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第9話 覚醒の勇者

 女勇者が一人で十分と言っていたのはハッタリではなかった。


 彼女は盗賊の一人に切り込んで一撃で倒したのを皮切りに次々と倒して行く。


 四方八方から雨あられと注いでくる盗賊達の剣撃を絶妙な体捌きで紙一重にかわし、一人また一人と斬り倒して行く。


 盗賊達の剣が虚しく空を泳ぐのに対して女勇者の剣は一撃で着実に盗賊を仕留めていった。


(……強い)


 和彦が茂みに隠れて観戦していると木影からキラリと光るものが見えた。


 女勇者を死角から狙おうとするボウガンが一瞬光ったものだった。


(危ない!)


 和彦は駆け寄ろうとしたが到底間に合いそうにない。


「おい、狙われて……」


 和彦が声をかけようとするよりも早くボウガンの矢が発射される。


 しかし女勇者は背後から撃たれた矢を首を軽く傾けてあっさり交わしてしまう。


 それどころかベルトにぶら下げていたダガー(短剣)を取り出し、手首のスナップだけで後ろ向きに飛ばす。


 ダガーは一直線に飛んで行き、後ろから狙っていた男の額に直撃する。


(完璧に死角から放たれた攻撃をかわした? それどころか振り向きもせず背後の男を仕留めた?)


 和彦はただただ呆然と女勇者の勇姿を見守るしか無かった。


(これがジョブとスキルの効果……。勇者の資質があるだけでこんなにも違うのか?)


 盗賊が残り4、5人になって来た頃、和彦の脇でガサゴソと何者かが蠢く音がした。


 和彦はとっさに剣を構える。


 茂みから剣が振り下ろされて和彦の剣とせめぎ合い、火花を起こした。


「っ」


(! 領主の方に一人行っちまったか)


 女勇者は背後で剣撃の金属音がなっているのを聞いて心の中で舌打ちした。


(だから言わんこっちゃない。大人しく館で待っていればいいものを)


 女勇者は盗賊の剣をかわし、一閃で切り捨てる。


(領主が死ねば折角盗賊を倒しても私の報酬がおじゃんになるじゃないか)


 女勇者はまた一人その華奢な腕に似合わぬ豪剣で盗賊を一人薙ぎ払った。


(こいつらが片付くまで……持ちこたえろよ領主)




「ぐっ」


 和彦は手の痺れに顔をしかめた。


 なんとか相手の初撃を防いだものの、その衝撃ですっかり手は痺れ切って使い物にならなかった。


 肘から下が言うことを聞かず、かろうじて剣を握っている状態だった。


 敵が次の攻撃を繰り出してくる。


 和彦は後ろに下がってかわしたが、背中に木の幹があたる。


 これ以上は後ろに下がれない。


 剣で防ぐこともできない。


 盗賊が剣を振りかぶった。


(やられる)


 その時、和彦の剣が光り輝いた。


 盗賊の剣は先ほどまで和彦が背中をもたせかけていた木に刺さっていた。


 和彦は脇に避けているが、どうやって避けたのか覚えていない。


(なんだ? 俺……生きてる?)


「うわああああ」


 盗賊が木から引っこ抜いた剣で再び襲いかかってくる。


「チッ」


 和彦は敵の攻撃を剣で受け止めようとするが、足が勝手に動いてステップを踏み、敵の攻撃をかわす。


 上半身の剣を構えようとした動きは中途半端に終わり、下半身の回避運動に引っ張られて体が泳ぎ、よろめいてしまう。


(なんだ? 体が勝手に……)


「スキル『回避』。敵の攻撃を全て自動で回避する勇者の基本スキルだ」


 和彦はハッとして後ろを振り向く。


 いつの間にか彼女は和彦の後ろにいて、背中合わせになっていた。


 周りは盗賊にぐるりと囲まれている。


「どうやら。お前の中にも眠っていたようだな、勇者の資質が」


 女勇者が不敵な笑みを浮かべた。


 彼女の目は雇い主を見る目から同業者を見る目に変わっていた。


 和彦が剣の刀身を見ると、女勇者の剣と勇者の紋様が刻まれていた。


「俺に……勇者の資質が?」


 勇者の資質が発現するきっかけは様々だが、その一つが命の危機に直面することだった。


 盗賊の剣が二人に向かって一斉に降り注ぐ。


 スキル『回避』が発動する。


 二人の体は勝手に動き、敵の刃から逃れていく。


 和彦は敵の攻撃から逃れるものの、抑えのきかない回避運動に振り回されていた。


 唐突に発動するスキルは上半身を仰け反らせたり、不自然な動きをさせたりする。


 関節が悲鳴をあげ、目が回りそうになる。


(敵の剣は避けられるけれど、体が泳ぐ。思い通りに動けない。制御が効かない)


「膝を曲げて腰を下ろせ。摺り足をして最低限の動きで敵の攻撃をかわすんだ。敵の足元だけ見ろ」


 背中からエレナの声がした。


 まだ彼女は和彦の後ろにいるようだった。


 和彦はエレナの言う通り膝を曲げて腰を落とす。


 すると敵の歩幅に合わせて一歩か二歩下がるわずかな動きだけで攻撃をかわせるようになった。


 和彦は何度も攻撃をかわしていくうちに、初めはぎこちなかった回避運動が段々洗練されていき、適切な動きを身につけていく。


「剣を構えて敵との間合いを測るんだ」


 エレナは自分の敵を倒しながらまた和彦に向かってアドバイスした。


 和彦はまた言われた通りにする。


 すると敵までの距離が、自分の剣の届く範囲がはっきり分かる。


 盗賊の一人が大きく踏み込んで剣を振ってくるが、和彦にサイドステップでかわされ、よろめいてしまう。


 一方、和彦は回避したものの十分反撃に転じれる体勢だった。


 敵は一歩踏み込めば剣の届く距離にいる。


「踏み込め!」


 女勇者が叫ぶ。


「おおおおおっ」


 和彦は女勇者の声に反応するように体重を移して深く踏み込み、どこからともなく湧いてくる力で剣を強く握り締め、盗賊の胴を薙ぎ払った。


「やるじゃないか。和彦」


(俺に勇者の資質が、戦う力が……)


「ボサッとするなよ。次が来るぞ」


 和彦は次々と湧き出てくる力に戸惑いながら、エレナと戦い続ける。




「な、なんだよあの二人。化け物みたいな強さじゃねーか」


 木陰からボウガンで二人を狙っていた男は震えおののきながら言った。


「冗談じゃない。命あっての物種だ。あんな奴らと戦っていられるか」


 彼はそう言ってボウガンを投げ捨て、山を下ろうと、回れ右するが何か生温かいものに衝突する。


「ん? これは……」


 彼は目の前にあるものを見て絶句した。


 そこには本物の鬼がいた。


 鬼は男を頭から飲み込み丸呑みしてしまう。




(この分だと領主を助ける必要はなさそうだな)


 エレナは和彦の戦いぶりを見てそう思った。


 今、和彦は盗賊の一人と戦っている。


 危なげなく敵の攻撃をかわし、反撃のチャンスをうかがっている。


 初陣にしてはなかなかの筋の良さだった。


 エレナは自分の敵に集中することにする。


 そのため、彼女は和彦から離れて背中を空けてしまう。


 ふと、背後から攻撃の気配がした。


 盗賊の一人だと思って振り返って迎撃しようとする。


 しかしその攻撃は予想以上に速く、重い一撃だった。


(えっ?)


 骨が折れる鈍い音が響く。


 彼女はかろうじて敵の攻撃をその細腕でガードしたものの、強烈な横薙ぎの一撃は彼女の体をくの字に曲げて、吹き飛ばした。


「!? ガハッ」


 エレナは地面を転がりながらかろうじて受け身を取る。


 熟練の勇者である彼女は、例え不意打ちを食らっても剣を手放すようなことなかったが、それでもモロに攻撃を受けて腕は折れ、内臓にも痛みが走った。


(なんだ?)


 彼女は態勢を立て直して、突然の大ダメージに混乱した頭でどうにか状況を理解しようとする。


 彼女が自分を攻撃したものを見ると、そこには3メートルはある緑色の肌をした化け物がいた。


(はぐれオーク!? どうしてこんなところに)


 盗賊達は現れた化け物に算を乱して一目散に逃げてしまう。


 オークは追いかけなかった。


 その視線はエレナだけを見ていた。


 エレナの口の端から血が一筋流れ落ちる。


 彼女はアバラの一本や二本折れた程度で戦闘不能に陥るほどヤワではない。


 しかし足にズキリと鈍い痛みが走った。


(チッ。ヘマしちまったな)


 エレナはオークをジロリと睨みつける。


 おそらくLV30はあるだろう。


 普段の彼女なら決して敵わない相手ではなかったが、思わぬ不意打ちを食らってしまった。


 しかも先ほど転がった時、足をひねってしまったようだ。


 スピードタイプである彼女にとって致命的な痛手だった。


 オークは愉悦の笑みを漏らした。


 ラッキーだった。


 空腹を満たすために盗賊を狩りに来たが、まさか女まで見つかるとは。


 オークは人間の女とも交わることが出来る。


 群れからはぐれて、地獄の空腹にもがき苦しみながら野山を彷徨っていたオークにとって、目の前にいる満身創痍の美しい女勇者は僥倖とも言える光景だった。


 彼女を生け捕りにすればしばらくは楽しめるだろう。


 彼女のレベルが自分より上なこともより一層オークを高ぶらせた。


 大した知性を持たないオークだが、そんな彼らでも自分よりレベルの高い者を嬲り、組み敷き、征服する悦びは知っていた。


 それは種の違いを超えた生物としての本能的な愉悦だった。


「エレナ!」


 和彦が駆け寄ってこようとする。


「来るな。こいつはお前の敵う相手じゃない」


 エレナに鋭く言われて和彦は足を止めた。


 和彦はオークとエレナを交互に見つめる。


 オークの持つ棍棒は大木ほどの太さはありそうな代物だった。


 まともに振り下ろされれば、和彦はペシャンコになるだろう。


 エレナの方も見る。


 彼女は一撃食らって、腕を折られ、先ほどから足をかばうような動きを見せている。


 とてもじゃないがこの巨大な化け物から逃げ切ることは出来ないだろう。


「っ、うああああああっ」


 和彦は剣を握り、オークに立ち向かって行く。


「バカッ。うっ」


 エレナは和彦を制止しようとしたが、痛みが走り、足を折ってその場にうずくまってしまう。


 オークは面倒くさそうに和彦の方を見る。


 なんだコイツは。


 お楽しみを邪魔しやがって、と言わんばかりに。


 和彦はオークの振り下ろした一撃をスキル『回避』でかわした。


(かわせる! でも……)


 反撃することはできなかった。


 オークのこん棒は和彦の剣よりも長く、さらに腕の長さも足せば、和彦の二倍以上の間合いになっていた。


 武器の強度もオークの方が上だった。


 オークのこん棒を前にしては和彦の剣など簡単にへし折られてしまうだろう。


(なら、一か八か!)


 和彦は相手の間合いに入り込む。


 敵の攻撃を誘って。


(エレナの動きをイメージして……)


 和彦はスキル『回避』を無理やり抑えて、敵の間合いに踏み込む。


 こん棒が横薙ぎに払われる。


 こん棒が自分の体に触れるか触れないかというところで『回避』を発動させる。


 不自然なほど低姿勢になりながらこん棒を紙一重でかわす。


 体の節々に痛みが走り、筋肉が悲鳴をあげる。


(ぐっ、痛ぇ。エレナの奴、こんな動きを軽々と何回も……)


 しかしそれでも敵の懐に潜り込む。


 踏み込んで袈裟斬りに剣を振り下ろす。


「バカ。お前の攻撃力ではっ」


 エレナが叫ぶのが聞こえた。


 和彦の剣はオークの肩に命中した。


 しかしその刀身はオークの体にほんの少しめり込んだだけで、それ以上動かなかった。


(刃が……通らない)


 和彦の顔が青ざめる。


 オークが愉悦の笑みをもらす。


 飛んで火に入る夏の虫とばかりにこん棒を振り上げて、不用意に自分の間合いに入って来た愚か者を仕留めようとする。


 スキル『回避』が発動しようとしていたが、それでもかわしきれないことは明らかだった。


(やられる)


「う、おおおおお」


 和彦はとっさの判断で剣を力一杯握り締め、全体重をかけた。


『勇者の剣』が光り輝く。


 オークの棍棒が和彦の頭に振り下ろされる。


 肉の潰れる音と、血の飛び散る音。


 オークは目の前が血で真っ赤に染まるのを見た。


 同時に世界が反転しているのに気付いた。


 天と地が逆さまになって、ナナメに切られた自分の胴体と剣を振り切った和彦の後ろ姿が見える。


 何が起こっているのか分からない。


 視界が暗転する。


 結局、はぐれオークは自分に何が起こったのかも理解する事なく、絶命した。




(やった……のか?)


 無我夢中で剣に力を込めた和彦は、剣を振り下ろした姿勢のまま静止していた。


 目の前には胴体の千切れたオークの下半身がある。


「和彦! 大丈夫か?」


 エレナが駆け寄って声をかけてくる。


 それでようやく和彦は我に返った。


 目元にかかったオークの返り血を拭う。


 和彦は刃が通らなかったため、腕力だけでオークの体を捩じ切ったのだ。


 ナナメに切り離されたオークの胴体は頭の部分が逆さまになって地面に落ち、足の部分は未だ直立不動で立っている。


 エレナはその様を呆然と見ていた。


(コイツ……レベル30のはぐれオークを一撃で……。まだレベル1だっていうのに、なんてステータスだ……)




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主14日目 その2▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・特になし


【資産】

 穀物:24万6千ノーラ

 貨幣:1万リーヴ

 魔石:『ルネの魔石』220ジェム

【領地】

 総面積:100万エーヌ

 穀物畑:45万エーヌ

 菜種畑:5万エーヌ

 未開発:50万エーヌ

【領民】

 2984人

【スキル】

『文字解読』LV10



 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ 勇者1日目 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 ・ジョブに新しく『勇者』が加わりました。

 ・スキル『回避』を取得しました。

 ・スキル『重心斬り』を取得しました。

 ・アイテム『勇者の剣』を手に入れました。


【ステータス】

 レベル1

 攻撃力?

 防御力?

 素早さ?

 体力?

【スキル】

 『回避』

 『重心斬り』

【アイテム】

 『勇者の剣』



 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽




 次回、第10話「お礼」

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