第6話 配給政策
和彦は朝食を食べながら執事の報告を聞いて眉をしかめていた。
「どういうことだ?」
執事からの報告によると商品作物を育てる御触れを出したが、未開拓地域の人々は一向に菜種を植えようとはしていないようだった。
「未開拓地域には土地が余っているはずだろう? なぜ植えない?」
「はて。私にも皆目見当つきません」
執事は他人事のように言った。
和彦は考え込む。
(一体どうして……? 領民にとっても収入になるんだから植えてもいいはずなのに……)
「税率が高すぎるのかもしれません。あるいは皆、植えたことのない作物なので手が出しづらいのやもしれません」
「うーん。収穫量の3割では高過ぎたか……」
和彦は考え込んでしまった。
「仕方ない。商品作物についてはしばらく税収無しにしてみよう」
「税収無しですか?」
「今はとにかく普及させるのが先決だからね。とにかくみんなに育ててもらわないことには始まらない」
「は、かしこまりました」
和彦はその日のうちに、育てた菜種は全て領主が買い取る旨の御触れを出した。
「それはそうと、今日の予定は?」
「本日は親戚筋にあたるエステ公のご一行がこの館にお泊りになる予定です」
「親戚?」
「はい。ですので、領主様にあたっては当主としてしっかりとおもてなししてくださいますようお願いします」
ベヤが言ってからほどなく、30人程の配下を連れたエステ公が館を訪れる。
早速、和彦はエステ公を晩餐に誘い、世間話をした。
そこで一体何に費用が使われているのか合点がいった。
彼らへの接待及び夕食にべらぼうな費用が使われた。
もてなしには最高級の料理が振る舞われた。
蔵から最高級のワインが取り出され、彼らの乗ってきた馬のためにいつもより余分に飼料代がかかってしまう。
大所帯の胃袋を満たすため、牛が二頭さばかれた。
ベヤによると、このもてなしの費用を下手にケチればすぐに貴族界隈で侮られるということだった。
貴族内で仲間外れにされれば、坂を転げ落ちるように家運はなくなってしまう。
貴族間で交換されている情報は手に入らなくなるし、何かと立ち回りが不自由になって支障を来す。
どれだけ費用がかかろうとも、もてなしの費用をケチるわけにはいかなかった。
すると今度は招かれた方も負けじと招き返して、お金をかけた接待をする。
お互いに張り合って、その額はどんどん膨らんでいくという仕組みだった。
この豪勢な酒宴を維持するためにベヤは方々を駆け回って、材料を調達した。
畜産業者にしろ、酒造業者にしろ、どの業者も穀物より貨幣で支払うことを望んだそうだ。
相場の二倍の値段を払うからということで、彼らは渋々穀物との交換に応じた。
しかしいずれは貨幣にしてもらわないと取引できないということだった。
業者らは貨幣で支払えば、半分の値段で品物を卸してくれるという。
「私が若い頃は穀物がこの世で最も価値あるものでしたが、今となっては年々価値が下がっています」
ベヤによると彼らの接待だけで10万ノーラは飛ぶということだった。
「ねえ。ベヤさん。今月は他にどのくらいお客さんが来るの?」
「今月は他にイーストン様と、ウィルフォード様が来られますエステ様と合わせてこの3名は大体毎月来られますね」
「しめて30万ノーラってところか」
「ええ、今月は少ない方ですね」
「これで少ないのか」
(30万ノーラって言ったら、一月分の収入。執事や召使いの給与もあるから本当にカツカツじゃねーか。ヤバイな。このままじゃ、収入よりも支出の方が多くなってしまう。早いとこ貨幣と交換できる商品作物事業を進めないと)
翌朝、エステ公は豪勢な晩餐ともてなしに礼を言い、部下たちと共に帰って行った。
エステ公を見送った後、和彦は書斎に執事を呼び出して、商品作物事業の件がどうなっているか聞き出した。
報告を聞いた和彦は仰天した。
「ゼロ!? 一軒も育てなかったって言うのか?」
「はい。誠に残念ながら」
執事はしゅんとした態度で言った。
(幾らなんでもおかしい。税収ゼロなら誰か試しに植えてみてもいいはずなのに。何か他に原因があるとしか……)
領民が商品作物を育てない事について不審に思った和彦は領民生活の実態について調べてみる事にした。
税収と世帯、耕作地帯に関する各種資料を突き合わせる。
すると以下のことが分かった。
スローザ領は人頭税、つまり世帯毎に家族の人数に応じて一律に税金を徴収する制度を採用していた。
税額は家族一人につき毎月100ノーラとなっていた。
そして『開発済みの土地』と『未開発の土地』の人口と耕作面積はそれぞれ以下のようになっていることが分かった。
・開発地帯
人口:1000人、耕作面積19万エーヌ
・未開発地帯
人口:2000人、耕作面積26万エーヌ
小麦は耕作面積1エーヌにつき1ノーラ育つ。
つまり未開発地帯の耕作面積からは26万ノーラ収穫できることになる。
そして人口一人につき100ノーラ徴収するわけだから、100ノーラ×2000人=20万ノーラ徴収することになる。
領民のもとに残るのは26万−20万=6万ノーラ。
6万ノーラを2000人で割ると30ノーラ。
つまり一人につき30ノーラ残ることになる。
そしてこれは1ヶ月分の食料だから、一日分の食料は30÷30=1ノーラ。要するに『未開発の土地』に住む人間は、毎日パン一食で生活していることになる。
(こりゃ酷い)
人間が1日パン一食分でどうやって生活しているのだろうか。
和彦の脳裏には領民が畑仕事もそこそこに野山に出かけて、山菜や獣、何か食べられるものがあればなんでも漁っている姿がまざまざと想像された。
もしかしたら床下のネズミを追いかけて食べているのかもしれない。
(これじゃあ商品作物なんて育ててるヒマねーか)
「ったく。何やってたんだよ前領主は」
和彦は領民の実態に合わせて配給政策をとることにした。
鈴を鳴らして執事を呼び出す。
執事は食事の途中だったようで口の中をモグモグさせながら急いでやって来る。
「あ、ゴメン。食事中だった?」
和彦は執事の口元についた小麦粉を見て言った。
時間は3時だったが、遅い昼食をとっていたようだった。
「いえ、お気になさらず」
執事はハンカチで口元を拭う。
主人公は次からは食事時を避けて呼ぼうと考える。
「それはそうとどのような御用件で?」
「ああ、『未開発の土地』に配給政策をとろうと思う」
「配給……でございますか?」
「現状では『未開発の土地』に住む領民はパン一枚で生活している。その日飢えないようにするだけで精一杯。とてもじゃないが商品作物を育てる余裕なんてない。だからせめて1日パン三枚食べられるように、商品作物を植えた家庭には一日2ノーラの小麦を配給する。実際に菜種を育てて、税収として納めた家庭には、来月も1日2ノーラ配給する。そうすれば領民達は来月も菜種をきっちりと植えるはずだ。その代わり菜種は全部もらう。どの道、農家では菜種を貨幣に換金できないから、小麦と交換した方がいいだろ」
「なるほど。しかし、そのように小麦を返納するのでしたら、初めから税金そのものを減らした方が手間が省けてよろしいのでは?」
「初めから税金を減らしたら菜種の栽培をサボる奴が現れるかもしれないからな。それを避けるために……まあいわば人質みたいなもんだな。食料欲しけりゃ菜種植えろってことだ」
「な、なるほど。そこまで考えてのことでしたか」
「ああ。今日中にお触れを出してくれ」
「は、かしこまりました」
執事は来た時と同様バタバタと駆け出して行く。
指示を出した後、仕事を終えた後の心地良い気分に浸る。
「ふぅ。疲れたな」
しかし心地良い疲れだった。
(やっぱ俺はこういう部屋に籠って一日中作業するのが向いてるんだよな)
自分の好きな仕事を好きなペースですることがスローライフのコツだと和彦は心得た。
和彦が『ルネの魔石』を調べると心なしか常日頃よりも膨張率が高かった。
秤に乗せてみると案の定、昨日より10ジェム増えている。
(いつもなら1日1ジェムしか増えないのに。昨夜は1日で10ジェム増えてる。満月の夜だったからかな?)
和彦はなんとなく嬉しくなった。
(今日の晩御飯何かなぁ)
その日の夕食を楽しみにするなんていつ以来だろうか。
和彦にはそれが久しぶりなことのように思えた。
こんな当たり前の幸せも現代にいた頃は感じることができなかった。
時計を見るとまだ三時を回っていない。
疲れてはいるけれどまだ余力はある。
「よし。もうちょっと仕事してみるか」
和彦は書斎の本を取り出して調べ物を始めた。
和彦の配給政策は瞬く間に功を奏した。
毎日、穀物を恵んでもらえると聞くや否や、領民達は争い合うようにして菜種の栽培に着手した。
領民達はその日の糧を求めて野山を駆け巡るより、田畑の手入れに精を出すようになる。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主5日目、6日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
・2日とも文字数上限まで読書したため、『文字読解』がレベル6に上がりました。
・訪れたエステ公の接待に10万ノーラ支払いました。
・『ルネの魔石』が11ジェム増殖しました。
・領民4人が盗賊になりました。
【資産】
穀物:28万8千ノーラ(−10万)
貨幣:1万リーヴ
魔石:『ルネの魔石』212ジェム(+11)
【領地】
総面積:100万エーヌ
穀物畑:45万エーヌ
菜種畑:5万エーヌ
未開発:50万エーヌ
【領民】
2994人(−4)
【スキル】
『文字解読6』
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次回、第7話「訪れた女勇者」