第8話 盗賊退治
和彦は訪れた女勇者を客間に通すよう指示を出した。
和彦も招待客を迎える用の衣服を着て、彼女に対面した。
「エレナ・ローウェルというものだ。勇者をしている」
彼女は冒険者達の集まる『始まりの街』を目指すため、この領内を通り抜けなければならないと言った。
歳のほどは和彦より少し上くらいだろうか。
革の鎧と、腰に下げた剣、くすんだ色のマントで身を包んだ姿は、なるほど確かに勇者といって差し支えなかった。
旅してきたため衣服のあちこちは旅塵にまみれており、長い髪もボサボサになっていたが、その澄み渡るようなすみれ色の瞳は凜としていて、芯の強さを伺わせた。
彼女は籠手と鎧を外した後のようで、しきりに腕や手をほぐしていた。
「助かったよ。もうずっと野宿続きでね。久し振りにまともなベッドで寝れる」
「あの、盗賊を退治するって……」
「ああ、この領地には戦力がないのに盗賊が跋扈していると聞いてな。それで役に立てると思ったのだ。私に任せてくれれば問題ない。宿代の代わりに立ち所に盗賊を退治してやるよ」
「はぁ」
和彦は彼女の容貌を改めて見る。
確かに彼女は女性にしては背が高かったが、それでも盗賊を一人で退治するような剛力には見えない。
彼女のプロポーションは女性らしい体型の範疇を出るものではなく、むしろ魅惑的ですらあった。
「あの、あなたは一人でここまで来たんですか?」
「ああ、そうだよ。冒険者が一人で旅するなんて良くあることだろう?」
「いや、でも……」
「まあつもる話は後にして、だ」
女勇者は人懐っこい笑みを見せた。
「お風呂に入らせてくれないか? もう何日も入ってないんだ」
女勇者が入浴を済ませた後、改めて客間で話をすることにした。
「ふー。サッパリした。生き返ったよ」
「それは何より」
和彦はお風呂上がりの彼女の姿を見てドギマギしてしまう。
今は髪に掛かっていた塵も取れ、そのオレンジ色の艶めく髪は、沈み行く夕日のように静かに輝いていた。
明るいけれど、落ち着いていて、どこか寂しい輝きだった。
「盗賊の件だが、明日でいいか? 今日はもうお風呂に入ってしまったし」
「ええ、それは一向に構いませんが……」
「そうか。ならよかった。盗賊のアジトは?」
「盗賊はチロの村に潜伏しているようです。ですが……」
「そうか。なら明日、その村に行くまでの馬か馬車の手配だけ頼む。報酬は2000リーヴでどうだ?」
「ええ。それは全然構わないんですが。あの、考えたんですが、やはりあなた一人で行かせるわけにはいきません。私も付いて行きます」
女勇者はカラッとした笑い声を上げた。
「随分、無知な領主だな。ジョブ『勇者』も知らないのか?」
「ジョブ? 勇者というのはジョブなのですか?」
「当たり前だろ。ジョブでなくてなんなんだ。これを見ろ」
女勇者は自らの剣に刻まれた紋様を見せる。
「選ばれた勇者の『魔具』にしか宿らない紋様だ。随分、世間知らずな領主だな。ジョブや『魔具』に関する基本的な知識も無いなんて、お前本当に領主か?」
「え、ええ。私が領主の座を引き継いだのは最近のことでして。まだ何分未熟なもので……」
「それにしても変な奴だな」
「私は遠い……とても遠い国から来たのです」
「まあいい。とにかくだ。こんな辺境の土地の盗賊、レベル1の勇者でも余裕で退治できる。いわんやレベル32の私なら盗賊の10人や20人くらいどうとでもなるよ」
「なるほど。あなたがとても頼りになるのは分かりました。ただ、やはりあなた一人で危険な盗賊退治に行かせるのは忍びない。こちらからも人を出しましょう。私も付いていきます」
「ふむ。まあ領主殿に私の力を見せるのも悪くは無いか」
翌日、勇者エレナと和彦を乗せた馬車はチロの村に向かって出発した。
(そう言えば自分の目で領土を見るのは初めてだな)
和彦は今更ながらその事に気づきながら、馬車に乗り込む。
開発済みの土地は和彦がこの世界に初めて降り立った場所だったが、そこはいつ見てものんびりしていた。
領民達はみんな鼻歌を歌いながら畑作業をしている。
農作業に専念できる、安心感がその態度にも現れていて、おおらかさが見て取れた。
一方で、未開発の領土では領民達はせかせかと働いていた。
彼らはまだ収入が不安定で、効率よく働こうと手足を絶え間なく動かしている。
未開墾の土地を耕し、少しでも収入を伸ばそうとあくせくしていた。
馬車には館中から集められた武器や鎧、具足が載せられた。
途中、和彦は盗賊討伐のために近隣の村々から人を募集した。
参加者には免税を約束して。
行く道々で村人達は集まり、すぐに30人近くに膨れ上がった。
和彦はこれだけの人数が集まれば、どうにかなるだろうと思って一安心した。
一行はチロの村に向かって進む。
チロの村への道の途中には黄色い菜の花の畑があるのが見えた。
一面に黄色い花が広がる風景は壮観だった。
和彦はエレナと一緒に馬車からそれを見て歓声をあげる。
「素晴らしい。1ヶ月後にはたくさんの油が取れるだろう」
「ええ、この土地の商品作物にする予定です」
「この菜種畑はどのくらいの広さなんだ?」
「この畑の広さは5万エーヌです!」
「5万エーヌ! 収穫した物を全て売れば10万リーヴじゃないか。ちょっとした豪邸を建てられるな!」
エレナは目を輝かせた。
二人は広大な菜種畑を見て、はしゃいだ。
しかしチロの村に着いた和彦はそのあまりの荒廃ぶりに目を見張った。
村の中でまともな家は一軒もなく、ボロボロの家ばかりだった。
屋根は剥がれ、直そうともしない。
壁は崩れている。
盗みの被害に遭っていない家は一軒もない程だった。
「これは酷いな。こんなになるまで放っておいたのか領主殿は?」
「私もまだ領主に就任したばかりなので、この村に来るのはこれが初めてですが……、いやまさかこれほどとは」
二人はこの村の代官の屋敷で寛ぐ。
代官は二人の到着に仰天した。
てっきり見捨てられたと思っていたのだ。
「領主様に勇者様。まさかこの村に来られようとは」
「突然の訪問済まない。これから盗賊を退治しに行こうと思う。ヤツラのアジトは分かるか?」
「えっと、その……分かるような分からないような……」
代官はしどろもどろな調子で答えた。
「分からないはずないだろう? 何せ何度もこの村に来てるようじゃないか」
代官は観念して盗賊のアジトを白状した。
「ではごゆっくりして下さい。私は所用がありますので」
代官は昼食の手配を済ませるとそそくさと退室した。
「領主殿」
「うん?」
「あの代官は盗賊と繋がっている」
「……だよな」
「代官だけじゃない。この村の村人全員が盗賊の諜報員の可能性がある。早めにここを発って盗賊を襲撃した方がよさそうだな。こちらの動きを察知される前に」
「ああ」
「ここで一泊する予定だったが、時間がない。今すぐ出るぞ」
「今すぐですか?」
「ここはもう敵のテリトリーだ。じっとしていればいるほど不利になる。急ぐぞ」
一行は盗賊のアジトがあるという山を登った。
小高い山で、ほどほどに木が茂っている。
この山の穴蔵に盗賊のアジトはあるという。
一行が山の中腹に達した頃にはもう日が暮れかけていた。
「私の故郷は貧しい村でな。先ほど通った村とそう大して変わらない」
盗賊のアジトに着くまで特にやることもないので、エレナは和彦を相手に雑談した。
「領主に見捨てられ、年中盗賊の襲撃に悩まされていたよ。でもある時、旅の勇者が訪れたんだ。私はその人に勇者の資質があることを告げられた。それで今もこうして勇者をしているというわけだ。領主殿はどこから来たんだ?どういう経緯でこの土地に来たんだ?」
エレナは探りを入れるように聞いた。
「……」
「言いづらいか。では質問を変えよう。領主殿の故郷はどんなところだった?」
「私の故郷は……物資に満ち溢れていましたが、どこか空虚で、そして生き辛いところでした」
「はあ? なんだそりゃ。なんで満ち溢れているのに空虚で生き辛いんだ……っと、どうやらお出ましのようだな」
エレナがそういうや否や数本のボウガンが一行の足元に飛んで来る。
「……っ!?」
「盗賊のお出ましのようだ」
和彦がボウガンの飛んで来た方向を見ると木の陰に隠れた男達が複数人いることに気づいた。
20人と言ったところだろうか。
狭い道をすり抜け、ボウガンをこちらに向けたり、剣を抜いたりしながら近づいて来る。
(待ち伏せ? こっちの襲撃を察知されていた?)
「ヘッヘッヘッ。お前達身ぐるみ置いていきな」
盗賊集団の中のリーダー格らしき男が偃月刀を煌めかせながら近づいて来る。
その瞬間、ついてきていた村の男達はダッシュで山を駆け下り始めた。
「って、おいっ」
和彦が呼び止めるのも気にせず駆け下りていく。
みんな自分のことしか考えていなかった。
「ふっ。領主殿の用意した兵隊は使い物にならないようだな」
女勇者があくまで余裕を崩さずに言った。
「ぐっ。あいつら後でぶっとばす」
「構わんさ。許してやれ。むしろ好都合だ。この方が領主殿に私の力を見てもらいやすい」
(本当に一人で戦う気かよ)
和彦は信じられず、もう一度彼女の顔を見る。
彼女はこの修羅場にあって冷や汗一つかいていない。
「何にしても報酬は弾んでもらうぞ領主殿。下がっていろ!」
女勇者が剣を抜く。
「囲い込め」
盗賊のリーダーが言った。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主14日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
・『ルネの魔石』が1ジェム増殖しました。
【資産】
穀物:24万6千ノーラ(−4千)
貨幣:1万リーヴ
魔石:『ルネの魔石』220ジェム(+1)
【領地】
総面積:100万エーヌ
穀物畑:45万エーヌ
菜種畑:5万エーヌ
未開発:50万エーヌ
【領民】
2984人
【スキル】
『文字解読』LV10
次回、第9話「覚醒」