだから。今このときに、介入しようと思えば出来る場所に俺はいるのだから。他の誰もがたどり着けない場所だとは思えない。ここは誰もがたどり着ける場所なのだろう。……そうして望む方向に世界を持っていこうとして失敗する場所。俺のいた世界が出来損ないであることがなによりの証だ。
「まぁ、それでもよろしければ、次元に介入してみるのも面白いかもしれませんね」
「興味がないな。そんなことよりも、ここでこいつらがどう生きるのかを見るほうが楽しいな」
誰かに操られて生きる人生など面白くない。そんな世界などごめんだ。
「貴方は私とは違うようですね」
「……ほぅ」
そう切り出して歩き始めた。することがない俺は画面を見ながら車掌の後に続いた。
「私は戦争が嫌いです。憎んでいるとさえ言ってもいいでしょう。だから、この次元の回廊で戦争をなくそうとしました」
一つのゲーム機の前に座る。俺は隣のゲーム機の前に置かれた椅子を引き寄せて座る。
「成功したのか?」
「いえ、一度も成功したことがありません」
かたかたと操作しながら悲しげに首を振る車掌に、俺は皮肉な笑みを浮かべた。
何故このゲーム機の前に座ったのかが分かったからだ。
廃墟。というのもかつて街だと思われる場所には不似合いだった。焼け野原。その言葉のほうがしっくりくる。すべてが、建物があったのではないのだろうかと思われる程度しかわからない。それも注意してみなければである。もしくは、焼け野原と化した直後でなければ判別することすら出来ないほどだ。
「この世界の人間は戦争によって滅びました。核爆弾が世界中に投下され、陸地はほぼ同じ光景と化しました。もう人の姿などどこにもありません」
画面上には地名と風景が一つずつ映し出されるのだが、車掌が言ったとおりどこも同じである。非常につまらない世界になっていた。
「だろうな。これが抗うことの出来ない事実だ。人一人がどう足掻いたところで戦争をなくすことは出来ない。戦争をするのは人間の業だ」
「そうかもしれません。人間が滅びる様を数知れないほど見てきましたが、どれもが戦争の果てに死んでいます。種の衰退という緩やかな滅びを迎えるのはごくわずかでしかありませんでした。とても悲しいことです」
各地の主要な場所を映し出していた映像が終わったのか、画面は沈黙した。何も映し出さない黒い画面に俺と車掌の間に、もう一人俺を映しだしたと思った瞬間ゲーム機が消滅した。車掌はすでに立っていた。椅子すらもなくなっていたのだ。まるで最初からそこには何もなかったかのように。
「もうこの次元に私や貴方が生きることはありません」
完全なる消失という奴なのだろう。それは肉体的なことではなく、もっと根本的なものである。
魂――俺はそう呼ぶことにした。核戦争で滅んだ俺と同じ魂をした奴の事を少しだけ考えた。
お前は車掌に操られていたのか? と。
答えを知りたいとは思わなかったが。
「それでも私は戦争をなくしたいと思っています。いつか必ず、実現する日が来ることを願って」
「好きにすることだな」
「ええ、これは私がしたいことだと望み、果たそうとしているだけですから」
「……一つだけ立ち入った事を聞いていいか?」
「構いませんが、貴方らしくないですね。他人のことなどどうでも良いのではないですか」
「その通りだ。おまえ自身に興味などない。俺が知りたいのは、この次元の回廊という次元に住む俺達の魂はどうしたのだ? という事だ」
はっきりと顔が引きつるのが見て取れた。その反応がすべてを物語っていた。
「……ふぅ。さすがは私といったところですかね」
ため息をつく車掌。自嘲気味に唇が歪んでいる。
「私の前に住んでいた彼は、私とは反対の考えをしていました。すなわち、戦争を拡散していたのです」
彼が行っていたことは悲劇を生み出すことだった。効果的に、効率的に、地獄が更なる地獄を呼ぶように、復讐が復讐を生む土台を創り上げたのだという。それは凄く簡単な物だった。と、その彼は楽しそうに言った。
少なくとも、戦争をなくそうとする行為よりはるかに簡単なことである。と、車掌は悲痛な声で言った。
「彼は戦争を生み出すという狂気に酔いしれていた。だから私は殺したのですよ。そうして、もといた世界を捨ててこの次元に住む私になったのです」
淡々と感情を交えないだけに、やや空虚に響く声。だが、それはうわべだけの物だということを他ならぬ自分は知っている。自分と同じ存在なのだから。
車掌は俺とは違うといった。だが、俺は同じだと思っている。境遇が違うから考え形に違いが出るだけで、魂のあり方はそう異ならない。
人間が嫌いでありながらも好きである。相反する気持ちを抱えているから、自分の嫌いな一面を見せる戦場を排除したいのだ。あの剥き出しの負の感情に耐えられないから。
明言こそしなかったが、恐らくは男が創り上げた次元からやってきたのだろう車掌は。そういうことなのだろう。そこまで聞く趣味はない。
「んじゃ、俺はそろそろ行くか。本当はこの次元に留まって別の次元を見たかったのだが、お前を押しのけるわけにはいかないからな」
帰る方法など今の今まで、口にするまでわからなかった。なのに、口にしたとたんその方法が実感として湧き上がってきたのである。
それは実際に俺の耳に届いてきた。遠くからSLの汽笛が鳴り響いてきたのである。レトロで、もう一部の場所でしか動いていない骨董品が、俺を元の世界に還そうとやってきたのだ。
そう、これは夢なのだ。俺にとって都合がいい夢なのだ。夢には終わりが来る。それが必然。逆らうには、彼のような生贄が必要である。それをする気はなかった。
「ありがとう。もう一人の私よ。君の人生に幸あれ」
それがお別れの言葉となった。
そして二度と俺はこの次元に迷い込むことはなかった。